第六話
俺のポーション事件履歴に『窓からジェット事件』が新たに加わったその日の夜。
クラスメート二十人、全員が集まり夕食を囲んだ後、クラスのまとめ枠を任された竜宮君と明石さんが、俺達にある報告をした。
「女神からの神託が来たわ」
明石さんの言葉にクラスメート達がざわつく。
女神の神託、十中八九俺達に関係するものだろう。
「内容は、異世界から転移した私たちが、王国の外に存在するダンジョンの踏破することよ」
「ダンジョン……?」
「王国外に存在する迷宮。中には凶暴な怪物がわんさかいて、備えなしで入ればただじゃ済まないっていう危険な場所らしい」
思わず口に出してしまった言葉に、竜宮君が答えてくれた。
迷宮、か。
どう考えてもやばいところじゃないか。
しかも、その迷宮に行くのは戦闘スキルを持つ4人だけだ。彼らをそんなところへ送り出せるわけがない。
女神の奴、なに考えてやがる……! 俺達は普通の高校生なんだぞ……!
静かに憤っていると、竜宮君が意を決したような表情で口を開いた。
「俺達は……行こうと考えてる」
「! 何言ってんの!? 竜宮君、迷宮って危ない場所なんでしょ!? ッ、まさか、明石さん達も……!」
「……ええ」
優利専用コスプレ衣装作成担当、大槻恵さんの言葉に、明石さん、一翔君、遠藤さんが頷く。
彼らの言葉に、クラスメート達が口々に制止の声をかけるが、それでも彼らの決意は変わらないように思えた。
「女神の目的は未知を切り開くことだ。この地にダンジョンが出現したのは何百年も前のことだけど……それでもダンジョンは三階層しか踏破できていない。だけど、もし……もし、俺達が全てのダンジョンを踏破することができたのなら……皆を元の世界に帰すことができるかもしれないんだ……」
そう言って強く拳を握りしめた竜宮君。
彼の言葉を前に、皆は言葉を失っていた。
「だけど、俺達だけじゃ無理だ! ダンジョンってのは本当に恐ろしいところで、ただ剣術が強くて魔法が使えるだけじゃ駄目だ!」
悔し気にテーブルを叩いた竜宮君の言葉に、明石さんも深刻気に頷く。
「だけど、俺達には皆がいる! 俺は……お前たちの凄さを知ってる! 戦うことしかできない俺達なんかよりもずっと凄いことができることを、知っている!」
竜宮君の訴えに、皆が顔を合わせる。
揺れているのだろう、実際俺もそうだった。
確かに、皆の持つスキルは、話で聞いたよりずっと強力で明らかな違いがある。
だけどそれでも、竜宮君の言葉に頷くということは、彼らが戦いの場へ送り出す手助けをすることになる。
「だから頼む! 俺達に力を貸してくれ!」
最後にそう言い切った竜宮君が頭を下げた。
食堂が沈黙が支配する。一分という嫌に長く感じた沈黙の後、一人の男子の声により止まった時は動き始める。
「武器は必要か?」
静けさの中で、よく通る声が響く。
見れば、部屋の片隅で壁に背をつけて腕を組んだ黒髪の男子がニヒルな笑みを浮かべていた。
あ、あれは! 『鍛造スキル』持ちの藤堂錨君!?
「イカリ君!?」
「必要があれば、だがな」
「え、つ、作れるの!?」
「剣なんて作ったことねぇよ」
そこで一旦区切った錨君は俺達全体を見まわし、続けて言葉を紡ぐ。
「だがな、俺達のために戦ってくれる奴がいるんだ。きっとお前達は俺達以上に怖いはずだ。それでも、今この場でそう決意できたのは……とても凄いことじゃねぇか。だったら俺は、その決意に報いるべく、この腕でできることをやってやろうじゃねぇか」
か、かっこいい……。
流石、既に二十代並みの渋さと貫禄が備わっている、和也と並ぶ漢、錨君だ……!
