第十四話
一つ目の怪物を倒した後、一旦中毒度が収まるのを待ってから、壊れた遺跡から地下の迷宮へと足を運んだ。
その最中、美奈が怪物から血を取ったり、広辞苑並みに分厚い本を読みながらそこらへんに生えてる雑草を引っこ抜いていたが……まさか、それでもポーションにするつもりなのだろうか。
こんな得体のしれない場所でとれるものを最終的に飲まされるのは俺なんだけど?
「いやぁ、ジメッとしてるねぇ! イズミ君!」
「そだな。お前は本当に呑気だよな」
地下迷宮は、狭い路地が入り組んでいるものと考えていたけど、実際は想像以上に広かった。
天上の高い広間に柱が並び、それが暗闇の先までずっと続いていっている。
上をジャングルと表現するなら、こっちは地下世界だな。
「すごいなぁ、テンション上がるなぁ。こーいうの!」
しかし、こんな薄暗い迷宮を歩いていても一向にこいつはブレない。
一応、上で光を発していた鉱石があるのだが、それも明かりとしてはあまりにも心許ない。そんな中で常時ハイテンションなこいつと一緒にいると、陰鬱な気持ちなんてすぐにしなくなる。
「ま、そういう点ではありがたいんだけどな……」
「んー? なに?」
「いや、ただの独り言だよ」
俺はこいつの存在に救われているってことか。
……竜宮君達の痕跡を追跡しながら、そんなことを考えていると前方から強烈な匂いが近づいてきていることに気づく。
咄嗟に美奈を抱え、近くの柱に隠れる。
「うぉ!? い、イズミ君……」
「静かに、何か来る」
「う、うぬぅ……」
なぜか口調がおかしくなった美奈に首を傾げながら、柱の陰から匂いのする方に視線を向ける。
すると、ガサガサガサーッ! と音を発しながら、沢山の足音と、鼻が吹き飛びそうなほどの匂いが俺の頭に叩き込まれる。
失神しそうになりながらも、しっかりと正体不明のソレの正体を見極めるべく、『メガマックス』をバックから取り出し、一口飲む。
「……なんだありゃあ……」
暗闇の中で鮮明になった視界で見えたのは、トカゲのような生き物。
イグアナとかではなく、本当にトカゲがそのまま巨大化したような姿に、気分が悪くなる。
「イズミ君。何が見えた?」
「巨大トカゲ。しかもたくさん。あそこまでデカけりゃ、もう恐竜だよ……」
「……あー、暗くてジメジメした場所だからねぇ、ここ」
確かに爬虫類が住むには最適な空間だろう。
問題はこの後、こいつらをどうするかだ。
追い払うわけにはいかないだろう。そうすれば、すぐに仲間を呼ばれてしまう。
なら、奴らが離れるまでここでジッとして——、
瞬間、ここからそう遠くない場所で何かが爆発し、崩れるような音が響き渡った。
その音に反応したトカゲたちは、一斉に音の響いた方向を向き、そちらの方へ走り出した。
「今の音は……」
爆発音。
いや、なにかが破裂した音か?
考えられる可能性は、爆炎だが……今の俺に炎を操る存在は一人しか知らない。
その考えに至った俺は、すぐさまホルダーのボトルを探索用のものから戦闘用のものへと入れ替える。
美奈からの強化ポーションを加えた五つをホルダーに収めた俺は、一度深呼吸をしてから、美奈を肩に担ぐ。
「——美奈、捕まってろ」
「い、イズミ君? せ、せめてお姫さまだっうぉ!?」
あらかじめ用意しておいたフィジカルブーストX1を一口飲み、その場から飛び出し、トカゲたちの後を追う。
無事でいてくれよ……皆!
