第三十三話
第三十三話です。
“イズミ君が深夜にとんでもない美少女に抱き着かれながら瞬間移動した”
皆が寝静まった夜。
就寝していた僕達を起こした明石さんが知らせてきた出来事。
それは眠気のまま微睡みの中にいた僕の頭を目覚めさせるのに十分な異常事態だった。
「全員集合したわね」
いつも皆が集まる食堂。
深夜にも関わらず明かりがつけられたその場にはイズミ君と黛さんを除く全クラスメートが集まっていた。
「で、何があったんだ? イズミが瞬間移動したって聞いたけど」
「まずは夜中に彼を見つけるまでの経緯を話しておくべきね」
やや眠そうな様子の竜宮君の質問に、明石さんは先ほど起こった出来事について説明していく。
事の発端は、夜。
裁縫スキルコンビの青葉さんと 大槻さんの二人が別館に何者かが出入りしている姿を目撃したことから始まる。
研究室の明かりがついていたことから、いつのものように黛さんが研究室に籠っていると最初は思っていたそうだが、その身長と歩き方からして別人と判断した二人は、物理的に強い明石さんと遠藤さんに助けを求めた。
二人の助けを応じた彼女たちは、四人で別館へと足を踏み入れ、不法侵入者、ないしは盗人の捕縛を試みた。
「ちょっと待って、結局はその人はイズミ君だったの?」
「結果的に言えばそうみたいね」
「じゃあ、単純に黛さんを起こしにいったんじゃないかな?」
「佐藤君の考えも尤もではあるわね。でも、私達が見た状況はちょっと異質だったのよ」
「「「いつものことでは?」」」
思わず全員が声を揃えてしまう。
僕達がいうのはなんだけど、イズミ君の行動は基本常識人ぶっているが十分におかしい。
「どういう状況だったんだ?」
そこで疑問の声を上げたのは鍛冶スキル持ちの錨君だ。
彼は、見た目のギャップが激しいパジャマとナイトキャップを被りながら、明石さんへと質問を投げかける。
「まずは、黛さんが背中にくっついてた」
「それは……まあ、珍しいことではないな」
彼女に関してはそうしてもおかしくないので、深夜という状況を考えても特別怪しむことはない。
「ぶっちゃけ、イズミ君が瞬間移動してもいつものアレで話が済む気がする」
そんな誰かの一言を否定する人はいない。
イズミ君のポーション関連の普段の行いを見れば、瞬間移動くらい普通に起こしても不思議ではないからだろう。
「いえ、まだよ」
「他になにかあるのか?」
「にわかには信じがたいけれど、私達は佐藤君並み美貌を持つ少女がイズミ君に抱き着いている場面を目撃したの」
「「「!?」」」
ん? なんでそこでそんなに驚くの?
そしてなぜ僕を見る?
「ほ、本当なのか?」
「目撃した私から言うけど、あれはやばいね。優利ちゃん並みの美少女だね」
「世界の均衡が崩れかねないな……」
「おいどういう意味だ。それ」
青葉さんの言葉にさもシリアスな顔でそんなことを呟く一ノ瀬君にツッコミをいれる。
「優利ちゃんと一緒に着せ替えたい」
「大槻さん。さりげなく僕を巻き込むないでくれるかな?」
「くっ、優利ちゃんを着せ替えたい」
「なんで僕とその子のどちらかで選んだみたいになっているのさ」
おかしいよね?
しかし、青葉さんと大槻さんの言葉を聞いたクラスの皆は、思い悩むような表情を浮かべ何かを考えている。
「逢引き……」
「身分違いの恋……」
「修羅場……」
「逃避行……」
「とりあえず君達は昼ドラの見すぎだと思う」
なんでそんな想像力豊かなの?
もっと考えるべきことがあるよね?
