【第1菜:人類の牙】
The Vegetable
「ーーピーッガガ、えーっと……、み、みなさーん、修学旅行、盛り上がってるぅーー!?」
「道しかねぇーぞー! ヒマだー!」
「U●Jがよかったー!」
「ガイドさん何か女を使った芸やってー!」
「脱いでー!」
「…若いんだから、雰囲気を満喫しなさいよ! あと誰だ脱げって言ったヤツ、金とるぞゴラァ!」
修学旅行のバスの中は
さながら阿鼻叫喚といった所だ。
行けども行けども見えてくるのは
夏の日差しに照らされた
アスファルトの壁と道路のみ。
多感な高校3年生の若人たちは
長野の市街地へ向かう
舗装された『安全』な道で
退屈を持て余していた。
「……ちょっと淳、聞いた? 金払ったら脱いでくれるみたいよ」
「……だから何だよ」
「アンタ金持ちでしょ! 出しなさいよ! ……男でしょ!?」
「おまえ女だろ! 正気になれ!」
背後の座席で鼻息を荒げる幼馴染を
少年はキツく牽制する。
肩まである栗色の癖っ毛を揺らしながら
猫のような目で
艶かしくバスガイドを見つめる幼馴染、
三谷多香子は、
「ふふぅ……アレたぶん脱いだら、凄いわよぉ」
まだ諦めていないようだ。
「淳くんの言う通りだよ、タカちゃん」
暇すぎて頭が壊れ気味の少女を
柔らかい声色で制止する声。
「桜ぁ……、コイツがバスガイドさんの服を剥ぎ取る前に、よく言っておいてくれよ……」
少年は多香子の隣の席に座る
黒髪の少女に目をやる。
背中で束ねた美しい黒髪。
透き通るような白い肌。
切り揃えられた前髪の下に
まさに「ニコニコ」という言葉が
ぴったりの優しい笑顔があった。
「タカちゃん、あのね……」
多香子の隣の席でニコニコしながら
2人のやり取りを見つめていた少女は
言った。
「バスはクーラーで寒いから、全裸だと風邪ひいちゃうよ。下着は残してあげよう? ね?」
「違うよ桜! 根本的に違うよ!」
どうやら、もう1人の幼馴染
檜垣桜もまた、
退屈で頭をやられた被害者であった。
「そもそも淳! 健全な男子なら見たいと思うでしょ!? 」
「……はっ? いや、別に僕はーー」
「想像してごらんなさい! バスガイドの制服の下に隠されていた豊満な肉体が、若い好奇の目に晒されて赤く火照っていくすgtーー」
「数学教師アターーック」
飛んできた三角定規が
割とキッチリと多香子の頭にめり込む。
「ぴぎゃーーー!」
「三谷の頭に、三角定規の90度の部分が!」
「多香子! 叫び声が漫画っぽ過ぎて、どのくらい痛いのか伝わってこないわ!」
「いい加減に黙れお前ら! 次はキャップを外したコンパス投げるぞ!!」
自らのショートカットの髪を
苛立ちまじりにワシャワシャしている女。
担任の数学教師・本田佳奈は
やると言ったら、やる女だ。
そう理解している3年B組の面々は、
尊い犠牲を放置して素直に黙り込んだ。
「タカちゃん、大丈夫?」
「……はぁ、自業自得だよ……」
気持ち悪くピクピクしてる少女を横目に
少年は多香子の言葉を反芻していた。
ーー健全な男子なら見たいと思うでしょ
無造作に切られた黒髪をいじりながら
少年はふと思案にくれる。
(普通の男子なら、見たいのかな、大人の女の人の、ハダカ、とか……)
何かを考え込むように
自分の席に戻っていく少年の横顔を見て
桜は思う。
少し頬を染めながら
憂いを帯びるその少年の表情は
整った目鼻立ちと相まって
まるで物思いに耽る
『美少女』そのものだ、と。
「タカちゃん、ちょっと強引すぎる…」
桜は気づいていた。
多香子があんな事を言い出したのも
全てはこの美しい少年に対しての
揺さぶりなのだと。
多香子は、
どうすればいいのか分からないのだ。
(『初恋の相手』が男の子なら、何の問題もなかったのにね……)
ーーキキキッッーーーギギギッッ!!
