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第十五話

 ついに竜宮君達と合流することができた俺と美奈。

 彼らを襲う大きなトカゲの群れを撃退した後、まず負傷者の治療を行うことになった。

 竜宮君たちは、それほど大きな怪我はしていなかったが、かなり疲労が目立っていた。負傷した騎士達とアスクルさんという冒険者の怪我は、ポーションで癒すには少し時間がかかるものだったが、命に別状はないようだ。


「問題は、この人たちをつれてどうやってここを離れるか、だな」

「君たちは……どうやってここに……」


 ポーションを飲んで大分具合がよくなったのか、この世界の冒険者であるアスクルさんが、話しかけてくる。

 『ハナツヨクナール』で索敵をしていた俺は、振り向きながら彼の言葉に答える。


「ポーションで嗅覚を強化してここまで追ってきました」

「ポ、ポーション? いや、さっきの戦いを見る限り、ポーションで戦闘力を底上げしているようだが……あそこまで強力なポーションなら、中毒で死んでもおかしくないはずだ……」

「対毒スキルで無効化しているので大丈夫です」

「普通の対毒スキルでも耐えられるようなものじゃないんだが!?」


 アスクルさんの話では、普通の対毒スキル持ちでも、ここまで耐えられないらしい。

 やっぱり、俺達のスキルは同じなのは名前だけで、一般のスキルとは一線を画しているのかもしれないな。


「イズミ君……」

「遠藤さんか。君は大丈夫なのか?」

「ええ、私は疲れていただけだし……むしろ、前で戦ってた明石さん達が限界が近いみたい」


 遠藤さんは、一つ目の怪物に弓を取られていたから、他の三人よりも戦闘の機会が少なかったということか。

 それでも、彼女も限界が近いことは変わりない。

 こんな暗くて圧迫感の強い地下に閉じ込められてたから精神もかなり参っているはずだ。


「本当は今すぐ地下から脱出したいんだけど、怪我人を無理に動かすわけにもいかないからな……」


 ポーションがあるとはいえ、それは俺の使っているものと違い常人用のものだ。

 劇的な回復力を発揮するのではなく、ゆっくりと傷を癒していくしかない。

 だけど、気になる点があるとすれば……それは騎士達とアスクルさんの怪我だ。とてつもない力で殴られように鎧が大きくへこみ、骨が折れている。トカゲに噛みつかれたわけでもないだろう。


