前編
私は走っていた。全力で。誰だって、全力で走らなければならない時はある。青春だって、駆け抜けてやる。恋せよ乙女、命短し。恋愛は全力投球、それが私のモットーだ。
今だって全力で走ってる。あと少しで、本屋さん。私の目当ては、今日発売の人気ノベル。この町にある本屋さんは小さい割に、若い世代の人口は多いのか、人気ラノベの発売日には争奪戦が起こる。なんで、みんな予約して買わないのよ、なんて思う。まぁ、私も含めて。
本屋に残っていた最後の一冊を無事に買えた私は、この町で一番古い店。大正創業の老舗中の老舗、万國珈琲館にてさっそく読書を始める。歴史あるお店で、一番安い珈琲800円からなのだが、何故か学割コーヒーが200円。値段800円から1200円の値段幅から選べて200円。なんて安い。もちろん、学生証の提示は必要です。店内は、大きなのっぽ、という形容が似合う置時計や、アメリカのことが亜米利加なんて書いてあってまじウケル地球儀が置いてある、クラシックな店内。店内には静かにジャズが流れる静かなお店。読書に最適のお店。
今日、ラノベを買って、この珈琲店で美味しい珈琲を飲みながら読書する。それが私にとっての最高の贅沢なわけ。その為に、どれだけ苦労してお金を貯めたことか。放課後にマックシェイクを我慢したこと幾星霜。そろそろ染め直しに美容室に行きたいと思っているのを我慢したこと千代に八千代。
これで今月のお小遣いは、すっからかんのぱっぱらぱぁー。
さて、この本では、転生された主人公が学園に入学するというストーリーのはずだ。心を躍らせながらページを開いたら……。
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私は見知らぬ場所に立っていた。天井の高さは、体育館くらい。ここは体育館だろうか。でも、床が石なんておかしい。バスケットリングも見当たらないし。
そんなことを考えていたら、いきなり目の前がカメラのフラッシュを連続で焚いたような光に包まれた。そして目を開けると、和服の女性が、私と向かい会うように立っていた。長髪というレベルではないくらい髪が長い。髪の毛が、床に付いちゃってるじゃん。ロング・ロング・ロングヘアーとでも言えば良いのだろうか。でも、日本人だと言うことは分かる。
「あの、こんにちは」と私はとりあえず声をかけてみる。顔立ちや髪の色からして、たぶん日本語通じるだろうと思ったからだ。化粧のセンスは、壊滅している感じの人だけど。ちょっとその極太眉毛マジありえない~って感じ。イモ子(仮)って感じ。
「此はどこか? ものがたりをば よんでいて きづいたときは ここにおりけり」とイモ子(仮)は答える。
「ああ。私もラノベ読もうと思ってたら、気付いたらここにいたんです。誘拐とかまじ無いよねー」
どうやら、この人も私と同じ状況の人みたい。とりあえず警察的な感じで携帯見たけど、圏外だし。
あ、もしかして、これ、異世界転移ってやつ? と思う。転生の方がよかったよー。貴族のお姫様とか、憧れちゃうし。
「どうやら、私達、異世界に転移させられたみたいね。この床に彫られている図形。これが転移魔法陣よ」と、私は高らかに宣言した。どうやら、私は、この世界を救う聖女様なのだろう。シャイでイケメンな騎士と遊び人風のイケメン魔法使い、そしてドSな魔王が、私を巡って争う世界。そして、私は泣きながら叫ぶのだろう。『お願い。私の為に争わないでぇ』って。やばい、まじ鼻血が出そう。
「たぶん、召喚された鍵は、日本人だということと、あとは、転生物の本を読んでいたってことかしら? ねぇ、あなたは、どんな本を読んでいたの? 私は転生物読んでいたのだけど」と私は聞く。
「丹後國 うらしまたろう はべりしに つりをせむとて うみにいでけり」
「は? 浦島太郎? 私と同じ年くらいなのに、童話? もう、ほとんど大人なんだから、ラノベとか読むようにしたほうがいいと思うよ。なんちゃってー」と私は言う。
「でも、浦島太郎も、竜宮城に行ってるし、ある意味、異世界転移ってことかしら。じゃあ、異世界モノを読んでいるってことが召喚の条件になったってわけね。やっぱ、異世界転移に耐性無い人呼んでも、役に立たないじゃーん、的な感じだよね。そう考えると、私達を召喚した人たちも、召喚慣れしてる感じね」と私は、魔法陣を見つめながら言った。
