第三十七話
第三十七話です。
あの後、森の奥から現れ続けた魔物達はクラスの皆―――竜宮君達の奮闘により、全て倒され誰も達成することのできなかった“勇者”の試練は終わりを迎えた。
俺が死にものぐるいで戦い続けた甲斐もあってか、あの尋常じゃない強さの黒竜が出てこなかったのは本当に幸いな話だったけれども、結果だけを見れば―――一人で突っ走った俺が最後の最後には、危ないところを皆に助けてもらったというなんとも情けない結果で終わってしまったわけだ。
「じゃあ、これから裁判をはじめまーす!」
「「「イェェェイ!!」」」
……いや、もう、本当にごめんなさいって思うわ。
気絶から目覚めてから三日。
ポーションで酷使した身体もようやく本調子になり、皆のいる宿舎に帰った直後にこの地獄の会議は行われた。
現在、俺は囲まれたテーブルの中心にぽつんと置かれた椅子に座り、刻々と断罪の時を待っている状態である。
「あ、明石さん!」
「イズミ君、今の私は裁判長よ」
ノリノリィ!?
そういえば、彼女は学校行事とか大好きな人だった……!
「御慈悲を! 何卒、お慈悲を!! 俺はまだ優利のように人としての尊厳を捨てたくない!!」
「裁判長! どうやら被告は全然反省してないようです! このままやっちゃいますか!? ひん剥いてやりますか!?」
笑顔のまま額に青筋を立てた優利がそう進言する。
今回ばかりは錨君も優利もあっち側だ。
「イズミ君……」
「明石さん……」
「君も女神とかいうはた迷惑な存在に脅されていたから、そうしなくちゃいけなかったのは分かる。私達の時も同じだったと思うと、あなたには本当に苦労ばかりかけさせてきたわね」
食堂の並び変えられたテーブルの裁判長にあたる席に座っている明石さんが、穏やかな表情で語り掛けてくる。
女神のことは既にフィオさんが暴露してしまった。
それを女神が許可したのかは分からないが、結果的に皆が俺を助けにきてくれたことを考えると、フィオさんは俺の恩人といってもいい人だろう。
「だから、クラスの代表としてまずはこの言葉を送りましょう。私達のためにありがとう。貴方はよく頑張った」
「あ、姉御……!」
「でもこれとそれとは話は別ね」
変わらない笑顔のままで地獄に叩き落とされる。
畜生、さすがに皆に頼らず一人で勇者の試練を受けにいったことは許されないか……!
「私達が不甲斐ないせいかもれないけど、一人で試練を受けにいったことは許されざるべきことよ」
「そうだぞー、イズミくーん! 反省しろー!」
「美奈ッ! 貴様ァ!!」
なぜ貴様がそっち側にいるぅ!?
せめて俺の弁護に回れや貴様。
本来なら俺の一番の味方になってくれるはずの美奈までもが今回は敵に回ってしまっている。
いや! たしかに形式的には俺が美奈を巻き込んで危険な場所に連れて来てしまったようなものだけども! これはなんか違くない!?
暴れようとする俺を押さえる、カズヤと錨君。
くっ、さすが農家の男と鍛冶屋の男ッ! 微塵も体が動かねぇ!
「さあ、この件に関してのお仕置きを決めるわよ! でも、酷いのは却下するからそこんところよろしくね! はい挙手!!」
バババッ! と食堂にいる全ての面々が手を挙げる。
やだ、皆俺にお仕置きしたがってる……?
「へぇ、アキラはともかく荒巻君と遠藤さん以外の面々が手を挙げるなんてねぇ」
明石さんも意外だったのか驚いた表情を浮かべている。
「体のいい使いぱ……お手伝いさんが欲しいの」
「うんうん、王国側が実験的に商いをしていいって話も出てるし」
「ああ、イズミならしっかり働いてくれるだろう」
どうやら皆単純に人手が欲しいようだ。
その割には使い走り扱いされそうなところもあるのはどういうことなのだろうか。
いや、どうせ俺は普段はポーションの実験体くらいにしかなっていないから別のいいのだけど。
「イズミ君に僕と同じ苦しみをもっといっぱい味わってほしいなって」
「イズミ君の戦いを間近で見て、新たなインスピレーションがドバドバなんですよ! もっと実験だよイズミ君!」
目に光のない優利と、むしろ怪しい光しかない美奈という邪悪極まりない奴らがいるが、そいつらとは視線を合わせないでおこう。
「まあ、手伝いが欲しいならローテーションで割り振っていこうかしら? 皆、今から紙を配るからそこに書いてね」
「「「はーい」」」
「待って明石さん」
「なによ?」
「俺の体、足りなくない……?」
そう訊くと彼女はにっこりと笑みを浮かべる。
———あっ、これは聞くまでもなく、制裁分も入ってますねぇ。
どうやら俺に対する罰は、皆の仕事を手伝うというもので決定してしまったらしい。
「ん?」
そういえば、彼女の姿がないな。
美奈の話だと、まだここに泊まっているはずなんだけど。
俺が関わっていた事件の中心人物であり、ようやく救われた少女。
彼女の姿だけは、今この場にはいなかった。
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「皆の仕事を手伝うか。……まあ、罰には丁度いいよな」
あの後、ようやく解放された俺は裏庭を歩きながら先ほどのことを思い出していた。
俺は皆のことを案じるあまり、一人で全てをなんとかしようとしてしまった。
そのせいで死にかけたし、皆に迷惑をかけて滅茶苦茶怒らせてしまった。
正直、ものすごく反省しているし、今度からは皆を頼ろうと思っているが―――ただ一つ不安なことが、あの此畜生の女神の存在だ。
奴がまた余計なことをしなければ、いいのだが……生憎、気絶から目覚めてから女神と話してはいない。
「彼女から女神としての力が消えたから、か?」
だとしたら、少し寂しい―――なんて思うはずがないだろハッピーだわこの野郎。
ようやく解放されたー、と思いながら明石さんに聞いた通りに、彼女がいる宿舎の裏庭へと移動すると、そこにはフードを目深に被った少女、アイラの姿がそこにあった。
彼女は何やら猫を両手で抱えて、向き合っている。
「あ、おーい、アイ――」
「女神様、もうイズミさんに意地悪しちゃダメですからねっ!」
「……?」
なにやら猫を女神と呼んでいるのだが、大丈夫だろうか?
声をかけようとした俺の姿に気付いた彼女は、フードを外しながら明るい笑顔を向けてくる。
「イズミさん! 戻ってきたんですね!」
「ああ。それよりその猫は―――」
「抱いてみますか?」
ずい、と差し出された猫を受け取る。
白い猫だ。
毛並みに汚れとか一切ない、純白の極みみたいな白い猫。
でも、なんだろう。
誰が見ても可愛いという感想を抱く猫なのだが、どうにも拒否感というか鳥肌のようなものが―――、
「私よ、イズミ」
「……」
白い猫が喋る。
俺の腕の中で、女神の声で、喋る。
その事実を理解した俺は、かつてないほどに取り乱しながら猫を地面へと落とすのであった。
女神トラップ発動……!
イズミはこんらんした!