第十八話
第一章、エピローグ……のようなものです。
目を覚ませば、そこは見覚えのある場所であった。
俺が、この世界で最初に目を覚ました医務室のベッドの上。
起き上がりながら自分を体を見れば、いたるところに包帯が巻いてあり、左腕には添え木が取り付けられている。
怪我もほとんど治ってはいるけど、寝起き特有の気怠い感じはある。
にしても——、
「俺は、どうしてここに……?」
「貴方はここに運び込まれたのよ。イズミ」
「……っ!」
先ほどまで誰もいなかったベッドの傍らに、どこか嬉しそうにベッドに頬杖をついている女神、アイラスがいた。
彼女は友人に接するように俺へ笑いかける。
「やっほ」
「……はぁ」
「あら、随分と嫌われたものね」
寝起きに一番会いたくない奴がいたらため息も吐きたくなる。
俺の反応にさほど気分を害していない女神は、なにかを思い出して花のような笑顔を浮かべる。
「いやはや、まさかポーションであそこまで人が化け物になるなんて、驚天動地とはまさにこのことね。正直、あそこで死んじゃうかと思ったけれど、貴方は本当に生きて戻ってきた」
「死ぬと思われてたのかよ……」
「だって、貴方が戦ったあの巨人。本当なら最下層に生息する怪物なんですもの。それを、ふふふ、あそこまで簡単に倒しちゃうなんて……」
そんな怪物引っ張り出してこんなや! と文句を言ってやりたいところだが、心に秘めておこう。
文句を言ってどうにかなる相手じゃないのは、分かりきっている。
「あの後、どうなった?」
「気絶した貴方と怪我人を運んで、貴方達が入った入り口から地下を出て、迷宮から脱出したわ。幸い、怪物とは遭遇しなかったみたいね」
「……遭遇しなかった? 遭遇させなかったの間違いだろうが」
「ふふふ」
なんだか、こいつ前より馴れ馴れしくなっているな。
これまでの騒ぎは全てこいつの掌の上だったから、調子に乗っているのだろうか? それはいただけない。俺は思い通りに動いてはしまったが、心が屈した訳じゃない。
「勘違いするなよ。お前より可愛い男の娘がいる事実を忘れるな。もう一度言う、お前よりも可愛い」
「な、なんで二回もいうの!? 私は女神だけど、それはそれで問題なのは分かるわ!」
「ハンッ」
「鼻で笑われたわ!?」
女神を鼻で笑った男は、過去現在未来において俺しかいないだろう。
……いや、全然誇れることじゃないけど。というより、比較している対象が自分じゃなくて優利だし。
「はぁー、楽しいわねぇ」
そんな俺に腹を立てることなく、女神は手の甲に顎にのせた。
その表情はどこか感慨深いものを感じさせられる。
「対毒スキルって知ったときは、正直がっかりしたけれど……まさかここまで、変な使い方をするとは思わなかったなぁ」
「……悪かったな、変な使い方で」
「ポーションでひたすらに自分を強化し続けるなんて、普通の発想じゃない。しかも貴方、見た目が完全に怪物だったもの」
「……え、俺、どうなってた?」
「肌が真っ黒になって、動きが人間じゃなくなってたわ。人間というより、悪魔ね」
嘘だろ。
人間離れした動きをしていた自覚はあったけど、そこまでか。
迷宮に鏡がなくてよかった。
「……で、お前のお眼鏡にかなってしまった俺は、ご期待に添えるように、これからも迷宮に潜っていけばいいのか?」
「あ、もう迷宮はどうでもいいの」
「……は?」
どういうことだ?
あそこまで人間が迷宮を利用していることに怒りを表していた女神が、どうでもいい、だと?
