第十九話
長く、お待たせしてしまい申し訳ありません。
第二章、第十九話です。
……第三十話まで書きましたが、女神の登場人物紹介を大きく変えなければいけない気がしてきました。
あの地下迷宮からの脱出から一週間が過ぎた。
その間、俺は医務室で安静にしていたわけだが……まあ、たくさんの人がやってきた。
クラスメートは勿論のこと、助けた騎士さんに冒険者のアスクルさん。
そして、一日二回くらいの割合でやってくる女神が地味に鬱陶しかった。
中でも驚いたのは、このグランゼリア王国の王、ジェイク・クルーグ・グランゼリア様が訪れてきたことだ。
名前だけは以前から聞いていたけれど、実際に会ってみれば物腰の柔らかい壮年の男性で素で驚いてしまった。王様という立場もあってか、話した時間は五分にも満たないくらいだったけれど、悪いことを考えるような人ではないというのが俺が抱いた印象だった。
「さて、どうしよう」
そんなこんなで、今日をもって退院? してクラスメートが集まっている食堂の入り口に立っているわけだが……。
「この後、俺はなにをされるんだ……」
以前、病室に優利とカズヤがお見舞いに来てくれた時、嫌な予感を抱いた俺は狸寝入りを決め込んだ。
ベッドに横になり、寝息を立てている俺にカズヤは「また日を改めて訪れよう」と優利に提案した時、事件は起こった。
笑顔のまま首を傾げた優利は、狸寝入りを決め込む俺の耳元に顔を寄せ——、
『ねぇ、イズミ君。僕は嬉しいんだ。君が僕と同じところにきてくれるのがさぁ』
『ヒェ……』
そんな恐ろしい呪いの言葉を口にしたのだ。
人を欺くことに長けている優利を相手に、最初から寝たふりなんて意味をなしていなかった。
あの後、女神に縋りつくくらい恐怖した。当の女神はドン引きしてたけど、俺は本気で優利が怖かった。
く……! どうやら俺の親友は美奈よりも先に悪堕ちしてしまったようだ。
「……入るか」
意を決して扉に手をかけ———るその前に、誰かが食堂の扉をあけ放った。
扉から出てきたのは、びっくりするほどのイケメン、竜宮君であった。
彼は俺に気づくと太陽のような笑顔を浮かべた。
「イズミ、帰ってきたか。さ、早く中に入ってくれ」
「え? え?」
「皆、お前が帰ってくるのを待ってたんだ」
竜宮君に促され食堂の中に足を踏み入れる。
食堂内にはクラスメート全員が集まっており、各々が食事の準備をしていた。
『お、イズミ、帰ってきたのか!』
『おかえりー、イズミ君』
『全く、心配したぞ』
『ささっ、今日の主役はこっちに座る!』
温かく迎えてくれるクラスメートに泣きそうになりながら、裁縫スキル持ちコンビの大槻さんと青葉さんに促された席に座る。
隣には既に女子が一人座っていたが、特に気にせずに座った俺は懐かしく感じる食堂の空間を見回す。
「よく、無事に帰ってきてくれた」
「錨君のおかげだよ。君の剣おかげで、俺はちゃんと戦えた」
隣から錨君の声が聞こえ、照れながらも返事をする。
帰ったら、いの一番にお礼を言いたかった彼の声のする方を見れば、そこには錨君の姿はなく、前髪で目元を隠したショートボブの女子しかいなかった。
「あれ? 君、さっきまで錨君はいなかった?」
「……」
隣の女子に尋ねるも無言。
そう言えば……この子は誰だ? うちの学校のセーラー服を着ているけど、こんな子はクラスで見たことがない。
いやちょっと待て。
学校のセーラー制服を着ていて最初は気付けなかったが、今の状況でセーラー服を着ているのは圧倒的に不自然だ。なにせ今の俺達は制服ではなくこの世界に合わせた服を着ているからだ。
得体の知れない悪寒を抱いていると、先ほどからずっと無言だった女子がようやく口を開いた。
「俺だ。イズミ」
「……え? もしかして、いかり……くん……?」
目の前の女子、否、錨君は何もない空間をジッと見つめている。
「ああ、そうだ俺が……いや、私が藤堂錨子だ」
「錨くぅん!?」
目を潤ませながらそんなことを言う彼の肩を掴む。
男子の平均身長ほどある彼が、セーラー服を身にまとっている。しかもウィッグまでつけているから、傍目から見れば、少しがっちりしているボーイッシュな女子にしか見えない。
「一体、何をされたんだ! こんなの普通じゃない!」
「イズミ、これは俺なりのケジメって奴だ……だから、これで……いいんだ……」
徐々に涙声になっていく彼から目を背ける。
なんて酷い! 傍目から見たら少し身長が高いだけの女子に見えるように気つけられているのが、特に酷い!
