第三話
あけましておめでとうございます。
第三話です。
美奈に手を引かれ、勢いよく部屋は足を踏み入れた俺を待っていたのは、大勢の視線であった。
鎧で武装している人たち。
魔法使いのようなローブをまとった人たち。
そして、顔見知りのクラスメート達。
「イズミ君! 大丈夫だったんだね!」
「イズミ!」
真っ先に僕の名を呼んだのは親友である優利と和也であった。
こちらへ駆け寄ってくる二人の親友に、無事を知らせるべく手を掲げようとすると、二人以外の誰かが猛烈な勢いでこちらへ走り寄ってくるのが見えた。
あいつは――、
「イズミ!」
「た、竜宮君!?」
クラスの中心人物の竜宮明。
彼を一言で表すなら、田舎で生まれたイケメンモンスターだろう。
身長良し、性格良し、容姿良しのイケメン三原則を備え、さらに人格者という二次元からそのまま飛び出してきたような奴だ。
そんな人物に、俺は勢いよく両肩を掴まれた。
驚くのも束の間、肩を掴んだまま俯いた彼は涙声で言葉を吐き出した。
「良かった! 本当に良かった! お前が生きてくれて、友達が生きていてくれて……!」
「お、おう……」
正直、最初は性格最悪の見た目だけの野郎だと思っていたが、クラスメートになってから、彼が普通にいい人なのが痛いほど理解できた。
なんというか、難癖つける余地すらもない普通にいいやつだった。
というより、そんなことを思っていた俺が逆に醜く感じてしょうがなかった。
どう声をかけていいか悩んでいると、無言で肩を震わせている竜宮君の背後から一人の少女が声をかけた。
「アキラ、落ち着きなさい。ここで泣かれたらイズミ君に逆に迷惑をかけちゃうわよ」
声をかけた少女の名は、竜宮君の幼馴染である明石灯。
幼馴染という点と、竜宮君と並んでも違和感のない美人という時点で、女子の妬みつらみを一心に向けられそうだが、それを許さないほどの気遣いと姉御力によって竜宮君に並ぶクラスのまとめ役として君臨している。
むしろ女子の恨みつらみは優利の方が請け負っている感がある。
男子なのに。
「ああ、そうだなアカリ。……だけど、本当に良かった!」
「はいはい。……あとは、一ノ瀬君と佐藤君に任せるから、私たちは待っていましょう」
「ああ!」
目元をごしごしと拭った竜宮君は、太陽すらも陰るほどの笑顔を浮かべ、その場を離れる。
その笑顔に浄化されかけながらも、微妙な表情で近づいてきた優利と和也にぎこちなく笑いかける。
「ま、まあ、見ての通り元気だよ……」
「前から思うんだけど、度を過ぎた善性って逆に恐ろしく感じるよね……。とにかく、イズミ君が無事に起き上がってよかったよ。僕と和也君もずっと心配してたんだから」
無意識なあざとい笑顔を浮かべる優利と、劇画チックに笑みを漏らす和也。
見事に少女漫画と少年漫画の組み合わせだが、まずは二人に状況を聞かなければいけない。
「粗方の事情を聞いたけど、今はなにをやっていたんだ? スキルがなんとかは聞いたけど……」
「え、まだ聞いてなかったの?」
優利が俺の後ろにいるメイドのアウルさんへ向けられる。
彼女は丁寧に一礼すると、前へ歩み出た。
「実物を見たほうが早いと思われますので、今ご説明いたします。サトウ様とイチノセ様は、もう済ませましたか?」
「……いいえ、僕と和也君はイズミ君が来るまで待っていました。他の皆は全員済ませました」
「では、お二人を含めて解析いたしましょう」
そう言って、広間の祭壇らしきものがある場所へ歩いていく、アウルさん。
俺達四人もついていくが、クラスメートの表情を見るに不安そうにはしているが、危害とかは加えられていないようだ。
それに……どこか浮かれている部分も感じられる。
「スキルとは、簡単に言えば個人が持つ長所でございます」
「長所、ですか?」
「もっと別の言い方をすれば才能とも呼べます。当人が最も成長し、伸ばしやすい力。法則的に一個人にスキルは一つしか発現いたしませんが、多くの者達がその道を往き、極めようと努力します」
「例えば、どういうものがありますか?」
「えーと、体術、剣術、弓術、調理、そして魔法……スキルは膨大に存在いたします。ですが皆様は、女神様に選ばれた特別な存在。きっと特異なスキルが目覚めるはずです」
