第三十話
「このクソ女神がぁぁぁ!」
「きゃぁ!? 『地面に張り付け』!」
「がぶごぁぁ!?」
フィオさんに話を聞いたその日の夜。
俺は、迸る怒りのままに両足をポーション強化した毒殺ドロップキックを女神アイラスに叩きつけようとしたが、即座に女神の力によりびたーん! と地面に埋め込まれるように、迎撃されてしまった。
「い、いきなりなにするのよ!?」
「ぬぐぐ、この高飛車女神! 理不尽我儘女神! 邪悪の化身! 頭空っぽ女神! その赤いドレスかわいいと思っているようだけど、全然にあってねぇからな!」
「な、なにもそこまで言わなくてもいいじゃない!」
「うるせぇ! バーカ! アーホ! ドジ! マヌケ!」
「な、なんなのこの人。地面に埋め込まれながらも低レベルの罵倒を叩きつけてくる……」
昼間の件は知らないのか、女神は困惑しながら地面にへばりついている俺を見下ろしている。
ついカッとなって蹴りを食らわせようとしてしまったが、本来の目的は女神との交渉のはずだ。とりあえず、起き上がって砂を落としてから女神へと向き直る。
「フィオ……フィオネラ・ファイラルさんから聞いたぞ。お前、俺を騙したってな」
「……そう、フィオがね。あの子なら貴方に接触してもおかしくないわね。……フフフ、バレてしまってはしょうがないわ! アイラが貴方に接触したのは私の手引きによるものよ!」
「……」
「ちょ、ちょっと待ってお願い。ちゃんと説明するから、その見るからに危なそうなポーションはしまってね」
無言で懐からエマージェンシーミックスXを取り出した俺に女神は慌てて、止めにかかる。
正直、今くだらないコントをしている余裕はない。
「どうして俺に事実を隠していた?」
「……あ、貴方に嫌われたくなかったから?」
「安心しろ。元から嫌いだったからもっと嫌いになっただけだ」
「女神だって傷つくのよ……?」
割と本気で落ち込んでいる女神に構わず返答を要求する。
「いいから、本当の理由を言え。どうして俺とアイラを接触させた。嘘はなしだ」
「……分かったわよ」
若干不貞腐れながら、原っぱに腰を下ろした女神は隠していた目的を口にする。
「あの子を助けてほしかったのよ」
「嘘だな」
「これに関しては本当なんですけど!?」
だとしても今ままでの所業を考えると嘘にしか思えん。
というよりこの女神に善意なんてものがあるのか? おおよそ悪意しかないものだと。
「……最初は戯れに作り出した子だったけれど、愛着が湧いちゃってね。娘、というより妹みたいなものだから女神としてのいらない機能を取って普通の人間として生きられるようにしようと思ったのよ」
「だったらそうすればいいじゃないか」
「前にも言ったでしょ。私はあの子に干渉することは難しいって。彼女から機能を外すには正式な手順を用いて試練をクリアしなければならないの。目的が果たされれば、私が何かをするまでもなく英雄を作り出すための機能は消滅するはずよ」
そういえば言ってたな、そんなこと。
だとしたら、こいつはアイラをダンジョンから遠ざけようとしていたのか?
「貴方達のいるところならダンジョンにも行かせなくてもいいし、あの面々ならあの子を受け入れてくれて、自然とダンジョンとの関わりをなくすことができるかもしれない。……そう考えていたのだけど、貴方の様子を見る限り、あの子に備わった機能が発動しつつあるようね」
「ああ、今日危うくダンジョンへ飛ばされかけたぞ」
「……いけると思ったんだけどね。我ながら面倒な力……」
感心している場合か。
呑気な女神に頭痛を堪えながら、続けて質問を投げかける。
「あの子を放っておいたらどうなる?」
「目に付いた実力者を手当たり次第にダンジョンへ連れて無理やり試練へと巻き込むことになるわね。まあ、その前に貴方が試練を受けさせられることになるでしょうけど……」
「そもそもがお前のせいじゃねぇか、それ……」
「悪かったわよ。あの子が自主的にダンジョンへ行かないようにすれば、彼女に備わった機能も発動しないと思ってたのよ」
なんとも勝手な話だ。
しかし、アイラ自身にはなにも責任はない。
このまま放っておけば、いつか犠牲者が出てもおかしくないし、何よりクラスメートがターゲットにされる可能性が高い。
「で、どうすればいい? 解決策はあるのか?」
「貴方が試練を受けることは避けられない。だとすれば、試練が始まった直後に外部からの助け……フィオのスキルを用いての逃走で試練を失敗に終わらせることができるわ」
「失敗に終わらせることもできるのか。……気になっていたんだけど、フィオさんのスキルはなんなんだ? 俺には、女神の力に介入できるすごいものに思えるんだけど……」
「『隠密』それが私のスキルだよ」