「今日はお前の帰りを祝う場所だ。誰かが場を盛り上げる役を担わなければない。それが俺だ」
「でも、それじゃ……!」
「そんな悲しい顔をするな、笑ってくれ。それだけで皆も……俺も安心するから……」
自身を指さした彼に、俺まで泣きそうになる。
笑えない、笑えねぇよ……。
「いや……あのさ、割り込むようで悪いんだけどさ。もうそろそろ食事を始めたいんだけど、いいかな?」
「「あ……はい」」
気まずそうな表情の遠藤さんに従い、俺と錨君は席に座りなおす。
気づけば、錨君とは反対側の席には美奈が座っており、目の前には明石さんと竜宮君の二人が座っていた。
一通りの食事の準備が整ったのか、クラスのまとめ役である明石さんが "ダンジョンへ向かった全員が無事に帰還できたことを祝う" という名目で食事会? のようなものを行う旨を口にした。
既にそういうことは竜宮君達が帰ってきた時に済ませていたと思っていたので素で驚いた。目の前に座っている竜宮君曰く、『クラス全員が揃ってなくちゃ意味ないだろ』とのこと。
「いやー、イズミ君が戻ってきてくれてよかったよー」
「戻ってきたって、お前ほぼ毎日城に押しかけてきてたじゃねぇか。しかもお見舞いに中毒度マシマシのポーション持ってくるとか……」
隣でうきうきとした様子で目の前の食事をがっついている美奈にため息が漏れる。
こいつが毒々しい色のポーションを俺に見せた時、偶然そこに居合わせたメイドのアウルさんは顔を真っ青にさせて全力で止めに入って、結果ちょっとした騒ぎになったのは今でも覚えている。
「でもでも! あのダンジョンで色んなポーションの材料が手に入ったんだよ! 特に怪物の血とかめちゃめちゃ凄いんだよ! もうスッポン超えてツチノコレベルンゥ!?」
「食事中なのにそんなでけぇ声でグロいこと話すんじゃない」
テンションが上がり、血なまぐさい話題に入ろうとしている美奈にチョップを食らわせて、強制的に止める。
うー、と頭を押さえて唸る美奈に呆れていると、目の前の席に座っている竜宮君が微笑ましげに笑みを漏らした。
「ははは、相変わらず仲がいいな」
「そうかな? 俺としてはいつものやり取りみたいなもんなんだけど」
こちらとしては、もう慣れてしまっているからよく分からない。
だけど、仲がいいことは否定はしない。
「……」
「竜宮君?」
「あ、いや! なんか改めて考えると、皆でこうやって飯食ってられるのって……大事な時間だって思ってさ……」
どこかボーっとしていた竜宮君はハッとした表情でそんなことを口にする。
「俺、正直もう駄目かと思ってたんだ。あの暗い地下で、いつやられるか分からない場所でずっと戦って、心が折れかけていた時、お前達が来てくれた」
「……竜宮君」
「だから、イズミにはすげぇ感謝してるんだ。今ここにいれて、笑っていられるのもお前と黛さんのおかげだ」
竜宮君の言葉に、こみ上げるものがあった俺は咄嗟に手元にあった飲み物を飲み干す。
俺は、結局女神の掌の上で踊らされていただけの存在だ。
女神に聞くまでは竜宮君たちの状況を知らなかったし、自分から迷宮に入ろうとする勇気なんかなかった。
だけど、だけど……助けられて本当に良かった。
心からそう思えた。
「おう、毒野郎。死にぞこなった気分はどうだ?」
しかし、背後からの刺々しい声に俺の意識は引き戻された。
後ろのテーブルを見れば、そこには一組の男女が俺達と同じように食事を前に座っていた。
剣崎しおりさんと、剣崎淳也君。
苗字から分かる通りに、双子の姉弟である。
俺に刺々しい言葉を言い放った双子の姉である剣崎さんは、俺の顔を見るとフン、と嘲るような笑みを浮かべる。
「一人で突っ走った挙句、一番重症とか笑い話にもなりゃしないな。おい、そこんところどう思うんだ?」
「確かに笑い話にもならないなぁ……はは……」
彼女の悪態を笑って受け流す。
普通ならこんなことを言われてムカッとしない訳がないのだけど、彼女に関しては別だ。
「ふん、言い返す度胸もないのか。やっぱりお前は後先考えないバカ野郎だな」
続けて叩きつけられる悪態に俺どころか、竜宮君でさえ反応しない。
それどころか微笑ましいものを見るかのように、視線が温かい。
悪態を受け止めた俺は、彼女の双子の弟である淳也君に話しかける。
「で、淳也君。解説よろしく」
「『勝手に一人で助けに行くなんて全然笑えないよ! 私がどれだけ心配したか分かってるの!? このバカぁ!』……って言ってたよ」
「にゃああ!?」
対面からの発言に、剣崎さんがすっとんきょうな叫び声を上げた。
そう、彼女の暴言に誰も反応しない理由は、単純に彼女が悪ぶりたがりの女子高生だからであった。
第三十話ほどまでの更新を予定しております。
続けて、第二十話も二十時に更新いたします。