「遠藤さん。あのトカゲと地上の一つ目の怪物以外に敵はいるのか?」

「いるわ。とびっきりのやばい奴がね……」

「……何がいるんだ?」


 その怪物のことを思い出したのか、顔を青ざめさせ自身の腕を抱いた彼女は、振り絞るような声でその怪物の名を口にした。


「……巨人よ」


 ……考え得る中で最悪の怪物が出てきたな。

 体のデカさっていうのは、絶望的なほどの差になる。

 そんな相手と遭遇して、生きてられるのは奇跡に近い。


「大きさは?」

「十五メートルは優に超えていたわ。荒削りの斧を持っていて、とてつもなく力が強かった。なにより最悪なのが、あのトカゲどもを使役しているのも、あの巨人ってわけ」

「……闘ったのか?」

「最初だけは。でも私達じゃ、全然歯が立たなかった。最初に騎士達がやられて……次にアスクルさんが……」


 文字通りに、死闘だったんだな。

 しかし巨人か。できれば出くわさないでここを脱出したいな。

 遠藤さんとの会話を終わらせた俺は、地面に座り込んで、体力を回復させている竜宮君に声をかけてみる。


「竜宮君。大丈夫か?」

「ああ……この通り、大丈夫だ」


 全然大丈夫そうに見えない。

 見るからにやつれているし、疲れ切っている。

 この様子じゃ、この三日間ろくに寝ていないだろう。


「イズミ、来てくれて本当に助かった。……正直、もう駄目かと思ってた」

「……間に合って良かった」

「でも、イズミ。さっきの力って……」


 竜宮君に、ホルダーから取り出したボトルを見せる。


「ポーションで無理やり体を強化して戦っただけだよ。そうじゃなきゃ、あんな恐ろしい怪物と戦えないからな」

「体は、大丈夫なのか?」

「対毒スキルがあるから全然大丈夫だ。まあ、使った後はかなり疲れるからそう乱用できるものじゃないんだけどね」


 実際、体に不調はない。

 やっぱ椎名さんの焼酎風ポーションが効いたんだろうな。

 流石大天使だぜ。


「お前達が来たことは、クラスの皆は……」

「錨君以外知らない。ここには俺と美奈が勝手に来ただけだよ」


 多分、皆に知られていたら止められただろう。

 今頃、皆大慌てだろうなぁ……帰ったら大変だ。


「俺は、お前になんてことを……」

「アキラ、止めなさい」

「アカリ……!」


 続けてなにかを口にしようとした竜宮君だったが、そんな彼の肩を明石さんが掴んだ。

 焦燥するように振り返った竜宮君に、目を伏せた明石さんがゆっくりと首を横に振る。


「危険を侵してまで助けに来てくれた彼の覚悟を無駄にしちゃ駄目」

「で、でもよぉ!」

「駄目って、言っているでしょう……!」


 語尾を強めた明石さんの言葉に、竜宮君は悲痛な表情を浮かべた。

 ちょっと雲行きが怪しくなってきて、首を傾げる。


「……くっ、畜生……! 俺はなんて……!」

「え? え?」


 なんで二人ともそんな俺を見て深刻そうな顔してるの?

 荒巻君も、今にも切腹しそうなほどの表情になってるし、遠藤さんと美奈以外の人も涙ぐんでる。

 なぜに今最も元気な俺が、心配されるような空気になっているのが本当に訳が分からないんですけど。


「イズミ君、私達が言えたことじゃないけれど……あまり自分の命を削るようなことは……しないでね」

「んん? ……はぁ!?」


 あれぇ!? なんか俺、ポーションで自分の命削っていると勘違いされてんの!?

 いやいやいや、俺本人にそんな自覚ないんですけど!?

 というより、この程度のポーションで死んでたら、あの女神の毒食らわされた時点で死んでるわ!

 しかし、目の前の様子を見る限り、完全に俺が命を削りながら助けにきた人だと勘違いされてるようだ。


「いや別に俺、そんな命を削ったりとかしてないんだけど……」

「大丈夫、大丈夫、ちゃんと……分かってるから……」

「明石さぁん!? そんな痛いものを見るように言われても!」

「こんな不甲斐ない俺達の為に……すまねぇ、すまねぇ」

「俺がもっと剣をうまく振れていれば、こんなことには……!」


 顔を背ける明石さん、泣きながら地面を殴りつける竜宮君、自責の念に駆られ正座をする荒巻君。

 そんな彼らを前にして、弁解を試みる俺。

 なぜか俺が皆に必死に悟られまいと、言い訳してるみたいな空気になってる。


「あははー、面白いなぁ」

「お前も誤解を解くんだよぉ! 美奈ぁ!」

「あばばば!?」


 せめてお前も説得に協力しろや!

 美奈にアイアンクローを食らわせていると、後ろから遠藤さんが肩を叩いてきた。


「イズミ君」

「遠藤さん!? 遠藤さんなら信じてくれるよな!?」

「正直、あのイズミ君を見た後じゃ信じられないかも。肌も黒くなってたし……その後、今にも倒れそうなくらい疲れてたし……」

「いや、それは……中毒度を超えた副作用みたいなもんだし……」

「その副作用が怖いんだけど……」


 ……大丈夫だよな?

 なんだか心配されすぎて俺まで心配になってきた。

 い、いかん、あえて現実から目を逸らして気にしないようにしてたのに。

 遠藤さんの指摘に、生来の心配性な性格が発揮されかけたその時、俺の嗅覚が特有の獣の匂いを捉えた。

 真っすぐこちらへ近づいてくる匂いの元に、剣を引き抜きながらボトルに手をかける。


「——、皆、敵が来る」

「嘘だろ、こんなに早く……」

「いや、待て。一つは匂いが違う……」


 なんだこれ、匂いが多い? いや、デカい? 

