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第二十一話

第二十一話です。

 悪夢そのものだった二次会を乗り越え、夜を迎えた俺はどこか虚ろな気分のまま宿舎の裏手にある広場へと足を運んだ。

 来た理由は単純、頭の中に女神が呼ぶ声が聞こえてきたからだ。

 本当は無視しても良かったのだが、それはそれで面倒くさいことになりそうだったので、仕方なく向かうことになった。

 広場に到着し原っぱに腰を下ろすと、次の瞬間には肩が触れ合うほどの距離に笑みを堪えた女神が座っていた。


「ぷ、ふふふ……イズミ……貴方、結構似合っていたわよ」

「そこを動くな、今からその頬を穿つ」

「穿つ!?」


 無表情のまま懐からあるだけのボトルを取り出そうとしている俺に、女神は慌てて止めにかかる。


「や、やめなさい! わ、悪かったわ! 流石にそれだけ飲んだら貴方が死んじゃうから!」

「今なら死すらも恐れない。なぜなら地獄を知ったから。知っているか? 信じている人から裏切られた喪失感を……!」

「覚悟の決め方くだらなすぎない!? なんでそんな復讐者みたいになってるの!」


 女神に止められ、仕方なく両手いっぱいにのせたボトルを懐に戻す。


「で、どうして俺を呼んだ?」

「明日ギルドに行くのでしょう? それについて話があるの」


 少しばかり嫌な予感を抱きながら、女神の話を聞いてみる。


「『悪運』って異名持ちの冒険者がいるのだけど——」

「そいつと接触しろってか?」


 『悪運』ちょっと特殊な異名持ちの人だから覚えている。

 というより、以前優利が口にした名前で嫌に記憶に残った。

 “アイラ”

 女神アイラスに似た名前を持つ冒険者。それがこいつの口から出たのなら、無関係じゃないはずがない。


「いいえ、絶対に接触したら駄目よ」

「はぁ? あんたなら進んで関わらせようとすると思ったんだけど、どういう風の吹き回しだ?」

「あ、あー、ちょっと女神的に複雑な事情があるのよー」

「……」


 こいつ隠し事するのが下手くそすぎるだろ。

 目がきょどってるし、声も震えている。

 追求したいのは山々だが、女神であるこいつが止めてくる時点でろくでもないことは分かっているので、大人しく了承しておく。


「分かった。だけど、容姿を教えてくれ」

「頭からつま先まで黒い外套で覆っている怪しい奴よ」

「頼まれても近づかないようにするわ」


 えぇ、そんな危険そうな奴がギルドにいるの?

 嫌でも目に入ってきそうなんですけど。


「とにかく冒険者『悪運』には絶対に近づかないで、もし近づいて話しかけてきても無視しなさい。いい? これは親切心からの忠告よ」

「お、おう」


 いつもはふざけたことばかりを抜かす女神がこうまで真剣に忠告してくるとなると、相当やべぇ奴なんだろうな。

 もしかしたらダンジョン専門の殺し屋とかかもしれん。


「つーか、そいつに会えないようにあんたが俺かそいつに命令すればいいだけじゃないか? 俺としては不本意だけど、それが一番手っ取り早いだろうし」


 本当は嫌だけど、あのリボンかなんかで命令を刻みつければ、わざわざ気を付けなくてもいいはずだ。

 しかし、女神は少しだけ表情を顰め、首を横に振った。


「いえ、それは無理よ」

「はぁ? なんで?」

「そこまで私の力が及ばない存在、といえば分かるかしら?」

「……」


 え、それってすげぇやばい奴じゃね?

 この邪神の力が及ばないとか、ちょっと毒に強い人間の俺じゃ手も足も出ない気がするのだけど。



 『悪運』というかなりいわくつきな人物に気を付けるように女神に言い渡された翌日の昼。俺は優利と共に、王国の城下町を歩いていた。

 本来は美奈も連れていくはずだったのだが、よりにもよってあのマッドサイエンティスト、新ポーションの作成に夢中で一徹し、実験室のど真ん中で気絶するように爆睡していたのだ。

 流石にあの状態の美奈をギルドに連れて行くわけにもいかないので、彼女を部屋に寝かせた後、いくつかのポーションを持って案内役の優利と二人でギルドに向かうことになったのだ。

 改めて見る城下町は日本の街並みとは大きく違い、外国っぽいレトロな建物と露店が立ち並び、市場のような賑わいを見せていた。


「ギルドは王国の端。地下にあるダンジョンに通じている入り口の上に建てられているんだ」

「そうなのか……」


 昨日の女装事件のことはあえて話題に出さず、優利の言葉に耳を傾ける。

 因みに、今の優利は女装したままで、この世界に合わせた丈の長いスカートを基本にした服装を纏っている。

 もう抵抗とかなくなってんのかね?