●
ダンジョンへの挑戦。
それは、私達にとって何もかもが初めてなことだらけだった。
地下に広がる自然。
見たことのない植物に、天井から照らされる鉱石の光。
その全てに圧倒されながらも、私達は順調にダンジョンを進んでいた。
ダンジョンに住む怪物にも私の弓は通じてくれたのは、心の底から安堵した。
竜宮君と明石さんの魔法は、本当に圧倒的な威力を持っていて、荒巻君の剣術はどんな魔物も切り裂いてしまうくらいに凄かった。
だからこそ、油断していたのだろう。
ベテランの冒険者がいて、凄腕の騎士たちがいて、何よりも自分たちの実力を理解しつつあった私たちがそう簡単に負けるはずがないと、そう思い込んでしまっていた。
そんな時、ジャングルの奥で見つけた遺跡で、遭遇したのは五体の一つ目の怪物の群れであった。
単体で出会えば、ベテランの冒険者であろうと呆気なく縊り殺されてしまうほどの危険な怪物。
本来、この場所では姿を現わすはずのないはずのそいつらは、一斉に私達へ襲い掛かってきた。
勿論、反撃もした。
しかし、怪物由来の力と数の暴力に、私たちは徐々に押されていった。
竜宮君は明石さんを庇って攻撃を受けて、剣を失い、私は弓を奪われた。
怪我人も出て、徐々に押されていった私達が死を覚悟したその瞬間、前触れもなく遺跡の隠し通路が開かれた。
まるで、私達を誘うかのように開かれたそれに、嫌な予感を抱いたが、それでも私達に逃走以外の選択肢は選べなかった。
怪我人を抱え、急いで遺跡の通路へと飛び込んだ瞬間、扉は固く閉ざされた。
その後に待っていたのは、トカゲに似た大きな生物からの奇襲。
一つ目の怪物とは比較にならないほど大きな、怪物との遭遇。
とにかく、時間が分からない真っ暗な空間の中で、私達は神経をすり減らしながら、それでも戦っていた。
「くぅ、一体どれだけ湧いてくるのよ!」
「ここを凌ぐぞ!」
「おう!」
竜宮君と明石さんが、暗闇の奥から飛び出してくるトカゲたちに魔法を打ち込み、荒巻君が、うち漏らした数体を剣で切り捨てる。
弓を失ってしまった私は、ナイフを片手に負傷した騎士達と、アスクルさんを守る。
敵に見つかったら撃退して逃げて隠れる。
地下に閉じ込められたその時から、私たちはずっとそれを繰り返してなんとか生きながらえてきた。
「すまねぇ、本当は俺が率先して戦わなくちゃいけねぇのに……!」
「アスクルさん、無理をしないでください!」
「こんな足くらいで……! 畜生!」
アスクルさんは、あの大きな怪物の攻撃のせいで足を折られてしまっている。
騎士の生き残りの方々も、どちらも軽くない怪我を負っている。致命傷まではいってはいないが、時間をかければ命を落としてもおかしくない。
「どうして、こんなことに……!」
皆のためと思って、思い上がってしまったことが間違いだったのだろうか。
それとも早く元の世界に早く帰りたいと、願ってしまったことが間違いだったのか?
「———、遠藤! 右側からくる!」
「っ!」
咄嗟に、右側に体を向けると、数えるのも億劫なほどの巨大トカゲが、私達に襲い掛かってきていた。
弓があれば、弓術スキルで一掃できるはずなのに、ナイフ一本では到底無理だ。
「グガァ!」
「くッ!」
ギャリィ! と耳障りな音と共にトカゲの噛みつきをかろうじて防ぎ、その脳天にナイフを突き刺す。
しかし、次の一体に体当たりを食らってしまい、思い切り背中を地面に打ち付けてしまう。
「ぅ……く……」
起き上がろうと体に力を籠めるも、足が動かない。
もう疲労でいっぱいだった。
眠ることも許されない極限状態。
いつ襲い掛かってくるか分からない怪物たち。
「う……ぅぁ……」
折れないように支えてきた心に亀裂が入る。
恐怖に、体の震えが止まらなくなる。必死に我慢してきた涙が込み上げてくる。
大きな口を開け、眼前にまで近づいてくるトカゲたち。
こちらへ声を上げる、明石さん、竜宮君、荒巻君。
「……くっ」
頬に涙がつたい、死を覚悟したその瞬間——、上から降ってきたに何かが眼前のトカゲを踏みつぶした。