「きゃ……!」
急ブレーキにバス全体が傾く。
座席から転げ落ちた学生や
窓に頭をぶつけた学生達が
声をあげるよりも早く、
「…う、うわぁぁぁっ!! なんで、長野に! 嘘だっ!!」
「……いや、イヤァァァ!! や、野菜! 野菜がッッ!!」
バスガイドと運転手の悲鳴が響いた。
その悲鳴に含まれた単語だけで
事態は容易に予想できた。
ヤツらが現れたのだ。
『野菜』が。
「おいガイドさん、長野は安全な保留地じゃなかったのか……?」
「……もう、終わりだわ……コッッこんな街外れでWVOの救助なんて……間に合わ、あわな、な……」
「……ちっ、安全対策も万全な観光バス、じゃなかったのかよ……」
放心するバスガイドを放って、
3年B組の担任は
まっすぐと眼前を直視する。
「……、…デカいな、最悪じゃないか…」
それは、居た。
それは
3メートルを超える
白く巨大な
1本の『大根』だった。
「いやぁぁっっーー!!!」
たまたま窓からそれ見てしまった
生徒の1人が叫ぶ。
「ひいぃぃっ!! イヤだ、死にたくない!!」
バスの運転手が、震える手で
シートベルトを外そうともがく。
その恐怖と叫びが
この狭い空間に広がりそうになる、
その刹那、
「運転手さん。とりあえず、ドアを開けてください」
驚くほど落ち着いた声が、
バスのドアの方から聞こえた。
「……は?」
見ると、いつの間にか
バスのドアの前に
1人の少年が立っている。
整った顔立ちに乗る双眸が、
まっすぐに運転手に向けられていた。
「僕が道をつくるので、運転手さんは全力で走り抜けてください」
まるで「ちょっと小石をどけてくる」
とでも言わんばかりの口調に、
運転手も思わず絶句する。
「キミ、何を言っているんだ、あの大きさだぞ、もしかしたら噂に聞くウィザード級かもしれないじゃないか!」
「違いますよ。ウィザードなら手下を引き連れて組織を構成する。……あれはただの野良野菜です」
ーー異常だ。
運転手は混乱のあまり
叫び出しそうになる。
『野菜』とは恐怖の象徴。
20年前の野菜の狂暴化、
通称『狂気の灰事件』より
現在に至るまで、
人類は野菜との狩り合いを続けている。
だが、野菜に遭遇した際
野菜に対抗できる手段がないのなら、
人が想像する未来は悲惨なものだ。
一方的な捕食、
これほどの恐怖があるだろうか。
「運転手さん、ごめんなさい。淳くんは因子持ちなんです」
「……、因子……?」
異様な空気を壊したのは
こちらも妙に落ち着いた
檜垣桜の声だった。
「淳くん、説明はしょりすぎだよ」
「え、僕はなるべく迅速に行動しようと……」
「スピード感凄すぎて運転手さんが置いてけぼりだよ…」
『因子持ち』という単語が
徐々に運転手の中で、
様々な可能性を形作っていく。
「……じゃあ、き、君は因子持ちで、アレをなんとかできる、ってことかい?」
少年が微かに笑う。
「……もちろんです」
夏の日差しに照らされた
少年の笑顔はとても美しく、
運転手には救いの女神のように映った。
ーーゴツンッ
「……痛いです先生」
「死地に行こう、というヤツが笑うな」
生徒たちを席に座らせ終わった本田が
少年にゲンコツで釘をさす。
「いいか、私はお前を特別扱いしない。因子があろうが無かろうが、今のお前は修学旅行を楽しむただの高校生だ」
「先生……」
「淳! あんな大根さっさと蹴散らして合流しないと、あんたの分のスキヤキの肉は、無いと思いなさい!」
