第十七話
口に含んだ二つのポーション、マッスルグレートΣ3とフィジカルブーストX3を飲み込み、空になったボトルを地面へ投げ捨てた俺は、溢れ出る力に身を任せ、ひたすらに眼前の敵に攻撃を叩き込み続けた。
「ギャッ、ギャッ!」
「よいしょー!」
大口を開けて、噛みついてきたトカゲの首を掴みそのままの勢いでへし折りながら、地面へ叩きつける。
次に背後から襲い掛かってきた数体を振り向きざまに振り回した剣で両断させ、残りの個体に拳を叩き込む——が、倒し損ねたトカゲの一体が俺の右肩にその鋭利な歯を突き立てる。
「ぐ……、やる! だけど、こんなもん今更ァ!」
無理やりトカゲを引きはがし、地面へ投げつけスタンピングで踏みつぶす。
すぐさま回復ポーション、ハイポーションXを口に含もうとしたその瞬間、そうはさせまいと言わんばかりに巨人がその手に持つ岩塊をこちらへ振るってくる。
ギリギリ避けることには成功したが、その代わり手に持っていたボトルが砕かれてしまった。
「ッ! 飲ませる暇を与えねぇってことか!」
こいつは俺の力がどこからきているのか、この短い戦いの間に学習しつつある。
肩から流れる血に構わず、襲い掛かるトカゲ共にただただ一心不乱に剣と拳を振るい続ける。
「うおおおおぉぉぉ!」
無限にも思える大量のトカゲ共。
しかし、いつしかその大群に変化が起きていることに気づく。
「……なんだ?」
トカゲの動きが鈍っている。
俺が攻撃したからじゃない。これは、怯えている?
「俺の、血……か?」
切っ先から地面に垂れた血を見て、トカゲどもは慄くように後ずさりする。
その理由がすぐに思い当たった俺は、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「ハッ、中毒度300オーバーの血だ。そりゃやばいに決まってるか」
俺も、どんどん化け物じみてきているな。
だけど、これはこれで好都合、血を払うように前方へ剣を振り回し、トカゲどもの群れに突っ込む。
「おおおお!」
「ギィ!?」
「ギュォォ!」
まず目に入ったトカゲを縦に両断。
次に目に入ったトカゲをぶん殴って、諸共吹っ飛ばす。
それを何回も何回も繰り返し、巨人の振り下ろした岩塊を避けると同時にその足に剣を叩きつけるが、刃が通らない。
「チィ!」
生半可な刃物じゃ、こいつの薄皮を斬るだけで中には届かない!
俺の剣のやばさを目の当たりにしたトカゲたちは、逃げるように暗闇に逃げていくが、巨人だけは健在なままだ。
残ったのは、目の前の巨人一体のみだが———、毒性の強い俺の血は、図体のデカい巨人には効果が薄い。
とりあえずの脅威を排除することができて、安堵するのも束の間、一瞬だけ気を緩めた瞬間に巨人が攻撃を仕掛けてきた。
「っ、ぶな!」
巨人の振るう斧という名の岩塊をかがんで避ける。
この状態の俺でも直撃すれば、真っ二つにされる威力——、掠るだけでも重症は免れない。
「ッ、早く決着をつけねぇと……!」
ポーションの効果時間は、思ったよりも短い。
既に、ほとんどの戦闘用ポーションを飲み切り、回復ポーションまでもを失ってしまった俺が動けなくなるのは時間の問題だ。
一か八か、突っ込んでみるか。あの巨体だ。細かい動きは苦手なはずだ。まずは全力で足を潰してから、頭を砕く。
振るわれる岩塊を避け、次の攻撃に出ようとしたその瞬間、何かに滑り態勢を崩す。
「な、あぁ!? 」
思わず膝をついて咄嗟に足元を見れば、今まで斃してきたトカゲの怪物の流した血により、地面が真っ赤に染まっている。
血が滑って……!? こいつ、まさか狙ってこの状況を? 自分に従う怪物を、わざと倒させて……!
「ガァァ!」
「しまっ———」
気づいたときには、遅く———大型の自動二輪車並みの大きさの拳が俺の胴体に叩きつけられた。
咄嗟に防御に回した左腕から嫌な音が響く。
ベルトが千切れ、砕けたボトルからポーションが飛び散る。
一瞬だけ映った視界の端に、悲痛な表情を浮かべ、何かを叫んでいる竜宮君たちの姿と、惚けている美奈の姿が見える。
ここで、意識を失うわけにはいかない。
「あ、がぁ……!」
俺が死んだら、確実に竜宮君たちはこの巨人に殺される。
いや、仮に助かっても彼らに興味を失った女神がなにをするか分かったものじゃない。
もし、奴が竜宮君達を次のターゲットにしたら?
絶対碌な目に合わない。だからこそ、今、俺は死ぬわけにはいかない。
俺が、やらなきゃ……他の誰にもやらせるわけには、いかない……!
「……!」
放しかけた剣を握りしめ、空中で反転して着地しようとしたその瞬間、背後から何かの風切り音と共に誰かの声が響く。
次の瞬間、俺の左肩に痛みが走ると同時に、眼前の巨人の片目に一本の矢が突き刺さった。
「グ!? ガァァァ!?」
「ぐっ……これは、遠藤さん!?」
なんだ? 俺の肩に掠らせて……巨人に当てた……?