突然のことに、呆気にとられた声を漏らす。
「———え?」
「無事だったァ!」
一瞬、誰が来たのか理解できなかった。
私を助けてくれた人は、この場にいるはずのない人物であったからだ。
「イズミ……君」
対毒というスキルを持ってしまったクラスメート。
そんな彼が、危険でいっぱいのこの場にいることが信じられなかった。
彼は、肩に担いでいた黛さんを下ろすと、体に通していた弓を私に手渡した。
「落とし物だぞ」
「私の弓……で、でもどうして貴方が……」
「助けに来たに決まってるだろ。皆、心配してるんだ」
彼の言葉を聞いた瞬間、必死に押とどめていた感情があふれ出しそうになった。
必死に涙を拭い、彼から差し出された弓をしっかりと握りしめた。
「竜宮君! 明石さん! 一翔君! 皆、大丈夫か!」
「イズミ!?」
「イズミ君! 貴方、どうやってここに!?」
「匂いを追ってきた! それよりこいつらをさっさと片付けよう!」
「匂いって……」
状況についていけない竜宮君から、トカゲたちに視線を移した彼は、腰に取り付けられたホルダーから二つのボトルを取り出し、その中身を口にする。
瞬間、彼の雰囲気が変わり、荒々しいものへと変化する。
暗くてよく分からないけど、肌の色も変わっているような気がした。
「い、イズミく——」
「ォォォオオオオオ!!」
名を呼び終える前に、彼は尋常じゃない速さで剣を引き抜き、トカゲの大群へ単身突入していく。
「イズミ、無茶だ!」
「一人じゃ……!」
あまりにも無謀な彼の行動に、咄嗟に止めようとする明石君と灯さんだが、次の瞬間には誰もが目を疑うような光景が広がった。
「随分と好き勝手にクラスメートを虐めてくれたなァ! 怪物共がよォォォ!!」
「ぎぇぇぇ!?」
「え、えぇ、うそぉ……」
なにせ、彼が次々とトカゲたちを素手と足で叩き潰し、技術の欠片もないただ振り回した剣で薙ぎ払っているのだから。
呆然とする私達を他所に、目を輝かせた黛さんがガッツポーズをとった。
「イズミ君のお気に入り! マッスルグレートΣ3とマックステンションXのコンボだぁー! もう彼に恐れるものは存在しなぁーい!」
「ま、黛さん! イズミ君は何をしているの!?」
「ポーションで肉体改造したの! すっげぇことになった!」
「そんな笑顔で言うことじゃないよねぇ!?」
やっぱこの子どこかおかしい。
こんな状況の中でもにへら、と笑っている彼女に言葉を選んで質問する。
「か、彼の体は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! だってポーションは肉体に魔法を付与する魔法薬だもの! そのデメリットは中毒度だけど、イズミ君はそれを無効化できるスキルを持っているから、リスクを気にせずにどんどん自分を強化できるんだ! 限界はあるけどね!」
「限界って?」
「多分、肌が真っ黒になったら駄目だと思うな!」
あっけらかんにそう言葉にする黛さんに唖然とする。
明らかに普通じゃない。今の彼は、まるで狂ったような雄たけびを上げながらトカゲたちをちぎって投げてを繰り返している。
最後の一匹を叩き潰した時には、既に彼の周囲には見るも無残なトカゲの死体が転がっていた。
「……これで片付いたか。……美奈!」
「はいよー」
バックから白色のポーションを手に取り彼に駆け寄った黛さんが、イズミ君にそれを渡した。
彼がそれを飲み干すと、あれほどまでに感じた威圧感が消え、いつもと変わらない彼に戻ってくれた。
「やっぱり、椎名さんの『薬殺し』は効くぜ……! でも、やっぱ滅茶苦茶疲れるな……」
「イズミ君、貴方の体に、何が……」
まさか普通に元に戻ったイズミ君に空いた口が塞がらない。
高純度のポーションってこんなにやばい代物なの? 確かに支給されたポーションはみんな凄い効力だったけど、イズミ君が使うと本当に別ものなんだ……。
だけど、彼がこの場に来てくれたことは私達にとって、いや、私にとってなによりも頼もしいことだということは変わりのない事実であった。




