第一話
どうもくろかたです。
第一章のみ書き上げたので更新いたします。
ちょっとズレたクラス転移ものです。
理想と現実は違う。
それを痛いほど実感させられたのは、中学に入学したその日のことだった。
両親の都合で引っ越してしまった先の、田舎の中学校。誰の名前を知らない場所で、一から新しいことを始めるのはとても勇気が出たが、それでも最初の一歩を踏み出して登校初日の日を迎えた。
これからの学校生活への期待と不安を抱きながら、自己紹介を済ませて席に着いた俺は、勇気を振り絞って隣の席の少女に話しかけた。
これが中学一年生の時の記憶。
俺とあいつの始まり。
思えば、それが俺が“こんな状況”に陥っているそもそもの原因かもしれない。
ああ、戻れるならあの日に戻って、全てをやり直したい。
「もっと、もっとだぁぁ! もっと敵をよこせぇぇ!」
現実逃避をしていた俺の視界には、この世に存在するはずのない醜悪な怪物たちの姿が映り込む。
俺は大群に拳を振るい、一匹、また一匹と肉片に変えていく。
意志と関係なく荒々しい言葉が溢れる。
湯水のように湧き上がる強大な力に脳が溺れる。
ああ、今になって改めて思う、どうしてこうなってしまったのだろうか。
「これが新開発したポーション! マッスルグレートΣ3、フィジカルブーストX3の力だぁ! やれやれー! イズミくーん!」
「ウボァァァァァ!」
怪物たちを怖がりもせずに、テンションを上げてそう叫ぶ同い年くらいの少女の声と共に人間性を捨てた雄たけびを上げ、俺は怪物たちの大群に単身突撃していく。
「イズミ、お前……! 俺たちが不甲斐ないばっかりに、人間をやめちまったっていうのかよ……!?」
「くっ、はなせぇ! あいつを止めなきゃ!」
「イズミ君の覚悟を無駄にする気!? 私たちは、彼の姿を、見届けなくちゃいけないの……!」
そしてあらぬ勘違いをして、号泣しているクラスメート達。
きっと、今の俺も泣けるならきっと泣いているだろう。
主に、その勘違いと、今のあんまりな状況で。
『オオオオオオオオオオオオ!』
怪物の雄たけびが研ぎ澄まされた感覚が捉える。
それを理解すると同時に。俺はベルトに嵌められた小さなボトルを取り出し、指の力だけでキャップの部分を破壊し、それを喉へ流し込む。
湧き出る力。
溢れ出るあくなき破壊衝動。
自身と怪物たちの血に濡れた剣を携えた俺は、怪物同様の雄たけびを上げながら駆けだした。
なぜ俺がこんな状況に陥っているかって?
その理由は後ろにいる少女と———俺に目覚めてしまった力、『対毒』といういわくつきスキルにある。
きっと誰もが「え、対毒?」 と疑問に思うかもしれない。
だからこそ、語ろう。
俺がここまで追い詰められてしまったその理由。
このとち狂った戦い方を見出すまでに歩いてきた、あまりにも理不尽な道のりを――
●
俺、五巳大樹は自他ともに認める心配性な性格だ。
家に鍵をかけて出かけた時も、自分が鍵をかけたか不安になって、一旦帰ってしまうこともあるし、不明瞭な問題は後回しにできずにいつまでも考え込んでしまう。
だからこそ、俺は楽観的な性格な人がうらやましいと思っていた。
小さなことも気にせず、自分の行動を迷いなく肯定することができる。そんな性格の人に俺は一種の憧れのような感情を抱いた。
「……だけどなぁ」
「ぐぅーぐぅー」
それにはいくらなんでも限度があるということを、高校二年生へ至るまでの人生で痛いほど理解させられた。
片田舎の古びた校舎の教室。先生の解説と黒板を叩くチョークの音だけが聞こえる静かな空間で、耳障りな雑音を垂れ流している、腐れ縁の友人の醜態に思わずため息が漏れた。
いびきに気づき、こちらへ振り返った先生は俺の隣の席でいびきをかいて居眠りしている少女を見て、俺と同じ大きなため息をもらした。
「またお前か……。イズミ、悪いが起こしてやってくれないか?」
「……分かりました」
毎度のことなので、慣れて動作で少女の肩をゆする。
すると、少女らしからぬトドのようなうめき声を発した。
「ぐぅ、もう食べられないよぅ」
「そんな雑な寝言聞いたの初めてだわ。起きろ、美奈」
黛 美奈。この寝坊助少女の名前であり、俺に静かな学校生活を送らせてくれない変人だ。
目をこすりながら、起き上がった美奈は周りを見てから俺に視線を向けた。
「今授業中……?」
「うん、授業中だよ」
「そっかぁ。じゃあ、おやす——」
「イズミ、廊下へ放り出すことを許可する」
「了解しました」
「と、思ったけど、やっぱり起きていることにしよう」
流石、先生も美奈の扱いを心得ているな。
いそいそと美奈が教科書を出している間に、教室の古びたスピーカーからややノイズの混ざったの音が発せられた。
授業終了を合図するチャイムの音だ。