 こいつの場合「こっちの方が騙されやすいんだよねー」とかえぐい発言が飛んできそうではあるけど。


「ギルドってのはどんなところなんだ? 受付と酒場的なものがあるイメージなんだけど」

「んー、概ね合っているかな? 違うのはダンジョンから持ち帰ったものを鑑定する場所とか、色々な枠がある感じかな。あ、人は結構いるよ。ダンジョンで生計を立てている人もいるみたいだしね」

「結構儲かるのか?」

「人によるらしいよ」


 ダンジョンに育成する植物とか怪物の素材をはぎ取って、ギルドに提出すればいくらかのお金が稼げそうだな。

 ……まあ、あんなことがあった後でダンジョンに行きたいなんて思わないけど。


「ダンジョンには深層によって危険度が変わっててね。今は三階層まで解放されているらしいけれど、ギルドに認められた人がいないと二階層から下にはいけないらしいんだ」

「へぇ、んじゃあ一階層は危険が少ないってことなのか」

「他と比べれば、だけどね。地下に広がる空間の中には、危険な毒草や怪物が生息しているから生半可な覚悟でいくべきじゃないんだって」

「……因みに竜宮君達が迷い込んだ階層については知ってる?」


 女神が言うには最下層に生息する巨人が潜んでいた地下空間。

 恐らく、あれは女神が俺達を試すために用意した場所。三階層まで解放されているとは言っていたけど……あんなレベルの化け物がそんな浅い場所にほいほいいるなんて考えたくない。


「それがねぇ、僕もまだ情報を集めきれていないんだけど。竜宮君達が迷い込んだ場所は、全く新しい空間らしいんだよ」

「新しい空間? どういうことだ?」

「それが僕にもさっぱり。あのギルド長、そう簡単に口を割らないからさ」


 どこか投げやりにそういった優利に、少しだけ引きながら俺は考えに耽る。

 新しい空間か。

 それじゃあ、二階層でも三階層でもない未知の場所ということか。

 もしかしたら俺が呼ばれたのも、それに関係することなのかもしれないな。


「あそこがギルドだよ」


 優利の声に顔を上げると、一際大きな建物を見つける。

 予想よりもしっかりとした外観と雰囲気に少しだけ気圧されながら、入り口の前にたどり着く。


「とりあえず入ってみるか」

「別に緊張することないよ。そんな堅苦しい場所じゃないし」


 お前は神経がず太すぎると思うんですけど。

 なんで女装したままなのに俺よりも堂々としてるの? 普通に尊敬するわ。

 優利と共に木製の扉を開け、中へ足を踏み入れると建物の中は多くの人で賑わっていた。


「おお……」


 受付らしき場所に並ぶ冒険者たちに、素材を鑑定しお金に換算しているギルドの職員らしき人たち。

 俺が想像する“ギルド”って感じの光景が目の前に広がっていた。


「美奈も来ればよかったのになぁ」


 あいつならなんて言うだろう……。

 『異世界テンプレ! 異世界テンプレだよイズミ君!』って喧しく騒ぎ立てるのかな?

 容易に想像できて、逆に笑えてくるなぁ。


「一階が受付と換金所で二階が酒場だよ。それで受付の奥にあるゴツイ扉がダンジョンへ通じる入り口」

「なるほどなぁ。一階と二階で違うのか」


 どうやって酒とか食材とかを二階に運んでいるのか気になるけど、その疑問を解消するのは後にしよう。

 まずは俺に用があるっていうギルドの人に会わなくちゃ……って、んん?


「やけに視線が集まっているな」


 ギルド内にいる人々の視線が俺達へ向けられている。

 受付嬢さん達はひそひそと何かを囁き、冒険者さんたちはなにやらどよめいている。

 俺におかしい部分はない。

 あるとしたら、隣の男の娘にある。


「イズミ君、案内するよ」

「よし、分かった。優利、帰っていいぞ」

「なにも分かってないよ!?」

「なら答えろ。お前、自分が男だってバラしたか?」


 そう質問すると、優利はきょとんとした顔で首を傾げた後、思わず見惚れそうなあどけない笑顔を浮かべる。


「えぇ? そんなわけないよ。それじゃあ情報引き出せないじゃん」

「おっと、ナチュラルにゲス発言が飛び出してきたぞー」


 なんでこいつこんな邪悪極まりない行いを平然とできるの!?

 ここにいる大多数が、小悪魔を装った悪魔に騙されていると思うと不憫にならない。

 しかも、こいつ受付嬢さんの視線の鋭さからして、また嫉妬を受けまくっているよ! あれ!? よく考えたら元の世界からやっていること変わってねぇんだけど!


「周りの視線が気になるの? 別に気にしなくてもいいのに。イズミ君、昨日の女装体験と比べたがががが!? イズミ君、顔を掴むのはやめてぇぇ……」

「それ以上口にすれば、ここでお前を物理的に落とす」

「分かったぁ! 黙るからぁ!」


 昨日の悪夢のことを口にしようとした有利に、アイアンクローを食らわせる。

 あの記憶が心の奥底に固く封印することにしたのだ。だから、それを思い起こさせるような行いは断じて許さない。

 絶対に、絶対に……!

 アイアンクローから解放された優利は、両手を頬に添えると涙目でこちらを見上げた。


「うぅ、酷いよぉ」

「演技なのは分かってんだ。早く案内しろ」


 そう言い放つと、優利は舌打ちしながら視線を斜めに下げた。


「……ちぇ、普通なら騙されるのに」


 本当に油断も隙もねぇ。

 こいつ、異世界に来てからなんか生き生きとしてるな。

 だが俺はそう簡単には騙されん。


「クラスメートだぞ。お前の演技くらい見抜けないはずないだろ」

「……やっぱりイズミ君って変な人だよね」

「うるさい、俺はまともだ」


 どうしてここで変人扱いされないかんのだ。

 納得いかない気持ちになりながらも、優利と共にギルドの中を進んでいく。

 相変わらず視線は集まったままだけど———、


『あ、あの、ギルドの『天使』をあんなぞんざいな扱いに!?』

『嘘だろ……ガードの高いあの子が……!』

『見たか? ユーリちゃん、笑ってたぞ……』


 やってしまった感が半端ない。

 やはり、ギルドで名の知れているであろう優利を公衆の面前でアイアンクローを食らわすのはまずかった。

 傍から見れば、いたいけな美少女の顔面を鷲掴みにする変態だもんな……。

 なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。


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