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第二十八話

 アイラが宿舎にやってきてから一週間が過ぎた。

 その間、彼女と俺は畑作業を行ったり、厨房の手伝いを行ったりと、とにかくクラスメートのやっている仕事を手伝ったりしていた。

 それで分かったことは、俺って控えめに言って役立たずじゃね? ということである。

 この世界に来てから結構経つのに、俺にできることは美奈が作ったポーションを試飲するだけという単純作業のみ。

 この件に関しては割と本気で泣きたくなってきたが、それよりもっと気になっていることがある。


「誰かの視線を感じるぅ?」

「うん」


 食堂で朝食を食べ終えた後、俺は優利にある相談を持ち掛けていた。

 それは、誰かの視線を感じたり、気配を感じたりするというものだ。

 常に感じるというわけじゃない。

 昼間、アイラと一緒に作業を手伝ったりしている時、そういう感覚に苛まれるのだ。


「自意識過剰なんじゃない?」

「そうかもしれない……」

「いや、ごめん。本気で悩んでいるなら、僕も心配になるよ。付き纏われるのってすっごい面倒くさいからね」


 まるでそういうことを経験しているような口ぶりに関してはツッコまない。

 今の俺以上の闇、というより深淵を見てしまうかもしれないから。


「いや、この件はもう少し様子見をするよ」

「そっか……。あ、じゃあさ、例のあの子。ここに来て一週間も経つんだけど、まだフードを取らないの?」

「あー……」


 例のあの子とはアイラのことだろう。

 彼女はまだ俺以外のクラスメートに素顔を見せていない。美奈と椎名さんに確認をとってみたところ、女子のいる宿舎でさえも、顔を隠し通しているという徹底ぶりだ。

 まあ、素顔に関してはしょうがないよなぁ。


「ちょっと訳アリなんだよ」

「具体的には?」

「綺麗すぎて見せられないってやつ」

「君が冗談を言うなんて珍しいなぁ。……冗談だよね?」


 優利の質問をあえてスルーする。

 彼女がフードをしている理由は女神から訊いているので、あまりツッコまでないようにしておきたい。うちの奴らならば問題はないと思うが、当のアイラ自身がフードを取らない以上、俺が口を出すことはないからだ。


「まあ、本人が見せたくないならあまり詮索はしないよ。そういえば、今日はどこに手伝いにいくの? あ、もしかして僕の情報収集の手伝いとかは——」

「誰が女装なんてするか。喜んでやっているお前とは違うんじゃい」

「喜んではやってないよ!」


 反論する優利をなだめながら、今日どこへ手伝いにいくのか確かめるべくポケットから明石さんから渡された予定表を取り出す。

 えーと、確か今日は……ん?


「研究室っていうと……」


 俺がいつもいるところじゃね?



 どうして明石さんは美奈と椎名さんの研究室を手伝いの場として選んだのだろうか。

 普通に考えれば、美奈というマッドサイエンティストのいる場所に、純粋な彼女を連れて行っちゃだめだと分かるはずなのに――。


「か、体に力が漲るぅぅぅぅぅ!?」


 現在、研究室内にて俺はいつも通りにポーションの試飲を行っていた。

 今日は少し中毒度の強いポーションだったのか、まるでポーションを三つ同時に服用したような効果が出ているが、今では慣れたものです。

 肌が黒く染まった俺を見て、美奈の助手を務めているアイラが慌てふためく。


「い、イズミさんが真っ黒に!? み、ミナさん、大丈夫なんですよね!?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、致死性のポーションを飲んだだけだから」

「それって駄目ですよねぇ!?」


 彼女が混乱している間になんとか呼吸を整えた俺は、薬効ポーションを飲み込む。

 今日は椎名さんは研究室にはきていない。

 美奈によると、体調を崩して休んでしまったらしいが……心配だな。


「美奈、今度は俺に何を飲ませた?」

「ふふん、それはねえ。マッスルグレート、マックステンション、フィジカルブーストの三つのポーションの効果をミックスさせた超危ねぇやつ! 名付けてエマージェンシーミックスXッっていだだだ!?」

「混ぜるな危険ってそのままじゃねぇか……!」


 腕を交差し「エーックス!」とポーズを取った美奈に手袋をはめてのアイアンクローをかます。

 中毒耐性があるとはいえ、お前はよくそんな危険なものを飲ませられるな! いや、飲んだ俺も悪いけどさ!

 呆れながら、手の甲に浮かぶ中毒度を見る。


「中毒度354って、おいおい……」

「どう? 体に異常とかある?」

「いや……特にないな。それどろころか巨人と戦った時よりも幾分か楽な気さえしてくる」

「じゃあ、イズミ君のスキルの熟練度が上がったわけだね! この調子でどんどん危ないものを飲んでいこう!」

「はぁ……」


 ま、いざというときに動けるならそれでいいか。

 この世界に生きる上で、俺もこのスキルと付き合っていかなきゃならんし。


「イズミさんも、凄いスキルを持っているんですね……」

「アイラもスキルを持っているだろ?」


 俺と美奈のやり取りを見て、やや引いているアイラへと視線を向ける。

 今の今まで聞いていなかったからだけど、アイラのスキルがどんなものか知らないな。


「私は全然大したものじゃなくて、防御っていう地味なスキルなんです。単純に害のある攻撃を防いだりしてくれるもので、全然攻撃に転用できないから、ダンジョンでは逃げ回ってばかりで……」