錨君に続くように、先ほどまで彼らを止めようとしていた大槻さんが立ち上がる。
「あー、もう! しょうがないわねぇ! そこまで考えてくれるなら、私も何もしないって訳もいかないわ。本当はユーリちゃんの猫耳メイド服をつくるはずだったんだけど……貴方達を守る丈夫な服を作ってやろうじゃないの!」
「大槻さん……ありがとう!」
「ふ、礼を言うのはまだ早いってことよ」
少年漫画のようなやり取りを交わす竜宮君と大槻さん。
しかし、それを俺の隣で見ていた優利は必死な面持ちで大槻さんへ訴えた。
「ちょっと待ってくれない大槻さん! 僕、そんな服着ないからね!? 絶対着ないからね!」
「まあまあ、落ち着けよ」
「イズミ君離してぇ! 僕は今、猫耳メイド服を着させられる瀬戸際にいるんだぁ!」
ここで騒ぎを起こすわけにもいかないので、ポケットから取り出した美奈印ポーション『ネムクナールA』をかがせ睡眠状態に陥らせる。
因みに中毒度はほぼないので、安心して常人に使える。
「きゅう……」
「よし」
目を回しながら眠る優利を、あたかも居眠りしているかのように自然に座らせる。
これがあると浅い眠りにはいって、楽に寝れるから重宝しているが……まさか親友を大人しくさせるために使うとは思わなかったな。
「い、イズミ君?」
「ん? なんだい遠藤さん? あ、優利は大丈夫。ちょっと眠ってるだけだから」
「そ、そう……」
俺の近くの壁に立っていた遠藤さんがギョッとした表情で俺を見ていたけど、なぜだろうか。
気づけば、クラスのほぼ全員がダンジョンへ向かう竜宮君たちを補助する宣言をしていた。
残っていたのは、俺達ポーション組だけである。
ここは一つ、俺達も宣言させてもらおうか。
「おっと、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「い、イズミ……お前も……うぅ……」
「俺も対毒スキル持ちとして全身全霊でお前たちをバックアップするつもりだ! なぁ美奈! 椎名さん!」
「最高級のポーションを作るぞー! おー!」
「お、おー……」
赤くなりながらも美奈と同じように拳を掲げる椎名さん。
「そうと決まったら、実験に行くぞ美奈! 今日はなんだ!?」
「嗅覚強化ポーション『ハナツヨクナール』だよ! これを使えば猟犬並みの嗅覚を持つこと間違いなしだよ!」
「フッ、上等じゃねぇの! 早速研究室へ――」
「全員! イズミ君を確保ォ!!」
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
明石さんの声により、竜宮君を筆頭にした数人の男子と女子に捕獲される。
く、なぜこのタイミングで俺が拘束されなければならないぃ!?
「なにぃ!? お前ら、なぜだぁ!?」
『当たり前だろうがぁ!! これ以上、毒物に溺れるのはやめろ!』
『見てられないのよ、アンタは!」
『これ以上、自分を傷つけないで!』
『すまないが、これも友を思うが故……』
まさか善意120パーセントのクラスメートに阻まれるとはぁ……!
「ごめんなさい、イズミ君。これも全て貴方の為なの……」
「すまねぇ、お前にこれ以上の負担を強いるわけにはいかねぇんだ……」
「くっ、明石さん、竜宮君……!」
美奈は「先に研究室へ行っているよー!」と椎名さんの手を引いて先に出て行ってしまった。
あの薄情者め、と毒づくところだが……椎名さんを避難させた功績は認めてやらんこともない。
「お前たちが危険な場所で戦うんだ、俺も多少の無理は通させてもらう……! 俺は、俺にできることはポーションを飲むことしかねぇんだぁ!」
「なにいってるんだろう、この人……」
ドン引きしている遠藤さんだが、彼女の以外のクラスの皆は悲痛な表情を浮かべた。
……一度、冷静になって考えると、俺はとんでもないこと言っているなとは思った。
だけど……俺にできることは本当にポーションを試飲することだけなのか? 自分でそう決めて、固定概念に囚われているだけなんじゃないか?
そこまで考えた俺は、この状況を脱するべく胸ポケットに入れられた『フィジカルブーストX1』を取り出すのだった。