オネットの魔法陣
魔法が日常生活と切っても切り離せない世界。
それを使用すること自体に、本人の才能などは関係ない。
組まれた魔法陣に対して、スイッチとなる行動をするだけで――
大気中の魔素を使用して魔法を行使するからである。
しかし、扱うためには――
それに伴った資格を取得する必要があった。
日常生活を行う上で、五級もあれば問題ない。
仕事を行う上で、最低限必要になるのは三級。
ここからが『魔法使い』と呼ばれる者の領域となる。
一級ともなると『魔導師』という称号で呼ばれた。
魔法を扱うものの頂点。人々の憧れの存在。
義務教育上で最低限、五級を合格することができるのだが――
その段階から『魔導師』を目指す者も少なくない。
学園から少し離れた場所にある村に住んでいる少女――
オネットも、例外ではなかった。
――――
そのオネットは――
現在、母親に対して癇癪を起こしている。
「――もっと凄い人に教わりたいの!」
魔法についての勉強がうまくいかず、母親の教え方が悪いのだと。
そう言っているのだ。
「魔法を扱うのは、もっと基礎を覚えてから」
母親――ミーテが何度口にした言葉だろう。
定期的に出てくる娘の我が侭に、ため息をつく。
早く魔法を使ってみたい、という欲求はミーテにも理解できる。
しかし危険が伴う以上、基礎を疎かにするわけにはいかないのだ。
保護者として、できる限り丁寧に教えているのだが――
オネットは聞き入れようとしない。
そして――
今朝の井戸端会議の内容を思い出して言った。
「ユイちゃんが、この間の試験に合格して一級の資格を取ったって言ってたわよ」
「ほんと!?」
ユイ、というのは二年前に学園を卒業した女生徒の名前である。
オネットの近所に住んでいて、昔から良くしてくれたお姉さんだった。
一級魔法使い――『魔導師』である彼女に窘められれば、オネットも考えを改めるだろうと。
そうミーテは考えたのである。
――――
しかし、その予想に反して。
訪ねてきたオネットに対して、ユイは――
丁寧に魔法陣の描き方を教え始めたのだった。
「魔法陣によって魔法を使うのにも法則があってだな……」
そう言って、そこらへんに落ちてあった木の棒を拾い上げ――
魔法陣についての説明を始めた。
「まずは基本となる二重円を描く」
描かれたのは綺麗な二重円。
その線に歪みは一切ない。
「外側の太い円が、魔法を使う領域を決める大枠の役割を果たす」
「内側の細い方は?」
「こっちは、取り込んだ魔素を回すための道だ」
「そして、この円と円の間に――行使する魔法を司る精霊との契約文を入れる」
ガリガリと文字を刻んでゆくユイ。
いずれ学園でも習うのだろうが――
今のオネットには、何が書かれているのかさっぱり分からない。
「実を言えば、この段階で既に魔法を使うことはできる」
棒で魔法陣の端を叩くと、その円の中でメラメラと炎が上がり始めた。
魔法陣を一から描いて魔法を使う――
その様子を初めて見たオネットは、感嘆の息を漏らす。
「まぁ、この状態だと威力が弱すぎて話にならないから――」
ユイが魔法陣の線の一部を消すと、炎がたちまち収まってゆく。
魔素の循環を断ち切って、魔法を中断させたんだろうと。
オネットはたった今聞いた説明から、なんとか判断することができた。
「今度はそれに、いろいろ付け足してゆく必要があるわけだ」
今度は内側の円に触れるような形で――
円を四つ、等間隔に描く。
「この円によって、魔素の取り込む速度を上げる」
そして、小さい円を直線で結び始めた。
少しずつ、オネットも見たことあるような魔法陣になってゆく。
「取り込む量が増えれば、その循環を手助けする必要がある」
円と直線だけにも関わらず、複雑に模様を描き始めたその魔法陣を――
ユイは、先ほどと同じように棒で叩いた。
すると――
――ゴゥッ!
まるで、硝子の筒によって隔たれているかのように。
その魔法陣の中で極太の火柱が、勢いよく上がった。
炎によって、オネットの顔も赤く照らされる。
「す、すごい……」
「これだけでも十分魔法としては役に立つだろう。だが――」
再び、線の一部を消し炎を止めた。
「……?」
頭にハテナマークを浮かべているオネットを置いて――
更に中心に二重円を描いた。
そこから別の部分に繋がる様に、線で結んでゆく。
今度は曲線も交じった循環路。
ここまで来ると、オネットの全く見たことの形の魔法陣となっている。
『魔導師』であるユイの。
オリジナルの魔法陣。
「こうやって、出力する口を制限してやることで――」
――コツッ。
ヒュッ――
先程の火柱とはレベルの違う熱量だった。
空気を舐めるような音は全くない。
そのエネルギーすらも熱へと変換されていた。
魔法陣から伸びているそれは――
温度が高すぎるのか、白い光の柱となっている。
「――その威力を高めることもできる」
オネットが今まで見た炎魔法とは全く違う。
別次元の魔法だった。
「これが……魔導師の魔法……!」
夢にまで見た光景に、目を輝かせるオネット。
「街で売っている魔道具は、調整された魔法陣が描かれているものだからな」
誰でも扱えるように、どこでも扱えるように。
「これも簡単に見えるようでも、その時の環境によって描き方が変わってくる」
ベストの状態で魔法を扱うための資格なのだと。
そして、それは修行しないと身に付くことはないと。
ユイは諭すようにオネットに話す。
「まぁ、そのために勉学に励めよってことだ」
――――
「それじゃあ、実際に簡単なものから描いてみようか」
そう言って、持っていた棒を手渡す。
オネットは先ほどのユイの真似をして、魔法陣を描き始め――
「……ストップ! まずは――」
――基本となる外円を描いている途中で止められる。
その言葉には、苦笑いが浮かんでいた。
「……綺麗な円の描き方からだ」
元々は自分が魔法陣を描くときに、いろいろ法則を作っておこうと考えたもの。
既存の魔法陣に理由を見出せば、自分もそれっぽく描ける気がしたので。
《複合型魔法陣》とか《多重階層式魔法陣》とか
その文字列みるだけで興奮するよね。……しない?