第三十二話
第三十二話です。
まさかのまさかのアクシデントで意図しないタイミングでダンジョンへ来てしまった俺達。
幸いなのは一通りの装備を持ってこれたことなのだが、背中に一番のお荷物を抱えてしまったことで全て帳消しだ。
「しかも、明石さん達に転移する瞬間を目撃されたし、帰ったらこれ割と地獄なのでは?」
行くも地獄、引いても地獄、乗り越えても地獄。
ただひたすらに悲観していると、背中でがっしりと俺をホールドしていた美奈が呑気な欠伸と共に目を覚ます。
「ほぁ……あっ、おはよう。イズミ君。ん? ここどこ?」
「ダンジョンだこの野郎」
「いたぁ!?」
ようやく目覚めた美奈を草の生い茂った地面に振り落とす。
腰を押さえ、涙目になった彼女は俺を見上げ、不満の声を上げる。
「なにすんのさ!」
「短く説明する。理解しろよ」
「え?」
「アイラやばい、ダンジョンに転移、モンスター沢山襲ってくる」
「訳が分からないけど、なんとなく事情は分かったよ」
話が早くて助かる。
美奈にポーションのいれられたバックを渡し、嗅覚を強化するポーション『ハナツヨクナール』を口にする。
鋭敏化した嗅覚は遠方から急速でこちらに近づいてくる獣臭を捉える。
「美奈、アイラの傍に―――」
「うわすっげぇこの子。超美人!」
「少しは緊張感持てや、お前」
フードが外れているアイラの顔を覗き込んでいる美奈に呆れたツッコミをいれていると、不意にアイラの身体が黄金色の輝きを放った。
『防衛結界、発動』
「なっ!?」
「おお、光ったよ。イズミ君!」
アイラから発せられた光は一瞬だけ天高くへと上がり、その次に彼女を中心とした球形の壁のようなものを形成し、美奈を巻き込むように広がっていく。
これはもしかして、女神の力か?
恐る恐る触れてみると、バチッという音と共に弾かれる。
痛みに指を見ると、やや煤焦げている。
「ッ、美奈! 大丈夫なのか!?」
「全然大丈夫だよ!」
ポーションで指を癒しながら美奈を見ると、本当に大丈夫そうだ。
「なら、そこにいろ! 俺はここで今から来るモンスター共を相手する!!」
試練を受ける者は入れないかそうなのかは分からないが、美奈がアイラが出した壁の中にいるのなら彼女に危険は及ばないと考えてもいいだろう。
なら、俺は最初の目的を果たすまでだ。
「イズミ君!」
「? っと」
美奈の方から飛んできたポーションのボトルをキャッチする。
それには体力を増強させるポーション、フィジカルブーストというラベルが張られている。
「ここからサポートするよ! ポーションのことならイズミ君より知ってるし!」
「……頼む!」
巻き込んでしまったなら仕方が、やるならとことんやってやる。
美奈が渡してくれたフィジカルブーストとマッスルグレートΣ3のボトルを一口ずつ飲み込む。
それに合わせ、腰に装備させていた斧と剣を両手に持った俺は、近くにまでやってきた“臭い”へと意識を向ける。
木々を揺らし、草を揺らし、地面を振るえさせ、やってくるは数えるのも億劫なほどのモンスターの大群。
それらを目にした俺は、褐色に染まった腕を振るい、モンスター共を迎え撃つ。
「いくぞ!!」
まず最初に飛び出してきた犬頭の人型の魔物の腹に蹴りを叩き込み、さらに踏み込み、もう一体の脳天に斧を叩き込み絶命させる。
そのまま地面へと倒れ伏せるモンスターだが、それはすぐさま光の粒子へと変わり消え失せてしまう。
「……なるほど。あのトカゲや巨人とは違うんだな」
作られた存在なのか? なら、こっちも遠慮なくいける……!
