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ヘブンズゲート  作者: 大福という名のイチゴ
11/12

第11話

 ミリが連れ戻されたと聞いた。

 それ以上のことは知らない。――知りたくもない。



 翌朝、まだ暗いうちに俺はヘブンズゲートに戻り、寝っぱなしのタクミをヤツのベッドに放り込んで、まんじりともせずに夜明けを迎えた。

 日の出とともに、やる気なく施設内を一周する当番制の巡回班によってフェンスの穴が発見され、すぐさま全員たたき起こされ、有志による捜索隊が結成された。これには賞金がついていて、目標を発見した者には、少額とはいえ報酬が支払われる。

 いなくなったのがミリだと分かると、ファルコが意気揚々と捜索隊に志願した。

 俺はタイリの物言いたげな視線すらうざくて、黙って部屋に戻った。

 今日は週に一度の休日。

 他にすることのない連中が、おもしろ半分に大勢捜索に参加したようだ。

 引きこもってばかりで妙な勘ぐりを受けるのもうっとおしかったので、朝食の時だけ配給場に顔を出した。ジェフに睨まれてからは、タイリ以外には誰も、おおっぴらに俺に近づいて来る人間はいない。

 一人で飯を食って、部屋に戻った直後、その知らせを受けた。

 見つけたのはファルコだったらしい。ってことは恒例の、脱走者に対する罰則であるリンチは、ヤツが中心になって与えられることになる。

 その事実にも気がめいった。

 なんか最近、おもしろいことがないな。なんかこう、パーッと楽しいことが、以前はこんなところにもあったと思うんだけど。

 ライナスがいた頃には。クラスの人数が、今よりもう少し多かった頃には――タクミに出会う前には。

 そんなことを考えていた矢先、部屋のドアが勢いよく開いた。

「!」

 さてはファルコあたりが、ミリの私刑を見せつけようとやってきたか、あるいは無理やり関係づけて俺のこともタコ殴りにしようと来たのか。

 そう考えて、すばやく身構える。が、現れたのは以外にもヒューズ教官閣下だった。

 爬虫類系の顔立ち(いや、ホント。蛇の親戚じゃないかってくらい似てるんだ、コレが)には、なにやら怪しげな笑みがある。

 はっきり言って、ファルコなんかよりもずっと怖かった。

 な…な…何だ、一体? もしや、昨夜抜け出してうろつきまわってたことがバレたか?

 冷や汗で背中を湿らせる俺に向けて、ヒューズはうすら寒い笑顔を浮かべた。

「まぁ、そんなに緊張するな、ザザ。俺を怒らせるようなことをした覚えがたくさんあるんだろうが、あいにく今日はいい知らせを持ってきたんだ」

 薄い唇が禍々しくゆがむ。

 …何か企んでるようにしか見えない。どうしても、素直に期待する気になれない。

 及び腰になる俺にはかまわず、ヒューズは大げさに両腕を広げた。

「おめでとう、ザザ。おまえは今日、正式に政府軍に買われた。一週間後にはアリゾナ基地に配属される」

 …なんだと?

「『卒業』だよ。生きて『天国への門(ヘブンズゲート)』を抜ける気分はどうだ?」

 『卒業』――それは、ここに来てからの二年間、待ち続けていた言葉だった。

 いつか必ず生きてここを出ていってやる。軍に買われて、適当に戦歴を上げて、どこかの傭兵部隊に自分を売り込む。ランクを上げて、稼ぎまくって、大きな街に家を買うもよし、月に移住するもよし、遊んで暮らすんだ。

 そのためにがんばった。それだけを目指して――それなのに。

 何でよりによって今なんだ?

「うれしっスよ、もちろん。サイコーです」

 心にもないことを言ってヒューズを追い返すと、扉を閉めてそれに背中を預け、俺は脱力した。

 ドアの下にしゃがみ込んで膝を抱える。

 あるいは、もしかしたらこれはチャンスなんだろうか?

