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第十三話

 扉を開け放った先は———木々が生い茂るジャングルであった。


「……は?」


 確かに地下道を通っていったはずだ。

 それなのにどうして木々の生い茂るジャングルが視界に飛び込んでくるんだ? 本当に訳が分からない。

 上を見上げれば、頭上にあるのは空ではなく石の壁。

 その石の壁に節々には凄まじい光量を放つ鉱石がはめ込まれ、空間内を明るく照らしていた。


「へぇ、凄いねぇ。ここって地下なのに随分と明るいんだねー」

「……ダンジョンってやべぇんだな」


 想像していた以上に、とんでもない場所だ。


「どうするの? 闇雲に探すの?」

「いや、一応考えはある」


 ベルトのホルダーからボトルを一つ取り出し、美奈に見せる。


「『ハナツヨクナール』だ。こいつで竜宮君たちに渡したポーションの痕跡を追う」


 ハナツヨクナールは嗅覚を強化させるポーション。

 実験という形で身をもって体験したが、どんな些細な匂いも捉え、かぎ分けることができる凄まじい効力を発揮する一方で、刺激臭にはてんで弱い。

 だが、今の状況じゃこれほど最適なポーションはないだろう。


「ポーションは強烈な匂いを放つ薬品だ。何度も飲み続けた俺なら、その匂いは呆れるほどに覚えている」

「中毒度とか大丈夫なの?」

「今回は気にしないことにする」


 それに、中毒度の限界は女神の毒によって体験済みだ。

 キャップを外し、ポーションを一口分飲み込む。


「……うっ」


 すぐに効果が表れたようで、周囲の匂いによる情報量が格段に増えていく。

 帰り道が分かるように、ポーションの一部を入ってきた入り口に零しながら、美奈の方を向く。


「……慣れるまできついな。まずは痕跡を見つけていかなきゃ話にならない」

「うん」


 立ち眩みを起こしかけながら、必死に頭に流れ込んでくる情報を絞っていく。

 集中している俺を気遣ってか、珍しく静かにしている美奈と共に明かりが照り付けるジャングルを進む。


「どんな感じ?」

「……花と植物の香りが大部を占めているけど、不思議と動物の匂いは感じ取れないな。きっと匂いを感知したら鼻が曲がりそうなくらいの獣臭さがあるはずだから……」


 とりあえず慎重に進んでいこう。

 中毒度に気を付け、適度にポーションの効果を持続させながら匂いを探っていく。

 匂いを探りながら歩くこと十数分ほど経つと、俺の嫌な予感は最早確信へと変わっていた。


「おかしい、他の動物の匂いがない」

「ここに生き物がいないってこと?」

「そういう意味じゃなくて……なんというか、ここ最近の匂いが全然感じられないんだ。どれもかなり薄い」


 漠然としか把握していないが、それでもその匂いがいつのものだとかは、なんとなく分かる。

 だからこそおかしい。

 本来なら、怪物という存在が跋扈する場所のはずなのに、今やその影すらない。

 妙な違和感に、冷や汗をかきながら藪をかきわけて道なき道を進んでいくと、ツン、とした刺激臭を俺の鼻が捉えた。


「っ、見つけた!」


 これは、遠藤さんに渡したマックステンションXと回復ポーションの匂いだ!

 それに空気中に僅かに鉄のような匂いが混じっている。

 鉄、いや、違う……血……怪我をしている!?