なるほど、それじゃあスキルの解析というのは、その人が持つ才能を目覚めさせるといった感じか。
しかし、魔法なんてものがあるとは……ファンタジー染みてきたな。
隣の美奈は「魔法があるの!」と騒いでテンションを上げているし……。
「優利、皆はどんなスキルを持っていたの?」
「えーと、料理だとか、裁縫スキルとか……あっ、竜宮君は光魔法スキルだったね。明石さんは炎魔法だったよ」
「お、おう……さ、流石は竜宮君と姉御だぜ……」
凄いが、全然僻めない。
二人ならそんな才能を持っていても不思議じゃないからだ。
いやはや、本当にお似合いの二人だなー。
「では、早速スキルの解析を行いましょう。やり方は単純です、この紙を祭壇に燃えている炎で炙るだけです。炎自体は、熱さのない特殊なものなので危険はありません」
「うむ、では俺が最初にやらせてもらおう」
アウルさんから小さな紙片を受け取った和也は、青く燃える炎にそれを近づける。
すると、青い炎が一瞬だけ赤く染まり、紙片に文字のようなものが浮き出てくる。
「……読めんぞ」
「私が読みます。あ、でもイチノセ様は戦闘職っぽいですよね」
やっぱりこの世界の文字は読めないのか、紙片が和也の手からアウルさんに移る。
アウルさんの一挙一動に俺とクラスメートたちの視線が集まる。
「イチノセ様のスキルは……え? 農耕スキル!?」
和也のスキルを見て狼狽し始めるアウルさん。
ちょっと様子が尋常じゃないので、質問してみることにした。
「えーと、農耕スキルってどんなものなんですか?」
「は、畑仕事や、穀物などを育てるのに適したスキルです。でもその、これはごくありふれたものでした……それに説明文も『その者に、育てられぬ種はなし。その才極めれば不毛の大地すらも豊作の地へと変えられるだろう』……農耕スキルにしてはあまりにも凄まじいことが書かれていますが……」
ちらりと心配するように和也に視線を向ける。
恐らく、和也が落ち込んでいないか気にしているようだけど、その心配は無意味だろう。
なにせ―――、
「よぉぉっし!!」
「えぇ!?」
当の本人は喜びのあまり、普段は絶対にしないガッツポーズをしているのだから。
クラスメート達も――、
『流石農家の一人息子だぜ』
『一ノ瀬君の差し入れてくれる野菜美味しいもんね』
『畑仕事をしているときの、あの後ろ姿は憧れる』
納得の表情である。
俺たち以外の王国の人々が困惑する中で、次に優利が前に出て紙片を手にする。
「僕はなにが出るかなー。やっぱり、かっこいいやつがいいなー」
「かわいいやつの間違いじゃねぇかな」
「なにか言ったかな?」
ジト目で睨んできても可愛いだけだが、そもそも男なので口笛を吹きながら誤魔化す。
炎に触れ、文字が浮かび上がった紙片がアウルさんに渡る。
「……え、えーと、じょ、女装スキルです」
「what?」
「『彼の者、わた……女神に劣らずの美しさを持つ者。その姿、装いにて異性に転ずる』と、書いておられます」
「わた、私って言ったよねこれ! スキルって女神の独断で決められるのぉ!?」
女神様に認められるほどの美しさェ……。
「優利。いや、ユーリちゃん」
「なんで言い直したの!?」
呼び名を変えた俺に慌てて抗議する優利。
心なしか、クラスメート達の視線が温かい。
いや、滅茶苦茶悔しがっている女子勢と、頬を染めている野郎がいるぞ。
『さらに女子力に磨きをかけるっていうの!? 私たちにどれだけ敗北感を与えれば気が済むの!?』
『あの佐藤君が女装だと……!?』
『いつかはやるとは思っていたけど』
『わ、私裁縫スキルがあるんだけど!』
『『でかした!』』
「ねぇ、イズミ君。この世界で人を殴っても許されるよね?」
「お、落ち着け……掲げた拳を下ろすんだ」
「わーい、異世界でも男の娘だ!」
「しばくぞ、小娘ェ!!」
なぜか美奈にだけ当たりが激しい優利を羽交い絞めにして、美奈にスキルを解析するように促す。
元気よく頷いた美奈は、笑顔のまま紙片を取り青い炎に腕ごと突っ込むのだった。
次話の更新は、一時間後、午前1時を予定としております。