突然、ガチャっと音がして、扉が開いた。
「おお。召喚は大成功のようだ」と、テンプレ通りの年老いて髭の魔術師が部屋の中に入ってきた。テンプレ的な解釈をすれば、宮廷筆頭魔術師とか、そんな地位の人だろう。そしてその後ろから、金髪青目の超イケメンが二人入ってくる。テンプレであれば、この国の王子様と勇者様だろう。世界を救った後、王子様の妃として幸せに暮らすのか。もしくは、勇者様と吊り橋効果的冒険をするのか。迫る危険、確かめ合う二人の絆、そして愛。やばい、鼻血が出そう。できれば、勇者様と一緒に冒険したい。鎧に剣とマントを装備している金髪青目イケメンが、たぶん勇者。そして、王冠を付けている金髪青目のイケメンが、王子様なのだろう。
「じい。だが、二人いるようだが?」と王子様(仮)が言う。っていうか、日本語通じてるのすげぇー。異世界転移、超便利。海外旅行より便利なんじゃね? 修学旅行で、フィリピン行った時、まじ日本語通じなくてあり得なかったし。
「こっちは、何かの間違いであろう。髪の毛が茶色だ」と、宮廷筆頭魔術師(仮)が言う。
「黒目ではあるようだが…… しかし……」と超イケメン勇者(仮)が言う。
どうやら、私のことを言っているようだ。隣のイモ子(仮)は、文句なしの黒目、黒髪だろう。というか、髪の毛が床に着くほど長い人を初めてみましたよ。まじで。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」と、超イケメン勇者(仮)が、前に進み出て、イモ子の前に肘を折って頭を下げている。
「源 櫻納言と もふします 中将の、妻でありなむ」と、イモ子改め、源櫻納言は言った。
「って、あんた結婚しているの? その年で? なんでリア充が異世界転移なんてしてるのよ」と、私は文句を言う。異世界ってのは、リア充の来るところではないんです。関係者以外立ち入り禁止、スタッフ・オンリーならぬ、ロンリー・オンリーな世界なのだ。まったく、この魔法陣、ポンコツなんじゃない。
「おお。源櫻納言様。なんと美しい黒髪と黒目。貴女で間違いありません。この、アーネストが、貴女の騎士、貴女の剣と盾となり、命を懸けて道中をお守りいたします。どうか、この世界に平和を」と言って、櫻さんの右手を取り、その手の甲に口づけをした。まるで、ラノベで描かれている騎士の忠誠の儀式のようだった。
「益荒男に 請われし我が身 いかにせん 不徳の花よ 咲き誇れまし」と源サクラさんは、顔を真っ赤にしながら言った。
「ちょっと、貴女。元の世界に夫がいるのに、何やってんのよ。しかも、不徳の花って何よ。やらしいぃ。不倫サイテ―。リア充・ゴー・ホーム。リア充・ゴー・ホーム」と私はブーイングを繰り広げる。
「五月蠅いぞ、偽物。我が主君を侮辱することは許さん」と、勇者は右手を剣の鞘を当てて私を睨んでいる。私、偽物扱い……。それに、斬られそう……。
「待て、アーネスト。まずは名前くらいは聞いておこう。我々の召喚によって呼ばれたのだ。迷惑を掛けてしまった可能性がある」と、宮廷魔術師(仮)は、顎鬚を触りながら言った。
来たー。私のアピールタイム。イモ子改め、源サクラ改め、私のライバル。勇者様の主という役柄は取られちゃったけど、ヒロインの地位は渡さないわよ。主君への忠誠と私への愛の間で、揺れ動く騎士。最後に選ばれるのは、私よ、と気合を入れる。
「こんにちは。異世界のみなさん。私の名前は、成田まりあ、です。異世界人を召喚しなければならないような危機的な状況であることは分かっています。ですが、私が呼ばれたからには、安心してください。まだ、どんな能力が自分にあるのか分かってませんが、チート能力でさっさと悪い奴をやっつけますので、よろしくお願いします」と、私は、召喚された時の為にと考えておいた挨拶文を澱みなく言った。自分で言うのもアレだけど、パー璧である。
「意気込みは大変ありがたいのだが、私達が召喚したのは、魔族を調伏する力が宿っているとされる黒髪黒目の人間だ。成田まりあさんは、黒目ではあるが、どう見ても、茶色の髪だ。どうやら、私の力量不足で、あなたをこの世界に呼んでしまったようだ。謝罪する」と宮廷魔導師(仮)が頭を下げてきた。