「く、ぐぉぉ!?」


 一瞬だけ感じた強烈な匂いに、うめき声をあげる。

 これは、間違いない。獣臭だ。

 匂いの先に、人じゃない何かがいる。


「美奈、急ぐぞ!」

「あぁ、ちょっと私匂いとか分からないんだって!!」


 できる限りの速さで匂いを辿る。

 徐々に濃くなっていく刺激臭と、血の匂いに最悪の想像をしながら、枝と草をかきわけ道なき道を走っていくと——、一際開けた場所に出る。

 そこは、まるでテレビなどで見るような遺跡のような場所であった。

 緑の中に確かに存在する人工物に意識が向く前に———、赤く鮮烈な光景が視界に飛び込んだ。


「……ッ、これ、は」


 血に濡れた地面。

 蹂躙されつくした鎧を身にまとった人の形をしていたもの。

 それが、何人も遺跡の至る場所に倒れていた。

 どうしようもない死の匂いを、鋭敏化された嗅覚で捉えてしまった俺は、胃の中のものを全て吐き出した。


「———が、ぁっぁッ」


 直視したくない。

 認めたくない。初めて目の当たりにする死という現実に、心が割れそうになる。

 必死に空気を吸い、早鐘を打つ心臓を静めていると、遺跡の奥から大きな物音が響いた。


「……え」


 大きな足音と共に遺跡の奥から姿を現したのは、3メートルを優に超える一つ目の怪物であった。

 凄まじい獣臭にその場でのたうち回りたい衝動にかられるが、そうしなかったのは一つ目の怪物が持っているものが目に入ったからだ。


「その弓……剣……」


 見覚えのある血に濡れた剣と弓。

 それは今俺の持っている錨君が作ってくれた剣と全く同じ形をしていた。

 衝撃のあまり肩にかけていた荷物を地面に落とす。

 全身が震える。

 恐怖ではない。

 形容できないほどの、怒りによって。


「……お前」


 どうして、お前がその弓を持っている?

 どうして、お前の持つ剣に血がついている?

 殺したのか?

 この状況を作り出したのか?


「はぁ、はぁ、もうイズミ君。おいてかないでよぉ。……って凄い光景!? えぇ、なにこれぇ……」

「美奈『マッスルグレートΣ3』を」

「え、んーと、はいどうぞ」


 美奈からポーションを受け取り、『マックステンションX』と共に迷いなくそれを飲み込む。

 一瞬で全身の筋力と感覚を強化し、走り出した俺にようやく怪物が気づく。

 走りながら、肉体に変化が生じる。

 見える肌は浅黒く変色し、全身にこれまで以上に力が溢れてくる。

 中毒度100を超えた? いや、そんなことどうでもいい。今は、あいつを倒せればそれでいい。


「ギュオ、オオ!!」


 十メートル手前でようやく怪物が動き出す。

 だが、絶望的なまでに遅い。マックステンションによって引き延ばされた感覚の前には、怪物の動きはあまりにも遅すぎた。

 脚力に任せ、大きく前に踏み込み怪物の足へと接近した俺は、力の限り足をぶん殴る。

 それだけで、怪物の足は逆方向に折れ曲がり、後ろに大きく転倒する。

 その時、遺跡の一部が大きく破壊される。


「ギィ!?」

「くたばれ」


 起き上がる隙なんて与えるつもりはない。

 そのまま怪物の頭部をスタンピングで踏み潰し、完全に息の根を止める。

 まるでスイカを砕くようにあっさりを怪物の頭を踏み抜いた俺は、べっとりと血のついた足を引き抜きながら、こみ上げる吐き気を押さえる。


「……くそ、助けられなかった……」


 怪物を倒せたからなんだっていうんだ。

 それでも人が死んだ。顔も知らない誰かが、死んだ。

 もしかしたら、竜宮君たちの誰かの死体もここにあるかもしれない。

 そう考えると、到底喜びに浸ることなんてできなかった。


「イズミ君、悲しむのは良いけど、まずはその薬の効力を消した方がいいよ」

「……ああ」


 後ろからとことこと近づいてきた美奈に渡されたポーションを手に取りながら、中毒度を確認する。

 薄く黒くなった手の甲には153という数字が刻まれていた。

 二つのポーションを併用したら、こんなにやばいことに……。


「マッスルグレートΣ1は純粋な筋力の増強だけど、Σ3はあれだね。どちらかというと、戦闘に特化させた体になるんだね。体型もそんなに変わらないように見えたし……でも、肌が黒くなったのは一定の中毒度を超えたからかな?」


 ポーションを飲み、体の強化を打ち消す。

 すると、数百メートを全力疾走したような疲労が俺の体に襲い掛かる。

 この感覚は、女神の毒に苛まれているものと少し似ている。


「っ、ぬぉぉ、きっついなこれ……」


 これが中毒度100越えの影響。

 一気に疲労が襲い掛かる感じか?


「だけど、これだけで済むってんなら安いもんだな」


 順調に中毒度も下がってきているし、肌の色もゆっくりとだが戻りつつある。

 手の甲から、視線を外すと一つ目の怪物がその手にしていた剣と、弓を見つける。

 試しに手に取ってみると、どちらもまだ使えるようだ。


「……一応、弓だけは持っていっておくか」


 抜身の剣は、持っていくには危ない。

 弓に体を通すように持ち、美奈の方へ向き直る。


「……痕跡を探そう。彼らは地下の隠し迷宮に囚われている。匂いがここで止まっているということは、どこかに迷宮へ入れる入り口があるはずだ」

「それならあれじゃないの?」


 美奈が指をさした方向を見ると、俺が倒れた怪物によって破壊された遺跡の奥に地下へ続く通路のようなものが続いていた。

 ハナツヨクナールを飲んでみると、確かにポーションと血の匂いは下にも続いていた。

 それ以上に感じる獣の強烈な匂いも、だが。



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