 今ここを出ていけば、七面倒くさいしがらみを捨てて、俺は新しくやり直せる。ぐずぐずして、取り返しのつかない事態になる前に。

「ザザ?」

 不意に呼びかけられて、ハッと顔を上げると、上半身を起こしたタクミがきょとんとこちらを見ていた。

「気がついたか?」

 …気を失わせたの、俺だけど。

 しかしタクミは、そんなことはすっかり忘れているようで、頼りなげにつぶやいた。

「ザザ、どっか行っちゃうの?」

「聞いてたのか」

「…本当?」

 タクミが否定の言葉を求めていることは、いやというほど分かった。

 けど、それがどうした? いつか別れるときがくるのは当たり前のことで。

 俺がこいつのためにここに留まる理由なんてない。ない(・・)んだ。当たり前だろ。

 俺は、タクミのすがりつくような――捨てられる子供のような眼差しにグラつきそうになる自分を、必死に叱咤しなければならなかった。

 こんなところでつまずいてたまるか。

 俺は勝つんだ。人生に。スラムにいたんじゃ一生望めないようなものを、手に入れるんだ。

 その気持ちを支えに、何でもないような顔で返す。

「本当だよ。卒業の手順は知ってるだろ。俺は明日から教官棟の部屋に移って、一週間『就職先』のことについて予備知識を詰め込む。…おまえとも、もうお別れだな」

「ザザ…いやだ」

 タクミはベッドから転がり下りて、俺の右腕にすがりついてきた。

「おまえって…いやだ、ばっかりなのな」

 現実を認めたくなかったら、変えるだけの力を持たなきゃならないんだ。

 それができない時点で、おまえの負けは決まる――何度も言ったのに、ついに最後まで理解しなかったな、このバカは。

「だってまちがってる! こんなの全部まちがってる!」

「誰が決めるんだ、そんなの!」

 初めて俺に対して感情を爆発させたタクミに、俺も全力で応じた。

 俺には、こいつが心底分からない。

 かなわないと知って、それでも突っ走るこのバカさ加減が理解不能で――イライラする。

 なぜ? ――何となく気づいていた。

 あきらめてしまっている自分を思い知るから。しかたがないと自らに言い聞かせ。現実の前に、いつだって負けているのは俺のほう。

 でも俺も――――

「はなせ」

 低く言って、タクミの手をふりほどく。

「…ザザ、行かないで」

「もう一度言う、タクミ。これで最後だ。目をつぶって、耳をふさげ。他人の言葉に耳を傾けるな。自分の身を守ることだけ考えろ」

 人のことより自分のことを考えて、人を押しのけて、自分を助けろ。そして――

「生きてトーキョーに帰るために、もっと利口になれ」

「いやだ…いやだ、行っちゃやだ、ねぇ!」

 俺も、おまえがいなくなるのはいやだ。認めるよ――いまさらだけど。

 おまえはきっと、どこかでそれに気がついていたんだな。だから、どなられても、殴られても、俺の後についてきたんだ。

「じゃあな」

「ザザ!」

 俺は、ぼう然とするタクミを残して部屋を出た。

 バカなヤツ、バカなヤツ、バカなヤツ――。でも今は嫌いじゃない。

 また会いたいよ、ヘブンズゲート(ここ)じゃない、どこかで。

 トーキョーかな? それがいい。ずっと帰りたがっていたおまえの故郷で、自由を買い戻したんだと笑って、俺を迎えるんだ。

 隣に立っているおまえの弟が、兄貴の友達にしちゃ異色の俺を、おっかなびっくり眺めている――そんなのが、おまえには似合っている。戦場でのたれ死ぬよりも、ずっと…ずっと。

 だから死なないでくれ。

 今、切実に願う。かなうものなら、神サマにでも何でも、祈るから。

 ――頼むから。

 俺の手の届かないところに行かないでくれ。


      ※


『いたぞ、ここだ!』

 得意げな大声が、荒れた景色に響き渡る。

『見つけたぞ!』

 穴の中をのぞき込んできた顔が、笑みを浮かべた。

 声を聞きつけて集まってくる、人の気配と足音。容赦も慈悲もない、狩人達。

 獲物を見つけて笑う人間と、ゲームが終わったことに落胆する人間。

 穴の中まで差し込まれてきた手に引きずり出され、地面に倒れ込んだ拍子に、目と口に土埃が入ってむせた。が、それがおさまる前に、襟をつかまれ立たされる。

 よろめいて膝をつくと、今度は腕を強く引っ張られて、身体が浮いた。

 引かれた方の肩に、鋭い痛みが走る。

『手間かけさせんなよ。ちゃんと歩け!』

 土が入ったためにうまく開かないまぶたを、つかまっていない方の手で強くこする。

 涙がにじんで視界がかすんだ。

 退屈そうに、あるいはしゃべって笑いながら、周囲を取り囲む男とか女とかの、年長者たち。

 水気のない灌木と、赤茶けた砂と岩だけの景色。太陽の光に熱されて揺らぐ地平。高く、どこまでも透きとおって青い空――たぶん、この世で一番きれいなもの。

 タクミのいる世界。

『すき…』

 タクミと、一緒にいた世界。

『タクミ、すき』

 だから、天国に行っても忘れないように。目をいっぱいに開けて、できる限り覚えておこう。

 この、美しく幸せで――少しだけ悲しい世界を。


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