 匂いが近づいてくるごとに地鳴りのような振動が響いてくる。

 地面が揺れていることに気づいた明石さんは血相を変えて、ふらつきながらも立ち上がった。


「巨人にここを見つけられた! イズミ君! 皆を連れて逃げるわよ!」

「無理だ! もう囲まれてる!」


 巨人の出現と共に至る場所からトカゲの怪物の匂いを感知する。

 これでは逃げるなんて無理だ。

 巨人は一体だが、トカゲの数はさっきの倍近くいる。


「ウオオオオオオオオオ!!」


 暗闇から響く、獣染みた雄たけび。

 その声に、全身が総毛立つ。

 未知なる怪物という恐ろしい存在に、今すぐ全てを放り投げて逃げ出したくなる。

 竜宮君達は、限界なんだ。

 いくらポーションで回復したといっても戦える状態からは程遠いだろう。

 この状況で戦えるのは、俺と後方で怪我人を守っていた遠藤さんくらいだ。


「俺が囮になる」

「アキラ!? あんた、何を言ってんのよ!?」


 竜宮君の言葉に、驚愕の表情を浮かべる。

 彼は足を震わせながら、立ち上がるとぎこちなく笑いながら、動揺している明石さんに頭を下げた。


「ごめんアカリ。でも、ここを脱出するにはそれしかないんだ」

「皆で力を合わせて……イズミ君と黛さんの助けを借りれば、不可能じゃないはずよ!」

「いくらイズミでも巨人とトカゲの大群を相手に俺達を守りながらここを脱出できるはずがない! だから、ここは誰かが敵を引き付けなきゃならない! それは、光魔法を持つ俺にしかできない!」


 俺は、そのやり取りをどこか他人事のように見ていることしかできなかった。

 竜宮君の決意を、軽んじている訳でも、嘲笑っている訳でもない。

 誰かが犠牲になる。

 その“誰か”が、竜宮君になろうとしているこの現実を、受け入れることができなかった。

 誰かがこの状況をなんとかしなきゃならない。

 誰も命を落とさずに、生きて帰れる道を切り開かなければならない。

 それができるのは、この場において一人しかいなかった。


「……あぁ、畜生。そういうことか」


 地下に落とされたクラスメート達。

 強力な怪物の突然の出現。

 そして——こんな絶望的な状況で、最悪なタイミングでやってきた巨人。

 なるほど、状況が出来すぎている。


「そういうことか。だからアンタは俺をここに向かわせたのか」

「イズミ君?」

「本当に最悪だ。俺は選んだはずが、選ばされていたのか……クソ」


 不安気な遠藤さんの声に構わず、地下の天井を見上げる。

 どこかで見ている。

 そして、今の状況をこれ以上なく楽しんでいる。

 人の死を、生への足掻きを。

 それにようやく気付いた俺は、自分の頬を思い切り叩く。


「ちょ、イズミ君、何をしているの!?」

「っし、やってやるか……!」


 強烈な痛みに涙目になりながら、呆気に取られている竜宮君と明石さんへと向き直る。


「イズ、ミ……なにを……」

「全員、生きて帰る。誰も欠けさせやしない。だからここは……俺に任せろ」


 見ているならしっかりと目に焼きつけとけ。

 ホルダーから、二つのボトルを取り出す。

 フィジカルブーストX3

 マッスルグレートΣ3

 考えうる限り、最強最悪の組み合わせのボトルを掌で転がしながら、どこかうきうきとしている美奈に声をかける。


「美奈。この後、ぶっ倒れるかもしれないから……後は頼む」

「うん! 思う存分にやっちゃって!」

「ああ、任せとけ」


 呆然とする彼らに再び背を向けた俺は、近くまで迫っているであろう巨人の方に体を向け、ボトルの蓋を開け、二本同時に喉へ流し込む。

 ドクン、と体の中で確かな変化が起こる。


「フゥゥ……」


 吐息が漏れる。

 炎のような熱が全身を駆け巡る。

 力が溢れ、思考が眼前の敵にのみ絞られていく。


 中毒度332。


 力の権化と化した俺は、暗闇から姿を現した巨人の腹部に、黒く染まった拳を叩き込んだ。

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