「そ、そうか……」


 きっとのその防御スキルには“女神仕様”ってのがつくかもしれないな。

 生半可な攻撃じゃ触れることすらもできなさそうだ。


「それより、今日を含めてここで過ごしてきてどうだった?」

「……皆さん、とても個性的で優しい人ばかりでした」

「まあ、個性的なのは認めるけどな」


 むしろそんな面々しかいないといえる。


「未だに顔を明かすことができない私にも、あんなに親切にしてくれて……この一週間、イズミさんと一緒にやった皆さんの仕事の手伝いも大変でしたけど、すごく楽しかった」

「イズミ君、この子純粋すぎない?」


 アイラの言葉にそうツッコんだ美奈に軽めのチョップをいれつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。


「だから私、もう無理をしてダンジョンへ行く必要なんて……ないのかなって……」

「……どうしてだ?」

「ダンジョンは人がたくさん集まる場所だから、一緒に何かを共有できる誰かが見つかると思っていたんです。そんな希望を抱いて、少し前までの私は懸命にダンジョンへ潜っていましたが、結局は見つかりませんでした」


 確かにダンジョンへは一攫千金を求めた人たちが多く集まってきていたから、アイラの言っていることにも間違いはないだろう。

 しかし、それは彼女自身すらも知らない生まれ持った力が許さなかった。

 思いつめたようにそう口にした彼女に、俺はできるだけ明るく話しかける。


「ま、ダンジョンは危険な場所だからな。わざわざ自分から危ない目に合う必要なんてないし、いいんじゃないか?」


 実のところ、少しだけホッとしていたのだ。

 この子自身が危険な目に合わないこともそうだけど、ダンジョンへいくことをやめてくれれば彼女に宿った女神の力が暴走する心配がなくなるからだ。

 あの基本嘗め腐った態度をとっているアイラスが俺に忠告してきたのは、それほどまでに彼女の持つ女神の力が危険だということ。

 ダンジョンというそこかしらに危険のある場所に彼女がいかなければ、女神の力が暴走することもない。


「そうですよね。私、もうダンジョンへ行くのはやめます。あ、さすがに生活に困ったら潜るかもしれませんけど……」

「あー、頻繁に行くよりはずっといいよ。ダンジョンって本当に何が起こるか分からないしな」


 多分、俺の場合ダンジョンで起こる異常事態はほぼ女神の差し金だとは思うがな。

 とりあえずは、後片付けを再開させると先ほどまで話していたアイラが、どこか虚ろな目でこちらをジッと見ていることに気付く。


「……」

「どうした?」

「っ、いえ、ちょっとボーっとして……」


 痛みに耐えるように額を押さえているアイラ。

 偏頭痛持ちなのかな? さっきまで普通に話していたのだけど、もしかして連日の作業で疲れがたまっているのかもしれない。


「疲れているなら、休んだ方がいいぞ。ここは危険なポーションも置いてあるからもしものことがあったら大変だ」

「そうだよー、大変だよー! 一滴でも皮膚に付着しただけでやべーことになるやつもあるからねー!」


 そろそろこの研究室を隔離したほうがいいかもしれない。

 迷い込んだ誰かがうっかりポーションを割って大惨事になりかねん。

 下手すりゃパンデミックなんてありえる。


「そう、ですね。すいません……休ませて、もらいます」

「大丈夫か? 宿舎の前までなら送っていけるけど……」

「い、いえ、自分でいけますから……」


 ゆっくりとした足取りでアイラは研究室から出ていく。

 ……心配だな。


「美奈、ちょっとアイラを宿舎まで送ってくるわ」

「いいよー」


 美奈に了解を取り、アイラのあとを追う。

 それほど距離が離れていなかったようで、出口へと通じる廊下を覚束ない足取りで歩いている彼女の姿を見つけ、速足になる。

 彼女を呼び止めようと声をかけようとする――、その瞬間、ちょうど横にあった扉が前触れもなく開かれ、そこから伸びた手が俺の肩を掴んできた。


「今のあの子に、“貴方”が近づいちゃ駄目」

「は? うぉ!?」


 突然の声に呆気に取られていると、そのまま部屋の中に引き込まれてしまう。

 部屋の中は研究室の備品などを備えている物置部屋のような場所だが、いきなりそこに引き込まれた俺は、咄嗟に懐からボトルを取り出しいつでも開けられるように構えるが、目の前の人物の顔を見て呆気にとられる。


「フィオネラ・ファイラル……さん?」


 一目で印象に残る銀色の髪と、どこか幼い顔立ち。

 『孤独の探索者』

 竜宮君達がダンジョンに閉じ込められた時、俺を助けてくれた冒険者であった。

 彼女は、名前を口にした僕に驚いたような反応を示した。


「覚えてるの? 私のこと」

「え、そりゃあ、一度会いましたし……」

「……そう」


 この人は俺と同じように女神に目をつけられていたという人だ。

 忘れられるはずもない。


「いや、それよりどうしてここに?」

「気づかれていないのは、スキルを使っているから」

「スキルって……」


 そもそもここは城から与えてもらった場所だ。

 無断で入れるような場所じゃないはずだけど……。

 そんなことお構いなしに、フィオネラさんは話を続けようとする。


「イズミ君、よく聞いて。貴方の身に危機が迫っているの」

「……どういうことですか?」


 意味が分からないけれど、この人は事情を知っているようだ。

 どこか焦るような素振りを見せたフィオネラさんは、決定的な言葉を僕へ発した。


「あの子、アイラ・アルテミアはただの人間じゃない。女神アイラスの歪んだ願望が作り出してしまった危険な存在なの」


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