遠藤さんが誤射ったのか? いや、弓術スキルを持つ彼女がそんなことするわけ——、いや、違う、これは……この時間が引き延ばされる感覚は……!
「……!」
感覚が引き延ばされる。
この感覚には覚えがある。『マックステンションX』か!
引き延ばされた感覚の中、腰からはじけ飛んだベルトが視界に映り込む。
「ッ、あれ、は」
マックステンションXにより、それを捉えた俺は———ベルトのホルダーに収まっている“あるポーション”を見つけた。
左腕は折れ、右腕には剣を持っているから、宙を舞うベルトを掴むことはできない。
ッ、手が使えないならぁ!
「ッ、あぐ!」
それを認識すると同時に、思い切りのけ反り、いきおいのままベルトのホルダーに噛みつく。そして噛みついた勢いのままベルトに収まっているボトルごと噛み砕く。
革製のホルダーから、ポーションが滲み出し、口腔内に注がれる。
「ぐふ、ごほ!」
飲め! 飲みこめ!
飲み込めなきゃ死ぬぞ!
そう頭に言い聞かせ、無理やりポーションを飲み込む。
炎のような熱さが体を包み込む。
痛みも、疲れさえも、気にならないほどの激情が心を占める。
この、このポーションの名は———!
「——、ぉ、オーバードライブ、ダブルエェックス!!」
代謝を促進させるポーション『オーバードライブダブルX』
体から煙を噴き上げ、湧き上がる衝動に任せ、追い打ちを仕掛けてきた巨人が手にしている岩塊に、力の限り剣を叩きつける。
「グッ!? ォオオオ!!」
「砕けろォォォ!」
耳をつんざくような金属音と共に、剣は岩塊と共に砕け散る。
自身の得物が破壊された巨人は、俺を叩き潰すような拳を放ってくる。
「ァ、がああああああああ!」
自分でも訳分からん叫び声を上げながら、拳を構える。
この燃え滾るような体の熱に任せ、俺の心はどんどん前のめりにヒートアップしていく。
「ウォォ!」
「今の俺はなぁッ、さっきのッ、三倍強いッ!」
根拠はない! だが、それくらいに負ける気がしない!
テンションに任せながら、雑に勢いづけた拳で巨人の拳を迎え撃つ。
「ゥオラァ!」
「オオオ!」
形容できない炸裂音が地下に響き渡る。
絶望的な対格差をものともせずに、拳で迎え撃った俺は、獣のような雄たけびをあげながら、骨を砕く嫌な感触と共に巨人の拳をはじき返す。
「ギィ!?」
「これで、終わらせるッ!」
同時に、俺はその腕を駆けあがり、肩を思い切り踏み込む。
狙うはその頭部への渾身の回し蹴り。
しかし、巨人も無事な方の腕で頭部を守る。
「ッ、なろォ! 腕ごとぶっ飛ばしてやる!」
「ギゲァァァ!!」
巨人の掌に蹴りが激突する。
これが最後のチャンス、止められたら確実な死が待っている!
だが……! だがそれでも!
「俺が、俺達が負けるはずが、ねぇんだよ!」
全身の筋肉を総動員し、防御に回した掌ごと蹴りを顔面に叩きつける。
指の隙間から垣間見える巨人の瞳が驚愕に彩られると同時に、もう一度巨人の肩を蹴り、体中からさらに熱気を発し雄たけびを上げながら、駄目押しの蹴りを叩きつける。
「とォどめだアアァァァ!」
「ッゴゥ!?」
マッスルグレートΣ3
フィジカルブーストX3
マックステンションX
オーバードライブダブルX
4つのポーションを組み合わせた今の俺にできる最高の一撃。
それは、巨人の頭部を掌ごと叩き潰し、その巨体を吹っ飛ばした。
「——、あぐっ」
蹴りを振り切り、受け身も取れずに地面にたたきつけられた俺は、地響きと共に倒れた巨人を見やる。
「は、はは……」
巨人の頭は大きく陥没し、その首は歪に折れ曲がっている。完全に息の根を止めることができたことに、安堵する一方で、どうしようもない気怠感に苛まれる。
手の甲を見れば、中毒度も155と大分見慣れた数値にまで下がっていた。
「……う、く、丁度ポーションの効果が切れたか……」
体から力が抜け、今まで体感したことがないほどの疲れに瞼が重くなる。
さ、流石に、強力ポーション4つ同時使用はまずかったかもしれん……。
一気に襲い掛かってくる凄まじい疲れに意識が遠のく。
「「イズミ!」」
「「イズミ君!」」
閉じかけた意識の最中、後ろから誰かが俺の体を支えた。
誰が支えてくれたかは分からないけれど、心配そうに俺の顔を覗き込む、ぼんやりとした人影に自然と口元を綻ばせる。
「どうだ、守ってみせたぞ……ざまぁ、みろ」
誰も失うことなく、救ってやった。
例え、女神の願い通りの結末になったとしても、俺はやり切った。
きっと、俺はこの先も女神に振り回される運命にある。
だけど、それでいい。俺以外の誰かがその役目を受けるよりはずっといい。
全身真っ黒で、叫びながら体から熱気を放つ怪物。
見ての通り、今作品の主人公です。
次話、第一章エピローグです。