困惑する俺を他所に女神は、あっけらかんに手を横に振る。
「あんな命の危険のある場所にわざわざ行かせる理由がなくなっちゃったからね。さっき取り消しの神託も出しちゃったし、これからはもっと面白い神託で——」
「ちょ、ちょっと待てよ! それなら俺達が帰る方法は……!」
「本当に帰りたいの?」
その言葉に、動揺してしまう。
いや、動揺してしまった。
「っ、何言っているんだ。帰りたいに決まっているだろ……!」
「平凡な大人になるだけの未来。いいの? これは貴方に与えられたチャンスなのよ? この世界では、貴方の異質さも、能力も皆受け入れてくれる。それに、あの子———マユズミ・ミナにとっては、こっちの世界の方が居心地がいいんじゃない?」
「……っ!」
美奈にとって、常識に縛られた元の世界と、不思議に満ちたこの世界。
どちらが居心地がいいか、それを考えなくてもすぐに分かるはずだ。
「ま、よく考えてみるべきね。その間、私からの新たな神託を待っていなさい」
「……って、待て待て。新しい神託ってなんだ。シリアスな話題で煙に巻こうとしているけど、またお前、俺達に変な無茶ぶりをかまそうとしているんじゃないだろうな」
「……」
「……」
痛いほどの沈黙。
露骨に目線をきょどらせる女神。
分かりやすすぎかこいつ。
「……フッ、流石は私の見込んだ人間ね。抜け目がない」
「お前は抜け目だらけだけどな」
「ふんっ!」
「ぐはぁ!?」
痛ぇ!? 女神にグーパンで殴られた!?
まさかの拳に、頬を押さえてのけぞる。涙目になりながら起き上がると、そこには既に女神の姿はなかった。
一発殴ってとんずらとか、ヤンキーかなんかかあいつ。
「……はぁ……」
起きてから何度目か分からないため息をついたその時、間髪入れずに医務室の扉が勢いよく開け放たれる。
出てきたのは、小柄な少女。
親友、黛美奈であった。
「いっずみくーん! 目が覚めたかなー! って、おお! 起きてる!」
「相変わらず騒がしい奴だなぁ」
ドタバタと、急ぎ足でこちらへ駆け寄ってくる美奈に苦笑する。
こいつのおかげで、陰鬱な気分も吹っ飛んでくれる。
「イズミ君が倒れた後、大変だったんだから! もう三日間もずっと目を覚まさないままだったんだから!」
「そっか……心配かけたな」
三日間、か。
道理で腹が減っていると思った。
流石に、ポーション四つ同時使用は体にかなりの負担をかけるみたいだな。これから使うことはないだろうけど、気をつけなきゃ。
「皆、もう怒ったり、心配したりで大変だよー! 特に佐藤君なんてめっちゃ怒ってたよ!」
「マジかぁ……優利は怒るとすごくこわいからなぁ」
「怒りに燃えた大槻さん達と一緒にイズミ君の服を作ってた!」
「なぜ止めなかった。親友」
どどど、どうしよう、宿舎に戻ったら女装させられる可能性が。
いや、何も言わずに竜宮君達を助けにいったから、怒っているのは分かっているけども。
ま、まずい、このままではあの女神に付け入る隙を与えてしまう絶好の機会に……!
「それでそれで! 藤堂君が『黙っていた俺も罰を受けるべきだ。あいつだけに恥はかかせられねぇ』って言って、急遽藤堂君の服も作られてる!」
「錨君……、君って奴は……!」
ほ、惚れてまうやろ……!
俺、錨くんとなら女装なんてへっちゃらに思えてきた。
これが友情パワーってやつなのか……。
「でも、イズミ君がちゃんと目覚めてくれてよかったよ。もしかしたら……死んじゃうかと思ったもん」
珍しく弱々しくそう呟いた美奈に、少しだけ呆気にとられる。
こいつがこういう姿を見せるときは、あまりない。
「はは、俺がそう簡単に死ぬわけないだろ」
美奈の肩に手を置き、そう語りかける。
「俺が死んだら、お前は悪堕ちしちまうからな」
「……うん」
「いや、頷くなよ。え、お前、本当に悪堕ちするの?」
「するよ。ちょーするよ。イズミ君がいなくなったらこの世界ぶっ壊しちゃうもんね」
面白い冗談だ。……冗談だよな?
マジで言っているのかよく分からないジョークを飛ばす美奈に、少し遅れて笑みを零す。
これが元居た世界から変わらない俺達のやり取り。
これから、俺には多くの苦難というなの、女神のわがままが待ち受けているだろう。
そうなる羽目になってしまったし、俺以外の奴らに目を付けられるよりはずっといいと思っている。
だけど、だけどもだ。
今回、俺は誰一人として欠けることなく友人たちを助けることができた。
それはつまり、終始掌で転がされていた俺が女神から唯一勝ち取ったものといってもいいんじゃないか?
第一章分の更新はこれにて終了です。
次章の更新は未定ですが、書き貯めができ次第更新していきたいかなと考えております。
人物紹介は後に更新いたします。