「え? 私も、黒髪ですよ。今は、染色しているだけです」と私は言う。なんてこった。召喚のキーワードが、日本人であることと、異世界モノの本を読んでいることだと思っていたけど、どうやら、黒髪、黒目という条件で呼ばれたということらしい。そして私は、茶髪に染めている。
「嘘をつくな。そんなことは聞いたことがない」と勇者様が言う。既に、私の事を偽物認定しているのだろう。なるほど、勇者様と私は、誤解から始まる恋っていう設定なのだろう。誤解し、反目し合う。しかし、やがては打ち解けて、深く愛で結ばれるのだろう。やばい、鼻血が出そう。
「本当です。信じてください」と私は言う。だけど、どうせ今は、何を言っても信じてはくれないだろう。幾多の愛の試練を通り抜けた先に、分かり合い、愛し合う運命なのだから。
「ならば、魔族を調伏することはできるのか?」と勇者が疑いの目で、私を見てくる。どうせ、できはしないだろうーがな、って思っている目だ。
だけど……
「ごめんなさい。調伏ってなんですか?」と私は聞いた。私の辞書に、調伏なんて言う単語はなかった。魔族という枕詞の下は、成敗か、殲滅、と相場が決まっている。
「やはり、偽物だな」と勇者は私を嘲笑する。宮廷魔導師(仮)からもため息が漏れる。
「いや、ちょっと待ってよ。源サクラさんはできるの? その調伏ってやつ」と私は聞いた。同じ日本人で、そんな能力を持っているはずがない。召喚されたばかりで魔法とかは使えないのがテンプレ。女神の祝福とか、聖なる泉とかに行って、能力を発現させなきゃならないはずだ。イモ子改め、源サクラ改め、私のライバルだって、出来るはずがない。それに、彼女が、偽物って可能性だってあるじゃない。
「我が主君を疑うのか!」と勇者が大声で言う。
「アーネスト。落ち着け。まず、先ほどの質問だが、私が答えよう。調伏というのは、簡単に言えば、魔族を従わせることができる能力ということだ」と王子様(仮)が勇者を抑えて言った。そういえば、王子様(仮)は、ずっと宮廷魔術師(仮)の後ろに立っているだけで、存在感があまりない。キラキラ・オーラは、勇者と同じくらい出ているのだけど、さっきから勇者が目立ってばかりいる。もしかして、王子様(仮)は、超イケメンなだけの、ただのモブキャラなのだろうか。
「易きこと 安倍晴明 やっていた 我も手ほどき 受けたことあり」
「まじで? なんで貴女だけ、スキル持ってるのよ。私何も持ってないし。超不公平じゃん。ずるい、ずるい。私もチート欲しいよぉ」と私は不満を言う。
魔族を従わせる能力。しかし、どう考えても、私はそんな能力を持っていない。実家でポチという名の犬を飼っていたが、ポチにまでなめられているという始末だ。おそらく、ポチの中での順位表で、お母さん、父さん、弟、ポチ、私、というような順位づけだと思う。私がソファーに座ってテレビを見ているときも、そこは俺の席だ、的な感じで居場所をポチに奪われてしまう。小型犬相手でもこの調子なのだから、魔族なんていうのを従わすことはできない。
「結論は出たようじゃな」と宮廷魔術師(仮)が言った。え?なんの結論?と一瞬思ったが、どうやら私が偽者確定してしまったらしい。
「では、源さくら納言様。こちらへ。おい、お前らは聖女様の髪を持ち上げて差し上げろ」と勇者は言って、サクラさんをエスコートする。彼女の床まで垂れる髪は、地面につかないようにと急いでやってきたメイド風の女性が丁寧に持ち上げている。さらには、綺麗な赤絨毯が準備され、その上をサクラさんと勇者が歩いていく。ラノベの国賓待遇というやつだろうか。
部屋には、私と、宮廷魔術師(仮)と王子様(仮)の3人が残った。
「じい、成田まりあさんはどうする?」と王子様(仮)が言う。
「召喚してしまったからにはのぉ」と宮廷魔術師(仮)は、困り顔だった。え?私、既に邪魔者的な扱いになってない?
「では、王宮で引き取りましょうか?」と、王子様(仮)が言った。
「押し付けるようで悪いのぉ」と宮廷魔術師(仮)が言う。
「じゃあ、成田まりあさん、僕の後を着いてきて」と、王子様(仮)が言った。来た、夢のエスコート、と思ったら、王子様(仮)は、そのまま部屋から出ていった。
ちょ、ちょっと待ってよ、と追いかけたら、
「赤絨毯を踏むとは何事だ!! その上を歩いていいのは、高貴なお方だけだ!!」と、兵士に物凄い形相で怒られた。
あの、私も一応、召喚された人なんですが……。しかも、正真正銘、黒髪、黒目ですが……。なに、この待遇の違い……。




