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第十一話

竜宮君達が返ってこなくなってから二日目の夜。

 もうすぐ日が変わり、三日目に差し迫るというところで、俺達全員は食堂に集まっていた。

 本来は一日も経たずに帰ってくるはずが、それを大きく超過しても尚、帰ってくる様子を見せない。

 ギルドも城の方も、前例の無い事態に軽い混乱状態になっているらしく、捜索隊が送り込まれたが、良い連絡が来ないことを考えれば、捜索の成果も芳しくないのだろう。


『もしかして、4人とも……』

『バカ野郎! 思ってもそんなこと口に出すんじゃない!』

『で、でも……』


 皆の表情も暗い。

 俺の目の前にいる優利と和也も例外ではない。

 唯一、平静を保っている美奈も空気を呼んでか、静かにしている。

 かくいう俺自身も気分は最悪だ。

 ダンジョンから帰ってこないということは、竜宮君達の身に何かが起こったことに他ならない。騎士達もベテランの冒険者も行方不明となっているということは、生半可なことじゃないはずだ。


「……考えろ」


 俺に、なにかできることはあるか?

 ただ帰りを待つだけで何もできない、そんな様でなにが友達だ。

 手に爪を食い込むほどの力で、拳を握りしめた俺は、ある考えに行き着きその場を立ち上がる。


「……イズミ君?」

「イズミ、どこにいく」

「ちょっと、一人にさせてくれ」


 悲観に暮れるクラスメートに背を向け、扉から暗闇が支配する外へ出る。

 俺にできることは、限られている。

 だが、それでも他の誰もが持ちえないものなら、いつそれを利用する。


「……いるんだろ、出てこい」


 行き着いたのは、宿舎の裏庭。

 人の気配を感じさせない裏庭の中心で、そう呟く。


「なぁに?」


 すると、囁くほどの近さから女神アイラスの声が聞こえ、思わずその場から飛びのく。


「酷い。そっちから呼んだくせに」

「……率直に聞く。竜宮君たちは無事か?」


 女神の冗談を無視し、すぐに本題へ入る。

 俺の反応に不貞腐れながら女神は素直に答えた。


「無事よ。でも不幸にもダンジョンの隠し迷路にはいっちゃったみたいね。あそこは本当に限られた人間しか脱出は困難なのに……残念ねぇ」


 残念どころか、どころ楽しそうに言い放った女神にいら立ちを感じながらも、俺は竜宮君たちの無事を喜んだ。

 彼らが生きているならまだ希望はある。


「これを城に伝えれば、まだ間に合う——」

「『このことは誰にも明かすことは許さない』」


 女神の言葉に一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 次の瞬間に、俺の体に黄金色のリボンが叩きつけられ、竜宮君たちの無事を誰にも明かせないようにされたことに気づく。


「ッ、ふざけるな! 早くしないと、あいつらが殺されちまう!」

「それが彼らの運命だったってことでしょうね」


 なんでもないように答えた女神の言葉に頭に血がのぼる。


「ダンジョンに向かえって指示をしたのはお前だろうが!」

「そうね。でも私にとって、人間が生きようが死のうがどうでもいいの」


 怒りのあまり次の言葉が出せない俺に、女神は言葉を紡いでいく。


「重要なのは私を楽しませるか、そうじゃないだけ。だから、貴方のクラスメートが何人死のうがどうでもいいの。貴方がどれだけ情に訴えかけようとも私には届くことはない」

「お前、それでも神かよ……!」

「神だからよ?」


 このまま何を言ってもこの女神には無意味だ。

 焦燥しながら、次に吐き出す言葉を探していると、いつのまにか近づいてきたのか、俺を見上げた女神が、その美しくも混濁とした目を向ける。

 咄嗟に目を逸らそうとするが、両手で挟み込むように顔を掴まれる。


「でもね、イズミ、私が聞きたい言葉はそうじゃないの?」

「ぐ、ぁ……」


 神の毒が体を汚染し、超過した中毒度が体を真っ黒に染めていく。

 それでも尚、視線を合わせ続けた女神は、言葉を紡ぐ。


「このまま私の力で従えてもいい。でもね、それじゃ駄目なの」

「どう、いう……こと、だ……!」

「何者にも染めることも侵すこともできない、貴方じゃなきゃ意味がない」


 意味がないだと?

 なにを言っているんだ、こいつは。


「本当は分かってるよね? 私がなにを言いたいのか。なにをさせたいのか。そうじゃなきゃここには出てこないし、彼らの生存を貴方に教えはしなかった」

「……行けって、いうのか。俺に……ダンジョンに」


 声を震わせた俺の言葉に、女神は満面の笑みで頷いた。

 瞬間、体を蝕んでいた毒が一瞬で消え去り、俺は地面に崩れ落ちる。


「ええ、そう! 私は貴方がそうすることを望んでいるの!」


 あまりにも幼く、無邪気で、邪悪なその笑顔に俺は怒りすら抱くことができず、ただただ呆然とすることしかできない。


「選びなさい。イズミ・ダイキ。私の手を取れば少しだけ友達を助けるのに手を貸してあげる。死を恐れるなら、それもまた一つの答えでしょう。私は貴方を咎めはしない」


 差し出された手。

 陶磁器のように白く、芸術品のように美しいその手。


「貴方はこの手を取らず友人を見捨てるか、それともこの手を取り救うか。さあ、どうする?」


 そしてこちらを見下ろす女神の目は、どこまで慈愛を感じさせるような……悍ましい瞳をしていた。

 その手を見つめてから俺はすぐに決断した。

 最初から選択の余地なんて俺には与えられてはいなかったのだ。


「俺の、俺の答えは———」




 食堂に帰ると、待っていたのは一人のクラスメートだけであった。

 腕を組み静かに一人椅子に座っていた碇君は、食堂に入ってきた俺に声をかけた。


「……イズミ。ようやく戻ってきたか。皆は休ませたぞ」

「錨君か。そうか、俺も……休むとするよ」


 彼に、軽く手を振りながら背を向ける。


「行くのか?」


 しかし、背後からの錨君の言葉に足を止める。

 核心的な一言に、俺は静かに頷いた。


「……そうか。お前が選んだことなら、好きにするといい」

「……ありがとう」


 察してくれた彼に感謝し、今度こそ俺は宿舎へと足を進める。

 準備を進めて、行かなければならない。

 それが、俺の選んだ選択だから。



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