第二十四話
第二十四話です。
アイラ・アルテミアと名乗った少女の言葉を、俺は一瞬理解することができなかった。
なにがどうして、目の前の女神似の少女といきなりダンジョンへ行かなければならないのか。
というより、どうしてこの子はこんなにもあの女神と瓜二つなのか。
結局接触しちゃったんだけど、どうしよう。
と、いくつもの思考がグルグルと俺の頭の中を回っていた。
「あ、あの……」
「……えーと、まずはどういうことか説明してくれないか?」
未だ考えもまとまらないが、とりあえず何を思ってそんなことを言ってきたのか聞き出さなければ。
アイラは若干挙動不審になりながらも、俺としっかりと目を合わせ口を開——こうとしたその瞬間、彼女の瞳の色が綺麗な青色から金色へと変わる。
様子の変わりそのまま俯いてしまった彼女は、ゆっくりとした動きで俺の服の襟を掴んできた。
ん? なんで今から頭突きをしますと言わんばかりにのけ反っ——、
「ぬぐぉ!?」
一体何を思ったのか、襟を思い切り引き寄せられ、割と勢いの乗ったヘッドバットを額に食らわされた。あまりの衝撃に後ろへ倒れそうになるが、そのまま掴まれた襟を引き寄せられ表情の一変したアイラに睨まれる。
「貴方はどうしてそう私の思い通りに動かないの!? 接触しちゃ駄目って言ったわよね!」
「ま、まさかお前、女神……なのか?」
先ほどまでの不安な様子を一切感じさせない自信に満ち溢れた表情。
しかも、先程のヤンキーを思い起こさせる理不尽な暴力。
アイラの体を乗っ取った? 女神アイラスは周囲を警戒してからフードを被ると、頭痛に悩むかのように額に手を当てた。
「ええ。今まで貴方に会うときはこの身体を使わさせてもらっていたの」
「なんでお前、この子の体を……」
「私にも事情があるのよ。それは後で説明するわ。それより……薄々こうなるんじゃないかと思ってたけど、貴方って本当の本当に変な人を引き寄せるのね……!」
やかましいわ。
色々物申したい気持ちはあれど、とりあえずこのはちゃめちゃな状況を把握しなければ。
そう思い、女神に質問しようとすると彼女の瞳の色が金色から赤色へと点滅する。
「っうぐ……。やっぱり意識がある時はそう長いこと乗っ取れないわね。イズミ、予定変更よ。できる限り、この子の言う通りにしなさい。でもダンジョンには絶対にいかないように。下手すればあなたも死ぬから」
「はぁ!? いや、でもそんないきなり……」
「じゃ、あとはよろしくねー」
俺の返答も聞かないまま、アイラの瞳が青色へと戻る。
意識もアイラのものへと戻ったようだったが、立ち眩みを起こしかけていたので、慌てて背中を支える。
「だ、大丈夫か?」
「う、ぅん。………どういう状況!?」
それはこっちの台詞だよ。
ここに美奈がいなくて良かった。
あいつなら絶対「テンプレ! テンプレラブコメだよイズミ君! 君の瞳に恋しちゃうだよ!」と昭和ソング並みのボキャブラリーを発揮していただろうからな。
なんだか無性に泣きたくなりながら、彼女を立たせる。
「とりあえず、君と一緒にダンジョンへは行かない」
「……!」
俺の言葉に瞳を揺らす。その反応は「あぁ、やっぱりこの人もそうなんだ」と言いたげな落胆しているように思えた。
「話を聞かせてくれないか?」
「……え?」
「君がダンジョンへ行こうと誘った理由とか。何かワケ有りなんだろ?」
「……」
無言になってしまった。
さすがに馴れ馴れしすぎたかもしれない。美奈相手ならチョップいれて首根っこ掴んで運んでいけば済むんだけど、駄目だったか。
「あ、嫌なら別に断っても———」
「話します!」
「うぉ!?」
ずぃ、と詰め寄ってきたアイラに思わずのけぞる。
フードの奥から青色の瞳を光らせているので、地味に怖い。、
「全てを話します! 絶対に話してはいけないと言われたことまで白状します!」
「いや、そこまで喋らなくてもいいから」
「そ、そうだった……」
普段、あの女神の性格で話しているから、どうにも距離が取り辛い。
というより、この反応は異性と話しなれていないというより、そもそも人と話すことに慣れていないんじゃないか?
まさか、あの女神のせいで一人でいることを強いられていたとか……?
あの邪神、自分の姿に似ているからって好き勝手に体を乗っ取って、挙句の果てにこの子の人間関係まで無茶苦茶にしたってことじゃないだろうな。
次会ったら女神に聞いてみようと決意していると、アイラがもじもじと外套を揺らしながらこちらへ話しかけてくる。
「え、えーと、それじゃあ、どこで話しましょう———」
「イズミくーん、探したよー! こんな隅っこでなーにしてるのっ!」
しかし、空気とかそんなこと関係なしに、ややテンションの高い優利が俺とアイラの間に入ってきやがった。
突然の乱入者にアイラは硬直する。
あまりの事態に俺の表情も引き攣る。
「あれ、誰? そこの全身真っ黒な人」
「ひぃ、美人!?」
なんで君が美人でビビるんだ……?
いや、そんなことよりもこいつがいたんじゃまともに会話できない。明らかに優利にビビっているように見えるし、何より女神から詳しい事情を聞いていないうちは俺以外のやつとの接触は避けるべきだ。
でも場所を変えるにしても、宿舎とギルド以外知らない。
……仕方ない。
「話すのは別の機会にしてもいいか?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「それじゃあ、城の近くに俺の住んでいる宿舎があるからそこを訪ねられるかな。分からなければ、ギルド長のジェイクさんに聞けば分かると思うから」
フードの奥でこくこくと頷いたアイラを確認した俺は、軽い別れの言葉を言ってからギルドの出口へとやや早足で進んでいく。
少し遅れてついてきた優利は、どこか怪しむような視線をこちらへ向けてきた。
「イズミ君、さっきの誰?」
「知り合い、か? いや、俺にもよく分からない」
「え、なにそれどういうこと?」
「さっきの彼女とは、初対面なようで初対面じゃないってことだよ」
「彼女……ね。イズミ君って時々、訳の分からないこと言うよね」
やかましいわ。
なぜかドッと疲れたような気分になりながらも、俺と優利はギルドからの帰路を歩いていくのだった。