背後からの声に振り返ると、フィオさんが気に背中を預けて立っていた。
彼女は女神を見て、不機嫌そうな表情を浮かべると自身のスキルについて説明し始めた。
「スキルを発動している間は、私の存在はあらゆる存在に気づかれることはない。それは、女神も例外じゃない」
「それに、認識から記憶までを文字通りに隠すことができてしまう……よね? さっすがは私の元お気に入り。相も変わらず出鱈目なスキルね」
「……今日はお前に会いに来たわけじゃない。彼に嘘を言っていないか確かめるために、私はここにいる」
今日はとことんフィオさんに助けられてばかりだな。
あとで改めてお礼を言っておかないと。
「話を戻すけれど、貴方は試練を受けるべきではないわ。それこそ巨人の時以上の死闘になるわよ」
「……」
女神の言葉に無言になってしまうと、今度はフィオさんが女神の言葉に同意するように頷いた。
「癪だがそいつの言う通り、あの試練は受けるべきじゃない。君が試練に巻き込まれたら私が助ける。必要ならば君の友人達も。だから、今後はアイラとの接触を断つべきだ。彼女はあまりにも周囲へ与える影響が大きすぎる」
接触を断つ。
それはつまり、アイラと縁を切ると言うことだ。
この一週間、仕事の大変さも、楽しさを彼女とクラスメート全員で共有してきたものを捨てなければならない。
……。
「おい、アイラス」
「なにかしら?」
「お前は本当にアイラをダンジョンから遠ざけるために俺と接触させたのか?」
「……それは」
自身の掌を見ながら、女神に声をかける。
そもそも最初の段階からしておかしかった。
どうして、わざと事実を隠して俺とアイラを接触させたのか。
アイラとダンジョンとの関わりを絶つだけなら、俺に無理やり命令させればいいだけだ。それをしなかったのは——、
「俺なら試練を乗り越えられるかもしれない、と考えたからじゃないのか?」
「……」
「お前でも自信がなかったから、俺をある程度自由に動かせた。違うか?」
俺の言葉に女神は言い淀むように黙り込む。
数秒ほどしてから、意を決したように彼女は口を開いた。
「あくまで可能性の話よ。ただの人間に攻略が不可能なら、人間を超越している者ならいけるかもしれない。そう考えたけれど……やめておきなさい。貴方はここで死なすには惜しい」
「そうか……」
アイラは俺の元居た世界の人間とは全く関係のない人間だ。
いや、そもそも人間かどうかすら怪しいかもしれない。
だけど、それでも放ってはいけないと、思う。
彼女は、まだ何も初めていないんだ。
生まれたその時から厄介なもんを押し付けられ、意識のないまま見ず知らずの人を危険な目に合わせて、そのせいで彼女は孤独を強いられている。
それを知ってしまって、なんとかできるかもしれない可能性があるなら……見過ごすなんてことは、俺にはできない。
「ああ、そうか。そういうことだったんだな」
今更、どうして俺がアイラを助けたいと思う理由が分かった気がする。
彼女は誰からも理解されず、一人でいることを強いられて、それでも理解し合える仲間を見つけることを諦めないでいた。
その姿は、初めて会ったときの美奈と重なってしまっていたのだ。
「なら、助けなきゃな」
俺の言葉に女神は信じられないと言った表情を浮かべる。
「……貴方一人で? 無茶よ、死ぬわよ?」
「だからといって、皆に頼るわけにはいかない」
これは“逃げられる”戦いだ。
だけど、俺は逃げずに戦おうとしている。そんな自分勝手な戦いに、クラスの皆を巻き込むわけにはいかない。
巨人の時以上に危険かもしれないのだ。
そんな危険な戦いに巻き込みたくない。
「貴方がそうしたいのならそうすればいい」
俺の決断を聞いて、フィオさんは静かにそう答えた。
きっと向こう見ずな俺に呆れているのだろう。
「だけど、イズミ君。君が思っているより、彼らは守られている存在じゃないことを理解したほうがいい」
「……はい」
「そこで素直に頷けるのなら、私よりもずっとマシかな……うん」
どこか寂しそうに微笑んだ彼女は、そのまま空気に溶けるように姿を消してしまった。
完全に気配の消えた場所を見て、自嘲気味に笑みを零して女神の方へと向き直る。
「おい、アイラが次に目覚めたら、彼女の意識は戻るのか?」
「多分、そのまま貴方の元へ向かうでしょうね。試練を受けさせるために」
「……上等だ。持てるだけのポーション抱えていってやる」
覚悟はもうできている。
なら、あとは戦う準備を整えるだけだ。
結果的に主人公はギルド長の話も、剣埼しおりの忠告も、全くといっていいほど分かっていませんでした。
書き溜めた分は、これにて終了です。
続きができ次第、更新いたします。




