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第二十七話

 明石さんプロデュースの『アイラの戦友作ろう計画』が始まることになった。

 まさか、俺の計画が頓挫するとは思ってもみなかったけれど、よくよく考えれば計画も行き当たりばったりの穴だらけなものだったし、結果的には明石さんに任せてよかったかもしれない。

 後日、明石さんに大まかな計画を聞いた俺は、再び訪れてきたアイラと共に早速行動に移ることにした。


「これから! 農業体験を開始する! えいえいッ、おぉぉ――!」

「……はぇ?」


 農具片手に声を張り上げる俺の隣で、素っ頓狂な声を漏らすアイラ。

 現在、俺とアイラがいるのは俺達が住んでいる宿舎の近くにある畑の前である。

 説明もなく、この場に連れられたアイラは動揺するように真っ黒な外套を揺らした。


「え、え!? なんで農業!?」

「明石さん曰く『真の戦友とは共に何かを成し遂げ、背中を預けられる存在を見つけることにある! つまり、その過程に命がけの戦いなんて必要ない! 必要なのは、共に助け合い苦楽を共にすること!』ということなので、とりあえず農業をすることになった」

「え、えぇ……」


 微妙な反応をしてしまうアイラの気持ちも分からなくはない。

 だけど、それと同じくらい明石さんの言葉にも共感できるものがある。


「きょ、今日からここに泊まり込みって聞いてたんですけど……もしかして……」

「そう。俺と一緒にここで農作業だ!」


 ぶっちゃけ俺はポーションを飲むことしかできないのでかなり暇である。

 もう一度言う、何もすることがなくて暇である!

 ……うぅ、なんでもっと作業に活かせるスキルに目覚めなかったんだろう、俺。

 若干、打ちひしがれながらもアイラへと向き直る、


「そのために、今日は助っ人を呼んだんだ」

「イズミ、待たせたな」


 そう言うと、農具の置いてある物置の方から二人の男女がやってくる。

 一人は身長二メートル近い大柄な男で、もう一人はおっとりとした雰囲気の女性である。


「紹介するよ。こっちの大男は俺の親友、農耕スキルを持っている一ノ瀬和也。もう一人いるのが植物観察スキルを持ってる上花紫音さん。二人はここで野菜とかポーションの材料とかを作ってくれているんだ」

「よろしく」

「よろしくねー」

「あ、アイラ・アルテミアです。よ、よろしくお願いします」


 短く挨拶をするカズヤと、間延びした挨拶をする上花さん。

 そんな二人にぺこりと頭を下げたアイラは、初対面の相手に緊張しているようだ。


「カズヤ、上花さん今日はありがとな」

「気にするな。俺も事情は聞いている」

「気にしなくてもいいよー」


 ……なんというか、寡黙なカズヤとおっとりしている上花さんとのコンビに、安心感のようなものを抱かせるな。


「それで、だ。お前達が耕す畑は、俺達が普段使っている場所とは別のものだ。いわば、お前達専用の畑ともいえる。どのように育つかは、お前達の努力と根気にかかっている」

「おーう」

「は、はいっ」


 実のところ、できることが見つかって地味に嬉しくなっている俺がいる。

 育てるものは美奈のポーションに使える薬草とからしいので、それほど危険なものではないだろう。


「種を植える前に畑を耕さなければならん」

「分かった。アイラ、君も見るんだ」

「……うん」


 鍬を片手に持ったカズヤは小さく深呼吸をする。

 その所作に少しばかり首を傾げていると、彼はジッと畑に視線を移した。


「野菜を育てる上で重要なのが土だ。種を植える前にまずは土に手を入れねばならん」


 そう言って、カズヤはザクッと地面に鍬を突き立てる。

 恐らく、そこから土を掘り起こしていくんだな。

 そう考えていると、鍬を両手で持ったカズヤは、唸り声を上げながら掘り起こした。


「ぬぅん!」


 地面が掘り返されると同時に、衝撃派のようなものが走った。

 衝撃波は瞬く間に畑を走り、一瞬にして列を耕されてしまった。

 現実離れした光景に、俺は顎に手を当てる。


「……なるほど」

「ちょっと待って! 私でもおかしいことだけは分かる! 農作業ってこんなことしませんよ!?」

「ふふふ、カズヤ君は相変わらずねぇ」

「相変わらず!? 畑で衝撃波を出すことが!?」


 微笑ましそうに笑みを零す上花さんに、アイラがツッコむ。

 農耕スキルを持っているカズヤならば、衝撃波くらいだしてもおかしくはない。あの裁縫スキル持ちの二人だって、最早裁縫どころではない超人技を行っているのだ。オカシクナイ、ゼンゼン。

 そう納得していると、カズヤが俺に鍬を差し出してくる。


「イズミ、試しにやってみろ」

「オ、オッケー」


 俺に衝撃波を出せと?

 カズヤの表情を覗っても、いつもどおりの無表情なので全く感情が読み取れない。

 ポーションを使おうと懐から取り出した次の瞬間には、「バカ野郎! 薬に頼るなぁ!」と割と強めの平手を食らったあとに、普通に土を整えることになった。


『——』

「ん?」


 その時、ふと誰かの視線のようなものを感じた……ような気がした。

 いや、視線というより気配というべきか?

