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ヘブンズゲート  作者: 大福という名のイチゴ
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第8話

 神様はいつも私たちを愛して、見守ってくださっているの。一生懸命お祈りしたら、きっと助けてくださるって、ママはそう言ってた。ママは嘘をつかない人だったけど、私、これだけは信じてないの。神様なんていない。だって私、毎日祈っているもの。『神様、私をママのところに連れて行ってください』って。なのに、私は死なない。だから生きるしかない。でも私には、行くところも帰るところもない。だから、こんなところにいるしかない。

『大丈夫だよユーキ、トーキョーへ帰ろう。一緒にトーキョーに帰ろう』

 ――帰ろう。



 …んなバカな。

 あまりといえばあまりに信じがたい夢に驚き、俺はパカッと目を開けた。

 たとえ夢の中のこととはいえ、俺の頭の中から神様だのママだのの単語が出てきたのがひどく不思議に思えて、眉を寄せてしばし考え込む。

 記憶の彼方に、どこか細くて高い声を聞いていたような気がしないでもないが。

 振り仰げば見慣れた天井。コンクリむき出しで、いつだって暗い。

 ここは、俺の部屋か。

 あたりはひっそり静まりかえり、ガラスの代わりに外と室内とを隔てるカーテンを揺らす風は、ひんやりと冷たい。どうやら夕食を食いっぱぐれたようだ。

 脈が打つたび鈍い痛みを訴えるこめかみには、包帯代わりの何かの布が巻かれていた。重い頭を動かして部屋の向かい側を見れば、タクミのベッドに身を丸めて眠るユーキと、床に座り自分のベッドに寄りかかるようにして眠っているタクミがいる。察するに、俺が寝ている 横でこいつらがあのウソ寒い話をしてたってとこか。ったく。夢にまで侵食してくるんじゃねーよ。

 深夜なのは分かっていたが、星の位置からだいたいの時間を計ろうとして、俺がベッドから降りると、その気配でタクミが目を覚ました。

「あ、ザザ…」

 寝起きの声でだるそうにつぶやき、しばらくしてガバッと起きあがる。

「ザザ! 気分はどう? あの…包帯がなかったんで、シャツを破って適当に巻いたんだけど…その、薬とかもなくて…水で洗っただけなんだ。痛む?」

 情けない顔をしてのぞき込んでくるタクミを、俺はうっとおしげに片手で押しのけた。

「知ってるよ」

 医療品なんて贅沢なものが、こんな辺境のヤクザな施設に流れてくるはずがない。

「それより、俺が寝てる間に何かなかったか?」

 ジェフたちの動きに変化があったかどうかを知りたかったわけだが、答えは実にタクミらしくあっさりとしたものだった。

「何かって…何?」

 はぁぁぁ…――。

 もはやため息をつくのもバカバカしい。そう、俺だってバカだ。こいつに何かを期待するのはムダだって、いやってほど分かっていたはずなのに。

 おそらくタクミは、自分のせいで俺がジェフと事を構える事態になってるってことに気づいてすらいない。そういう点では、どこまでも平和なヤツだ。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、タクミはカーテンをめくって星を眺める俺の横に寄ってきて、同じように上を仰ぎ見る。

 それに構わず、目印になる星座を探して時間のあたりをつけていると、タクミはやがて遠くを見る眼差しで、ぼんやりとつぶやいた。

「最近よく、ユーキの夢を見るよ。楽しい夢なんだ」 

 …………。

 俺は眉間にしわを寄せ、ヤツのベッドにうずくまって寝ているユーキに目をやった。

 手入れもろくにしていないバサバサの金の髪、こけた頬、不健康にやせた身体――およそ楽しいコトとは無縁そうな。

 どうがんばれば、これを夢に見るって? まさかこの骨と皮だけの子供に、本気で惚れてんじゃねーだろうな?

「永遠に寝てろよ。もう起きてくんな」

 考えるのが面倒くさくなって、俺は適当に言ってベッドに戻った。

 どうせ考えたって、俺にはこいつを理解することなんてできやしないんだ。

 くしゃくしゃに丸まっていたタオルケットを引き寄せて、こめかみと耳の傷に気をつけながら横になる。

けどその直後。

 まだ窓に張りついてたタクミのめくるカーテンの隙間から、かすかに人の叫ぶ声が聞こえた。

「ザザ。誰かいる。何か騒いでる」

 内容までは聞き取れないが、複数の人間がなにやら言い争っているような、声。

「いーから寝ろ」

「…でも」

 あー、こいつ殴りたい、ホント。

 ためらいがちに反論してきたタクミに、俺は声を押し殺して叩きつけるように命令した。

「カーテンをおろせ!」

 人目につかない夜中に騒いでんのは、たいていケンカかリンチと相場が決まっている。それが分かっているからみんな、気づいても目をつぶるのだ。

 翌朝起きた時にはきっと遺体はきれいに埋められていて、何事もなかったかのように、誰かが行方不明になっている。あるいは、ふたつ以上遺体がある時は、相討ちとして処理される。

 殺人は脱走と同じくらい厳しく処罰されるが、両方とも死んでいるんじゃ罰しようがない。つまり、俺たちにとっちゃいつもと変わらぬ朝が来るってわけ。関わり合いにならないのが一番。

 床に座り、両膝を抱えて自分のベッドに寄りかかったタクミは、それでもまだ誰にともなくブツブツ言っていた。

「ここはいやだよ。帰りたいな…帰らなきゃ…ユーキもいるし…」

 もちろん俺は無視した。

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