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第十二話

『明朝、ダンジョンへ王国の内側から入れる一番通路の入り口に、使いの者を呼んであげる。その者が貴方をダンジョンへ案内してくれるはずよ』


 提案を飲んだ俺に、女神はそう約束した。

 ダンジョンへ行き、竜宮君たちを助けに行く。それが俺の選んだ答えだったが、それまでの準備に少し手間取ってしまい、結果的に俺は徹夜の末にようやく準備を完了することができた。

 きつけ代わりのポーションで眠気を覚まして、シャツにズボンといった動きやすい格好に着替えた俺は、カバンを肩にかけ扉をあけ放つ。

 すると、俺の部屋の前に包みにくるまれた棒状の荷物が置いてあることに気付く。


「これは……剣と、手紙?」


 袋を開いてみると、中には錨君が竜宮君達に送ったものと同じ西洋剣であった。

 ずっしりと重みのある鞘の部分を掴み、試しに引き抜いてみれば、鋭利な輝きを放つその剣身はどんなものでも切り裂いてしまいそうな、そんな凄みがあった。

 感嘆としながら剣を収め、同封された手紙を開く。


『明達に作った予備の剣だ。お前には必要だと感じたから、やる。

 ベルトに取り付けたホルダーはお前が使っていたボトルの大きさに合わせてある。

 うまく使え。

 多くは望まない。

 生きて帰ってこい』


「……錨君……ありがとう」


 そうだ、俺は一人でダンジョンへ行くんじゃない。竜宮君達と同じように助けてくれる人がいる。

 ベルトを腰に巻いて、鞘に納められた剣をベルトに通す。

 そして最後に、剣とは逆の方に取り付けられた五つのホルダーにポーションのいれられたボトルを収める。


「よし、行くか」


 覚悟はもう十分すぎるほどに決めた。

 あとは、前に進むだけだ。

 一度深呼吸をしてから、外へ向かって歩き出す。


「で、目的地はどこなのー?」

「迷宮の一番通路の入り口って話だ」


 後ろからとことこ歩いてきた美奈に、そう答える。

 いつもの皺だらけの白衣とは違い、やけに動きやすそうな格好に着替えていた美奈はやや大きめのリュックを背負いなおしながら首を傾げた。


「その後、どうするの?」

「勿論、ダンジョンに竜宮君たちを助けに行く」

「わぁー、楽しそう!」

「そう思うのはお前だけだよ、美奈」

「イズミ君と一緒ならもっと楽しいなぁ!」

「はいはい、おべっかが上手なこと……ん?」


 ん?

 んん?


「な、ん、で! お前は普通についてきてるんじゃぁぁ!!」

「いだだだだ!?」


 あまりにも自然に話しかけてきたせいか、一分ほど違和感に気づけなかった俺は、隣を歩く阿呆の顔面をわし掴みにする。


「だ、だってイズミ君一人で遠足みたいに荷物まとめてるんだもん! なにかあるって思うじゃん! 普通!」

「なんで男子しかいねぇ宿舎の様子知ってんだ!」

「深夜に明かりついてから遊びに行こうと思った!」

「俺の迷惑を考えろよ!?」


 駄目だ、凡そ常人では理解できない思考回路をしている美奈に常識を解いても無駄だ。

 馬の耳に念仏という諺がこれほどまでに当て嵌まる人間は、こうはいないだろう。


「帰れ、遊びにいくんじゃない。わざわざ危険に首突っ込むな」

「ヤダね。意地でもついていくもんね」

「お前……!」

「だってイズミ君がいなくなったら意味がないじゃん」


 美奈の口から飛び出した言葉に、次の声が出なくなる。

 こいつがなに考えてここにいるのか、俺は全く考えていなかったからだ。


「初めて会ったあの日から、私の理解者はイズミ君だけだよ。君だけが私の突拍子のない行動も言動も受け入れてくれる。周囲にとって毒にしかならない私の友達でいてくれる……。だから、私は君がどこに行こうとついていくよ」


 おっもいなぁ、お前の友情。

 だけど、こんな奴だけど……親友なんだよなぁ。


「……しょうがない。お前を悪堕ちさせるわけにはいかない。一緒に来い」

「うん!」


 無邪気な笑顔で頷いた美奈に、肩を落としながらも苦笑する。

 あーあ、本当にこの親友には勝てる気がしない。


「で、そのでかいリュックにはなにが入っているんだ?」

「竜宮君達のための回復ポーションと、イズミ君の為にグレードアップさせた強化ポーション! 多分、一つあたり中毒度100越えいくかもしれないすっげぇ危ないやつ!」


 聞かなければよかった。



 早朝だからか、城下町には人通りも少なくスムーズに待ち合わせ場所にまでたどり着けた。


「でー、これがマッスルグレートΣ3! なんと効果はΣ1の3倍なんだよ!」

「うわぁ、飲んだ後を想像したくねぇ……」


 美奈が作った強化ポーションの説明を聞きながら、門に到着すると、そこには黒い外套に身を包んだ怪しげな小柄な人物が門の傍に立っていた。

 小柄な人物は、俺と美奈の姿を見つけると、こちらに手招きをする。


「君が、イズミ・ダイキ?」

「え、あ、はい」


 意外に声が高くて驚いた。

 この身長と声質からして女性、だよな?