「え、理不尽じゃないか! みんなのために頑張ろうっていう時に!」
「……淳、私はアンタを特別扱いしない…」
「お前は肉を食べたいだけだろ!」
ーープシューーーガチャン
バスのドアが開き
夏の熱い空気が車内に流れ込んできた。
「君、本当にいいんだね……?」
「……はい。まずあいつを左に退けるので、一気に右側から駆け抜けてください。WVOの救護隊と合流できるまでは立ち止まらないようにしてくださいね。多香子! 本当に肉食べたら許さないからな!」
そう言いながら、
少年は軽い足取りで
アスファルトに降り立つ。
「みーちゃん、何枚にする? 分厚い肉だったら、けっこう一人頭、増えんじゃね?」
「僕の肉の振り分け、進んでる!」
スキヤキに危機が迫っていた。
《グゥゥオオオッッッーーァァアア!!》
唐突に、大根が咆哮を上げる。
「……っひぃっ!」
「気づかれたか。…出してください」
運転手は急いで
ドアの開閉レバーを引く。
ーープシュー……
「淳くん、死んじゃダメだよ」
閉まっていくドアから
桜の声だけが聞こえた。
「ああ、一緒に美味い肉を食べよう」
「うんっ!」
ーーガシャン!
《グゥゥオオオッッッ!!》
ドアが閉まるのと、
白い巨体が突進を始めるのは
ほぼ同時だった。
少年の表情が
驚くほど冷たく鋭くなる。
それを窓越しに見ていた多香子は、
たまらなく悔しくなる。
(結局アタシは、いつまでたってもアイツに守られてばかりだ……ちきしょー…)
野菜に向かって、
駆けていく背中を見つめながら、
恋する少女は唇を噛む。
『因子持ち』
それは、狂気の灰を浴びた「人間」に
ほんの一握りだけ現れた存在。
人間の枠を超えた身体能力や、
人間の理を超えた異能を持つ
「特別な」人間の総称。
20年前のアメリカ合衆国メンフィスにて
人類最初の因子持ちが発見されてから
現在に至るまで、
世界各国で発見された因子持ちは
野菜に立ち向かう勇敢な戦士として活躍、
野菜に対抗できる
唯一の希望と言われている。
表向きは……
「セイッッ!!」
ーードゴッッッ!!
《オオオッッッーーァァ!?》
美しい弧を描いた回し蹴りが
大根の左頬を撃ちつける。
「退ける」どころか
道路の左側に吹き飛ばされた大根を横目に
観光バスが猛スピードで通り過ぎていく。
「「やっちまえ狩菜ぁぁーー!!!」」
先生に叩かれながらも
窓から身を乗り出した男子たちの声援が
徐々に遠ざかっていった。
「危ないなぁアイツら……ふふっ」
《……グッ、グォォオァ……!!》
よろめきながら立ち上がった
大根の左頬には
深いヒビが入っている。
「……狩菜流師範、狩菜淳だ」
改めて、空手のような
左手を突き出す構えをとる少年…
いや、
少女、狩菜淳は、
獲物に対して一礼した。
これは、
とある2人の因子持ちの
再会と、再生の物語。
「哀れな魂よ、土に還れ!!」
to be next Vegetable……
† あとがき †
どうも男なのに京子でおなじみ、←
東京子です。
第1菜 お読みいただけたのなら
幸いでございます。
「ちょっとこの小説、イケてないくない?」という方は、
主人公が登場する
第3菜まで読んでくれれば
もう切ってくれていいです!(遠いな!
ヒロインなようなヒーローなような
ヒロイン狩菜淳 共々
よろしくお願いいたします。




