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第二十五話

 深夜、皆が寝静まった頃、俺は女神と話すべく宿舎の裏庭へと赴いていた。

 そこには先に俺のことを待っていたのか女神……いや、アイラの肉体を乗っ取ったアイラスが、イラっとするにやけ顔を浮かべ、原っぱに座っていた。


「おい、言い訳なら聞くぞ。この邪神が」

「出会い頭に酷くない? さすがに傷つくわよ、私」

「傷つくだけの心があるのか?」

「あ、あなたも無礼になってきたわね……」


 今回ばかりは、説明不足のこいつに責任があるので俺は謝らない。

 アイラスから散歩ほど離れた場所に座り、彼女に事情を問う。


「まずはお前が今乗っ取っているアイラについて説明しろ」

「本当は知られたくなかったのだけど、しょうがないか……」


 諦めたように一つため息をついたアイラスは、自身を指さした。


「この子はね。私が人間をベースに作り出したもう一人の私。いわば分身よ」

「……は?」


 分身? ということは、人間じゃないのか?

 俺の疑問を察したのか、アイラスは自身を指さす。


「といっても基本は人間とは変わらないわ。一人で森を彷徨っていたところを、ごく優しい老夫婦に拾われ、人並みの生活を送って、老夫婦が亡くなった後一人で生きていくために、この国へやってきた人間の女の子よ」

「……」

「信じられないって顔をしているけれど本当よ。この子を作り出した理由は、天界にいる私が現世を見て回るためだもの。それ以外の理由なんてないわよ」


 からからと笑うアイラスに俺は鋭い視線を向けたままだ。

 正直、こいつがこんなペラペラと話しているという時点で、怪しさ満点だ。


「だったら、どうしてお前の力が通じないんだ? お前が作ったんなら、その行動も思いのままなんじゃないのか?」


 俺の質問にアイラスは困ったように肩を竦めた。


「それが問題なのよ。本当はこの子はここまでの力を持つはずがなかったの」

「どういうことだ?」

「私は分身を作ったつもりだったけれど、その過程で不具合が起こっちゃってねぇ。なぜかこの子と私の力が共有されることになっちゃったのよ」

「はぁ? 共有ってことは、アイラはお前と同等の力を扱えるってことなのか?」


 俺の言葉にアイラスは首を横に振る。


「いえ、私達上位存在と人間じゃ扱える力の器が違う。だから、この子はほとんど神の力は使えないけれど……共有されている神の力はあらゆる干渉を跳ね除ける強力無比な耐性として存在しているのよ」


 だからアイラスの力はアイラに通じなかった。

 いうなれば、素体は違えど、同じ神の力を持つ者同士だったから?


「なるほどなぁ。じゃあ、どうして俺をダンジョンなんかに誘ったんだ?」

「うーん、それはねぇ……」


 腕を組んで言い淀むアイラス。

 どんな言葉が出てくるのか恐々としていると、次に彼女の口から飛び出してきた言葉はある意味で予想がいなものだった。


「友達が欲しかったのよ」

「……んん? 悪い、ちょっと訳が分からない」


 なんで友達が欲しくて危険なダンジョンへ行くんだ?

 首を傾げる俺にアイラスは苦笑する。


「この子、ちょっと世間知らずなところがあるのよ。この王国に来るまでは、人らしい人とは育ての老夫婦としか会っていなかったから、同年代の友達というものを知らないの。なんていったかしら? 貴方の世界の言葉で『箱入り娘』っていうのかしら」

「確かに人と話すことに慣れていないと思っていたけど……」


 そのままの理由だったとは思わなかった。

 でも、あんな昼間から真っ黒な外套を被っていることを考えれば、それもしょうがない話ではあるけども。


「後はあれね。あの子の見た目に騙されて襲おうとしたり、捕まえようとすると無意識に私の力をまき散らしちゃうのよ。しかも、力を使った前後の記憶はないものだから、あの子……『自分は人と関わるのが巧くない』って思いこんじゃって」

「まき散らすって、危険じゃないのか?」

「周りを吹っ飛ばすくらいだからそれほど危険じゃないわ。大怪我はするかもしれないけど死にはしないわ。というより、私の力をまき散らすことなんて滅多にないんだから、そうさせる相手が悪いのよ」


 そういう問題じゃないんだけどなぁ。


「それで、ギルドの異名と合わせて人も寄ってこないと?」

「それもあるけれど、彼女がその異名で呼ばれる理由は他にあるのよ。というより、ここからが本題よ」


 今までのは違うのか?

 疑問に思いながら、アイラの言葉に耳を傾ける。


「私の神としての力は、モンスターを惹きつける。思考を奪い、理性を取り去り、災害のごとくこの子へ向かってモンスターが牙を剥く」

「……それって、アイラも無事じゃ済まないんじゃ?」

「この子自身は絶対に大丈夫なの。なにせ私の力で守られているから。でもね、他の有象無象は違う」


 笑みを浮かべたまま冷淡な口調になったアイラスに俺は顔を顰める。

 さっきまでの話を聞く限り、力を使っている間、アイラは意識を失っているだろう。


「見ての通り、可愛くて綺麗な私の見た目を再現したこの子に釣られて、一緒にダンジョンへ潜ったものがどんな目に合ったと思う?」

「死ん……だのか? 魔物に襲われて……」


 呆然とする俺にクスクスと笑みを漏らしたアイラは、安心させるように肩を叩いてきた。


「その時は私の信頼する冒険者さんが巻き込まれた人間達を助けてあげたんだけどね。まー、私としてもこの子の力をバラしたくないし、冒険者やギルドの職員たちの記憶を消したり色々と動いたわ」


 死人が出ていなかったことに一安心したが、この女神が動くことになるという事態にまで発展していると気づき、事の重大さを知る。


「それが起こったのは一度だけなのか?」

「んー、三回くらいかな? さすがにその時は夢を装って忠告しておいたから最近はなくなっていたけれど……まさか貴方をダンジョンへ誘うとはねぇ」


 まさかあの質問が俺の生死に関わっていたとは思わなんだ。

 それで全て話し終えたようで、アイラスは俺に「これからどうするの?」と問いかけてくる。

 俺としては、ダンジョンに行って死ぬなんてまっぴらごめんだ。だけど、直感的にだけど俺はどうあがいてもアイラと関わることになってしまっているのだろう。

 他ならぬ目の前の邪神のせいで。


「……仲間を頼れ、か」


 不意にギルド長、ジェイクさんの言葉が脳裏によぎる。

 俺は竜宮君を助けに行くとき、一人で何もかもをなんとかしようと思っていた。だけど、結局は俺一人では無理だった。

 ポーションを作ってくれた美奈がいて、剣を作ってくれた錨君がいて、最後の活路を開いてくれた遠藤さんがいたからこそ、俺は竜宮君達と共に生きてダンジョンを脱出することができたんだ。


「おい女神。この子は、友達が欲しいって言ってたよな。じゃあ、ちゃんとした友達ができれば彼女はもうダンジョンに潜ることはないのか?」

「ええ、そうよ」


 にっこりと嬉しそうにほほ笑むアイラス。

 どうせまた俺はこいつの掌の上で動いてしまっているのだろうが、こいつから逃げられないことは知っているし、逃げるつもりもない。


「……命の危険がないなら、頑張ってみるか」

「がんばってねー」


 立ち上がった俺は、アイラスに背を向けて歩き出す。

 後ろからはアイラスが弾むような声で、応援してくるがちっとも嬉しくはなかった。


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