 優利みたいな男の娘じゃなければの話だけど。


「……そう。アイラから話は聞いてる。ついてきなさい」


 くるりと振り向いて速足で歩き始めた。

 アイラ、という名前が出たことから確定だろう。

 彼女? が門を守る衛兵に言葉を交わすと、呆気ないほどにあっさりと門が開かれ——国の外、ではなくダンジョンまでに繋がっている木材と石材で作られた通路が開かれる。

 案内役の人についていく形で、通路に足を踏み入れる。


「君は———ッ」

「?」


 案内役の人の声が不自然に途切れる。

 少しばかり身じろぎした後に、誤魔化すように咳ばらいをした彼女は俺と美奈を一瞥する。


「まさか、そっちの彼女は奴のことを知らない……?」

「奴って誰ー?」

「奴って……あの女のことですか? それなら、こいつは知りません」

「ねぇってばー」

「そう、道理で喋れないわけ……」


 この人も女神の呪いを受けているのか。

 女神のことを知らない美奈がこの場にいたから、女神のことを喋れなかったんだな。

 ぴょんぴょんと跳ねながら質問をしてくる美奈を片手でじゃらしながら、案内役の人の声に耳を傾ける。


「もう私には興味を失ったと安心していたから、いきなり呼び出されて驚いた」

「すいません……」

「いいよ、謝らないで。貴方の立場は分かってるつもりだから」


 女神という言葉をあえて避けているからか、不自然な会話になってしまったが、俺と目の前の彼女は理解できているので問題はない。

 でも、今女神に興味を失われたって言っていたよな? 


「あいつから逃れることはできるんですか?」

「それは無理だよ。奴の方から興味を失われない限り、日常のどこかで必ず遭遇することになる」

「……嫌だなぁ」

「気持ちは痛いほど分かる」


 彼女の言葉にどことなく悲壮感のようなものが感じられた。

 話し込んでいると、いつのまにか周囲の景色ががらりと変わり、暗くどんよりとした通路から明かりの照らされた重厚な扉の前へと移動する。

 案内役の人はくるりとこちらを振り向く。


「多分、これは貴方に与えられた試練だと思う。失敗すれば死、生還することができれば奴のお眼鏡にかなってしまうことになる」

「うへぇ……」

「なんだか分からないけど、イズミ君って大変なことに巻き込まれてるみたいだね!」


 なんでこいつは嬉しそうなんですかね……?

 あれか? 俺が苦労する姿を見ていたいのかこいつは。


「本当は助けてあげたいけど……あの女に止められているから……」

「いいんです。気にしないでください」

「……経験者から言わせてもらうと、あいつはできないことはやらせない。だから、生きることを諦めないで」


 そう言った案内役の彼女はようやく外套のフードを外した。

 そこには想像していたよりも幼く、可憐な銀髪の少女の姿があった。美奈よりも少しだけ背が低く、とてもダンジョンに入れるようには思えなかった。

 俺の中で沸々と女神への怒りが再燃する。


「あいつ、こんな小さな子に呪いなんてかけたのか! なんて外道だよ、あのロリコンがぁ……!」

「私、こう見えて二十四歳なんですけど……なんだか奴が選んだのも分かった気がする」


 ボーっと宙を見上げてそう呟いた少女は、今一度こちらに向き直り口を開いた。


「私の名は、フィオネラ・ファイラル。生きて帰れたら私を頼りなさい。あの女に振り回されることには慣れているから」

「……ん? その名前、どこかで聞いた覚えが……」

「生きて帰ればすぐに分かるよ。それじゃ、健闘を祈る」


 にこり、と笑みをつくりフードを被ったフィオネラさんは、そのまま来た道を戻っていく。

 絶対にどこかで聞いたことがあるんだよなぁ。

 でもあんな少女ってイメージじゃなかったような気がするし……まあ、それは後で本人に聞けばいいか。


「んじゃ、美奈。覚悟は決まってるか?」

「勿論。いつでもオッケーだよ」

「……よし」


 美奈へと確認を取った俺は、今一度自分の荷物を確認した後に、眼前の重厚な扉に手をかける。

 ここから先は、死の危険が付き纏う領域。

 出し惜しみは即座に死を招く———その中で俺達が生き残るには、使える手段は全て使っていくしかない。

 今一度そう決意した俺は、勢いに任せて扉をあけ放ち、その門を潜るのだった。




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