教材をまとめた先生が教室を出ていくと、美奈は教科書の代わりに弁当箱を取り出しこちらを振り返った。
平均より少しだけ低い身長、綺麗というよりかわいらしい容姿。
傍から見れば、美少女だろう。
近くで見ても美少女だろう。
だが、だがしかし、他ならぬ俺がこの少女がどれだけ滅茶苦茶な性格をしているかを理解している。
「んじゃ、イズミ君。ご飯食べよう」
「美奈」
「ん?」
「まだ三限だぞ」
かわいらしく首を傾げた美奈に、今日何度目か分からないため息が漏れる。
はっきり言おう。
俺はこいつのこういう性格を羨ましいとは思っているが、こうなりたいとは絶対に思わない。
●
昼休み、僕はクラスの友達二人と机を囲み、昼食をとっていた。
からあげ、玉子焼き、ウィンナー、オーソドックスなおかずを食べて空腹を満たしていると、友達の一人、佐藤優利が俺を見て首を傾げていることに気づいた。
美少年すぎて美少女に見えるという二次元から飛び出してきたような容姿を持つこの親友は、訝しみながら俺へ声をかけてきた。
「あれ、イズミ君。黛さんはどうしたの?」
「ん」
優利の背後を指さす。
そこには、むすーっとした表情のまま弁当をがっついでいる美奈の姿があった。
そんな暴走生物の前には、苦笑しながらも話しかけている一つにまとめたおさげと眼鏡が印象的なクラスメート、椎名真昼の姿があった。
「委員長さんに押し付けてきた」
「ははは……何度も言っているけど、椎名さんは委員長じゃないよ……。あの人は体育委員だよ」
知ってるけど、なぜか委員長って呼んじゃうんだよなぁ。
因みに俺は図書委員。
あまりものだが、それなりに楽な委員だ。
まあ、それはどうでもいいか。
「たまには美奈には誰かと一緒に飯を食わせなくちゃな」
「前から思っていたんだが、お前は黛に厳しすぎるんじゃないか?」
「親友なら、こんくらいしなきゃ駄目だろ」
今まで沈黙を保っていたもう一人の友達、一ノ瀬和也がそんな疑問を口にする。
恵まれた体格、農家という恵まれた環境の中で成長したこの親友は、とにかくデカい。具体的には高校入学時には身長百八十センチくらいあったほどに。
今は、百九十超えるか、超えないかくらいの大きさらしいが、それでもデカいことには変わりない。
「あいつには少しくらい厳しくてもいいんだよ。甘やかすと、あいつすぐに駄目人間になっちまうからな。ただでさえ、運動以外はなんでもできちゃうんだぞ?」
だからあんな授業中に大爆睡しても、成績を全く落とさない。
美奈曰く「私って天才だから!」とのこと。こちとら必死にノートに文章書きなぐって勉強してるってのに……。
「黛さんは僕からみても凄い人だからねー。なんというか、いい意味で常識から外れてるって感じ」
「うむ、そうだな。間違いなく普通の類ではあるまい」
「……美奈もお前らからは言われたくないと思うぞ」
女子すらも嫉妬する絶世の男の娘と、身長二メートル近い農家の最終兵器。
正直、異常さなら美奈にも勝ると劣らないんだけど。
「僕達と仲良くしてる時点で、イズミ君もまともじゃないと思うよ」
「おい、どういう意味だ。その可愛い顔を吹っ飛ばすぞ」
「そういうところだよ」
他クラスのメンツが聞けば男女問わず全力で止めに来る脅しを飛ばす。
そんな脅しをさらりと流した優利は、頬杖をつきながら物憂げな表情を浮かべた。
「卒業したら、もうこんなやり取りはできなくなるのかなー」
「いきなり話題変わったな。まあ、俺は都会の方に進学するかな」
「俺は実家を継ぐから、ここを離れんな」
カズヤが農家継いだら凄いことになりそう……。
「皆、それぞれ道を決めているんだね」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「僕? 僕はね——」
顎に手を当てた優利が、続きの言葉を紡ごうとした瞬間、肌がざわつくような感覚に襲われた。
「——、なんだ、今の」
「え、イズミ君も感じた?」
「お前もか、優利、イズミ」
目の前の二人。
いや、クラスメート全員が意味不明な感覚に困惑した様子を見せている。
漠然とした嫌な予感を抱いた俺が、この教室から出ようと提案しようとしたその時——教室の床まるごとを覆いつくすような、光の円が浮き上がった。
「———い」
急いで出よう、そんな言葉も出せないまま俺達は床から吹き上がった光の奔流に飲み込まれた。
意識が途絶えかけたその最中、俺は無意識に美奈のいる方へ手を伸ばした。
書きながらクラス転移ものを書ける人って凄いと思いました……。
因みに、ポーション名などは基本勢いと直感で命名しております。
とりあえず、四話まで更新したいと思います。
次の更新は、一時間後……午後23時を予定としております。