 殺気を感じるとか気配を感じるだとか、ファンタジーっぽい能力は持ち合わせていないはずだけど、誰かが近くで見ているような不可思議なものを俺は感じていた。



 イズミ・ダイキ。

 ギルドで、彼と初めて顔を合わせた時、初対面とは思えない親近感のようなものを抱いた。

 楽しそうに彼と会話している私。

 うきうきしながら彼との会話している私。

 それは、夢の中でいつも見る光景で、現実の私がどうあっても手に入れることのできない暖かな時間であった。

 だけど、その夢の中で彼を苦しめていたのも私だった。


「私、は……」


 鍬で畑を耕しながら、ポツリとそう呟く。

 真っ黒いフードに覆われ、限られた私の視界に映るのはたくさんの色に彩られた世界。

 それを暗いフード越しに眺めているだけが、私の日常だった。


「どう? 畑仕事は順調?」

「は、はぁい!」


 後ろからひょこっ、と顔を出してきたウエハナ・シオンさんに声を裏返らせながら返事をする。

 私の過剰な反応に彼女は特に気にせずに、私が耕している畑に見る。


「んー、手慣れているね。もしかして畑仕事の経験とかあるのかな?」

「おじいちゃんの耕していた畑を手伝ったことなら……」

「あぁ、それじゃあもしかして、イズミ君よりも経験者かもしれないね」

「い、いえ、手伝うといっても少しぐらいしかないから、そんなには……」


 私が手伝ったのは精々収穫とかそのくらいだ。

 どちらかというと、木の実や山菜とかを取りに行く方が得意だった。

 私が山から食べられるものを取ってくると、おじいちゃんとおばあちゃんは喜んで……喜んで……。


「……」

「ごめんなさい。辛いことを思い出させちゃったね」

「いえ……」


 駄目だな、私。

 ちょっとしたことで落ち込んで、シオンさんに心配をかけてしまうなんて。

 こんなことで、友達ができるのだろうか。

 自分に嫌気が指していると、イズミさんとカズヤさんの怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。


『イズミィ! お前はまたポーションを!』

『ぬぐぉおおおおお!? 許してくれカズヤ! これも作業効率の為なんだ!』

『そのような理由が罷り通らんわァ!』


「本当にカズヤ君は、イズミ君と一緒にいると楽しそうねぇ」

「あの、イズミさんが顔面捕まって宙づりにされているんですけど……」


 それでも尚、抵抗を続けているイズミさんにはただただ驚くしかないのだけど。

 呆然と見ていると、シオンさん私の肩に軽く手を置いた。


「きっと、見つかると思う」

「え?」

「言ってなんだけど私達、一人として普通な人なんていないんだよねぇ」


 それはそれで不安になるのだけど。

 というより、今日その人たちのいる宿舎に泊まることになるのだけど……!


「だからさ、誰も貴女を避けないし、拒んだりしない」

「……」


 続けて発せられたその言葉に、私は言葉を失う。

 この人は、人前で素顔を見せられない私を理解してくれようとしてくれている。

 それがたまらなく嬉しく、そして自分の駄目さ加減を嫌というほど理解してしまう。


「ま、貴女のことについては、イズミ君がいるから大丈夫かな。だって彼、ああ見えて一番の変わり種だもの」

「……え? それってどういう―――」

「ん、ちょっと待ってね」


 突然、耳に手を当てて何かを聞き取ろうとしたシオンさん。

 どこか険しい表情の彼女に何事かと思いあたふたとするが、次の瞬間には彼女は勢いよく立ち上がった。


「水を欲しがる野菜ちゃんの声が聞こえる!」

「えぇ!?」

「じゃ、ここはよろしく! 私は野菜ちゃんに水をあげてくるから!」


 そう言い残してこことは別の畑へと全力疾走していったシオンさんに、私は暫し呆然としていた。

 や、野菜ちゃんって、なに?

 そういえば植物観察スキルを持っていたって聞いてたけど、もしかして植物と会話できたり……するの? 植物観察というスキルが存在しているのは知っていたけれど、少なくとも植物の声が聞こえるとかいう出鱈目な効果があるスキルではないはずだ。


「もしかして、イズミさんを含めたここにいる人たちって……」


 全員、普通とは違う能力を持つ人たちなのだろうか。

 ありえない、とは言い切れなかった。

 ここにいる人たちは、私のようにどこかがズレている。

 それがなんなのかは分からないけれど——、


「私も、勇気を出してみよう、かな……」


 素顔を覆い隠すフードに手を添える。

 ここなら、一人だった自分を変えられるような気がする。

 ただダンジョンへ行けばいい、一緒にいてくれる“誰か”を探す必要もなくなる。

 そこまで考えていると、不意に頭に鈍い痛みが走る。


「……うっ」


 視界が朧気になるが、それも一瞬だけですぐに痛みもなくなる。

 この王国に来てから、稀に起こる眩暈と頭の痛み。

 痛みが治まったところで、今一度鍬を握りなおした私は、畑仕事を再開させるのだった。


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