まともそうな考えをしている遠藤さん達の方へと視線を向けると、そちらにはまた違ったカオスな光景が広がっていた。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
「見ろ、荒巻が悪鬼のような顔で素振りをしているぞ!」
「青春を剣に捧げた嫉妬の鬼だ。イズミのやつ、怒らしちゃいけねぇ奴を怒らせてしまったようだな……!」
「単純に僻んでるだけじゃないのそれ……?」
無表情で素振りをはじめている荒巻君を眺める男子。
そして、それを呆れたような顔で見ている遠藤さん。
もう食堂中が騒がしくなり、収拾がつかなくなったところで―――、
「ちょっと静かにしなさい」
今まで黙り込んでいた明石さんがそう小さく声を上げた。
たったそれだけで、全員が雑談をやめ彼女に注目する。
「なにか、イズミ君達が消えた以外に異常はないかしら?」
そう彼女が静かに言い放つと、一人の女子が手を挙げた。
「そういえば、アイラちゃんの姿を見ていないわ」
「あれ? 本当だ」
「もう食堂にいると思ったんだけど……」
アイラ。
イズミ君が連れてきた謎の黒づくめの少女。
顔こそ隠しているけど僕から見ても悪い人ではないと思えたけど、彼女もここにいないのだろうか?
「……だとすれば、イズミ君に抱き着いていたのはあの子ってことね。まあ、あれだけ可愛いなら顔を隠しても不思議じゃない。佐藤君ほどの図太さはないし、むしろ当然ともいっていい」
さりげなく図太さ扱いされたんだけど、どういうことなの?
いや、黙ってるけども。
すると、今度はナイトキャップを被っている錨君が手を挙げる。
「ここに来る前に確認したが、俺の工房から剣と斧が消えていた」
「「!」」
「今日の作業を終える時点ではあったはずだ。これとイズミが消えた件、無関係とは思えん」
錨君の工房から武器が消えている……。
……嫌な予感しかしない。
皆も僕と同じことを思っているのか、その表情を顰めさせている。
「それと、修理に出されてたイズミ君のポーション用のベルトも消えてたわ」
「あ、あの! 研究室から戦闘用のポーションがいくつもなくなってました!!」
大槻さん、黛さんと同じポーション作成スキル持ちの椎名さんが続けてそう口にする。
その時点で皆の疑惑はほぼ核心に変わりつつあった。
「チッ、あの毒人間。まーた先走りやがったな」
苦々しい表情の剣先さんが毒づく。
僕達に隠れてイズミ君はどこかに戦いに向かってしまった。
それも、瞬間移動して———いや、もしかするなら自分からしたのではなく、させられたのかもしれない。
少なくとも、そういうスキルは存在するって聞いている。
「まず前提として、彼は何かに巻き込まれていたと考えてもいいでしょう。そして、その“何か”には彼自身が戦わなくてはならないこと、ってのも確定している」
「俺達が知らない間に、巻き込まれていたってことか」
「……もしかすると……彼は、もっと前から……」
竜宮君の呟きに、顎に手を当てる明石さん。
数秒ほど思い悩むように思考した彼女だが、すぐに自分の考えを振り払うように首を横に振った。
「いえ、これは後で考えましょう。問題は彼はどこに行ってしまったのか―――」
「それについては、私が教える」
「「「———!?」」」
この場にいるクラスメートの誰でもない声。
その声が聞こえてきたのは、明石さんの背後―――まるで最初からその場にいたかのように、前触れもなく姿を現した銀髪の少女は、僕達全員を見回した。
「だ、誰!?」
「突然、ごめんなさい。私は、フィオネラ・ファイラル、ギルドでは孤独の探索者って呼ばれている」
「孤独の探索者って、あの!?」
ギルドで情報を集めている際に、その名はよく聞いている。
たった一人でギルドを歩く者。
しかし、度々目撃こそされはするが不思議と誰もその姿は思い出せず、いつかはその存在すら疑われていたが、たしかに実在する冒険者だ。
「時間がない。……イズミ君。彼に与えられてしまった試練について、貴方達に教える」
無表情のままそう口にした彼女に、僕達は彼が巻き込まれている事態がどれほど深刻なのかを理解させられることになった。
毎日おかしなことばかりしてるので、あまり心配されないイズミ君でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。