斧と剣を携え、殺到してくるモンスター共に剣を横薙ぎに振るっていく。
ポーションによる強化のおかげか、一振りごとに相応の魔物が倒されていくが、終わりどころか途切れが見えることはない。
しかし、それでも俺は怯まずに武器を振るい続ける。
「お前ら、女神の力で作られたんだろ……?」
短く持った斧で殴るようにして、刃を喉へと叩きつける。
絶命した亡骸を足で蹴り飛ばし、前に踏み出し、何かに憑りつかれたように続々と襲い掛かってくるモンスターを迎え撃つように俺も襲い掛かる。
「同じ女神に弄ばれた者同士だ。恨みっこなしでやらせてもらうぞ!!」
ベルトからボトルを取り出し、斧を持つ右腕へと振りかける。
オーバードライブダブルX、代謝を高め、運動能力を飛躍的に上昇させるポーション。
煙が噴き出した斧を高く掲げ、眼前のトカゲのようなモンスター達を押し潰す。
「いけいけイズミくーん! あ、後ろに来てるよ!」
「おう!」
後ろを振り向かず、斧を後ろへ振り回し炎を纏った虎のようなモンスターの顔を斬りつける。さらに、斧の引っかかりを利用し、無理やり俺の前へと引きずりこむ。
「グァ!」
「うぐっ!」
しかし、虎型に構っている間に、別の魔物の爪が俺の肩を掠め、鮮血が噴き出す。
「イズミ君!?
「心配ない! 掠っただけだ!!」
本当はものすごく痛いけど、俺に血を流させたことを後悔させてやる。
虎型の頭を足で踏みつぶしながら、ベルトから新たなボトルを取り出す。
「実戦で使いのは初めてだが、信じるぞ! 美奈!!」
黒いラベルの張られたポーション。
それを一口だけ呑み込んだ俺は、身体にみなぎっていく力のまま雄たけびを上げる。
「エマージェンシーミックスX!!」
致死性のポーションの中でも、中毒度の高いものをあまつさえ混合させた最悪のポーション、エマージェンシーミックスX。
それを飲んだことで中毒度が一気に跳ね上がり、全身が真っ黒な状態へと変わった俺は先ほど以上の暴力を伴いながら、続々と現れていくモンスター共の山に単身で突撃していく。
斧を叩きつけ、剣で殴り、足で踏みつぶす。
「オオオォォォ!! 纏めてかかってこいやぁぁ!!」
「「シャァァ」」
「ふんっ!!」
斧をぶん投げ、眼前のモンスターを纏めてなぎ倒す。
すると、ハナツヨクナールで強化された嗅覚が大きな魔物の存在を捉える。
それと同時にその場を跳躍———、
「先手必勝じゃぁぁ!!」
「ブモォォォ!?」
森の中から雄叫びと共にやってきた牛頭の人型モンスター、ミノタウロスの胸部に全力の拳を叩き込み、一息に葬る。
巨人ほどじゃないが、こんなのが一気に出てきたら大変だな。
「「「ブモォォォォ!!」」」
……悪い想像ほど現実になるよね。
できれば今じゃなければ良かったんだけど。
「美奈! 回復ポーション!!」
「あいよっ!」
美奈が放り投げてきたボトルをキャッチし、それを一気に飲み込む。
それに加え、エマージェンシーミックスXをもう一口含みながら、大量に現れたミノタウロスと相対する。
ミノタウロス以外にもモンスターはまだまだ沢山来ている。
「考えたくはないけど、かなりデカい奴も近づいてきているし……これは覚悟を決めなきゃな」
先程放り投げた斧を拾う。
他人から見たらきっと俺の行動は本当に訳の分からないことのように思えるだろう。
会ってそれほど経ってもいない少女のために、こんな場所まで来て命がけで戦っている俺は、きっと誰から見ても大馬鹿野郎なんだと思う。
だけど、それでも俺はアイラを助けたかった。
誰からも理解されず、他人の関りを求める彼女に、普通というものを知ってもらいたかった。
「あと、あの女神に借りを作れんなら、十分にやる価値はあるな……!」
散々煮え湯を飲まされたんだ。
仕返しするくらいのご褒美はあっていいかもな。
剣と斧の蛮族スタイル。
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