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油断

 「『おめでとう!銀細工師の小人たちに出会ったのは大変な経験だ!君は経験点500点を入手した!』」

 「あ~惜しい、あと50点あればレベルアップするのにぃ。」

 「あとモンスター1匹程度だねぇ。ボスクラスの。」

 「うー、戦闘はしんどいのにそれだけだもんねぇ。小人さんとか魔女さんとかは、おしゃべりしてるだけでたくさん経験点くれるのになぁ。」

 「いや彼女ら相当根性曲がってるんだけど……」

 「そう?魔法の武器くれるいい人だったよ?」

 「それはあなたが会話で最適解出すからです。」


 今日翻訳してあるのは6つのシナリオ。

 平行世界の隙間に飛び込んで能力値が振り直させられたり、受け答えに失敗するとネズミにされる魔女たち、悪辣な嘘つき強盗に、いきなり海中に放り込まれて武具を捨てさせるイベントなどなど底意地の悪い冒険ばかりだ。

 ”アヤセ”の素直で純粋な受け答えが成功したり、迷宮の屋台で魔法の服を買うことができたりして、むしろ冒険開始前よりパワーアップしてるけど


 (僕、何回死んだんだっけ、ここで……)


 テストプレイで幾度と無く死亡したり、それよりひどい目にあった僕としては少々複雑な気分ではある。

 まぁ順調に冒険が進んでるのはいいんだけどね。アヤセも喜んでるし。


 (えっと最後のシナリオは……あーこれか、アヤセなら楽勝かな。)




 (次はどんな冒険だろ?今日は全然戦ってないし、戦闘があるといいかなぁ。)


 綾瀬は、本日の5つの冒険を通じて新調することになった装備を一つ一つ点検しながら、次の冒険に思いを馳せた。

 魔法のかけられた白銀の短剣に、鋭くて軽い生きている槍、炎も酸も防ぐ上質の絹で織られた薄手の上着、そして闇を見通す縞瑪瑙の指輪。

 念願の魔法の装備一式を見につけ、うん、と満足気に頷いた。


 「いつでも大丈夫だよ、結城くん!」

 「うん、それじゃ始めようか。『君は今、蒸し暑い熱帯のジャングルにいる。ただ立っているだけで次から次へと汗が吹き出す。』」

 「うわぁ、こっちの方向で厳しいとは思わなかったよぉ?!」

 「ごめん、でも頑張って!」

 「今日は暑かったから薄着でよかったぁ……」


 海に落とされるまで身につけてた革鎧ではどうなってたことか。


 (こすれて擦りむいちゃうかな?少なくとも汗でにおいが凄くなりそう……)


 そんなところまでリアルじゃなくていいのに、とむくれるアヤセは、自分の身に起きた変化にまだ気づいていなかった。




 「あれ?」

 よく見るとアヤセの絹の上着が汗で張り付き、うっすらと手足が透けて見えている。もちろん下にはシャツとショートパンツを身に着けているのだけれど、絹を通してかすかに見える肌色の手足は僕をドギマギさせた。


 「どうかした、結城くん?」

 「な、なんでもないよ!」

 (ごめんなんでもあります。)


 胸の中で、会ったこともないアヤセのご両親に手を合わせて謝りつつも、目が離せない。


 「それで、ここはなにか変わったことはない~?」

 「あ、えっと、『南海の見たこともない木々が鬱蒼と生い茂り、太陽を遮る。暗く濃い影が君にさしかけ視界を邪魔する。』」

 「縞瑪瑙の指輪はどう?」

 「うん、アヤセにはそれがあったっけ。『指輪の力は熱を映像に変えるという力だ。この暑苦しい緑の地獄ではその力も限定的にしか働かない。』」

 「動物くらいは見える?」

 「『ああ、動物の体温はそれでも気温よりは高いだろう。』」

 「よしそれじゃ普通に周囲を警戒して奥の方に進んでみるね!」

 (おおう!?)

 「どうかしたの?」

 「な、なんでもないです!」


 嘘です、なんでもありました。

 汗で張り付く絹の上着は、織原さんの体の線をはっきりと見せつけたのだ。

 クラスメイトと一線を画す大きな胸と、釣り合いを失わぬ長身、細くてしなやかなスラリと伸びた手足。

 それらが汗で半透明となった絹の上着を通してチラチラと僕の視線を誘う。

 頭のなかで失礼だからやめろと叱咤する声が聞こえるけれど、どうしても彼女を目で追うのをやめられない。

 気もそぞろに状況を説明するボクは、一つメモを見落とした。


 『動物の不意打ちはない、だからこそそれ以外の攻撃に注意させること。』




 「『木々が生み出す緑の闇は一層その影を濃くしていく。熱を映像化する魔法の指輪の助けなくば、こうもやすやすとは立ち入ることはできなかったであろう。』」

 「あたしは暑いだけだよぉ……早くボスでも何でもいいから終わりにしてぇ。」

 「『そのとき!君に緑色の鞭が幾本も襲い掛かる!』」

 「え、何、何?!」

 「『よく見るとそれは巨大なウツボカズラだった。自ら動き犠牲者を求める人喰い植物だ。』」

 「え、え、えぇ?!」

 「『混乱する君は、突然の攻撃に対応することもできず、無残にこの人喰い植物のつるによって絡め取られてしまう……』うわっ!?」

 「きゃあっ!?」


 薄手の絹の上着ごとがんじがらめにされたアヤセが空中へと釣り上げられて る。

 それはなんというか非常にエロチックな光景だった。

 つるによって縛り上げられたアヤセの女性らしい体の線があらわになり、露出した手足はウツボカズラの発する粘液でテラテラと輝く。

 悲鳴を上げる彼女はすっかり混乱しているようで、自分がどんな姿になっているのか気づく気配もない。


 「うわ、うわ、わ……?」


 混乱してるのは僕も同じだ。

 自分で読み上げ作り上げながら、全く予期できなかった状況にすっかり困惑する。

 それでいてアヤセのあられもない姿を凝視しているのだから、男の煩悩ってやつは……!!


 「イヤァーッ、誰か、誰か助けて!結城くーん!」

 「!!」


 ヴンっ!


 混乱する状況を打破したのは彼女の悲痛な叫びと、それに呼応した生きる槍だった。

 忠実な槍は思考停止した僕を置いてきぼりにして、主人の窮地を救うべく敵の本体に向かって突進する。

 幾本ものつるが立ちふさがるが、槍は一顧だにしない。

 ただひたすらに主のため、主のため、遮二無二本体めがけてつきかかる。

 つるの連打は槍を少しづつ削っていき、それでも槍は止まらなかった。

 そしてボキンという大きな音とともに槍は真っ二つに折れ、

 同時にウツボカズラは動きを止めた。


 「『君はこの異世界での冒険を終えた。誇りと栄誉をもって幕を下ろそう。さぁ、あるべき世界へ帰り給え。』」

 力なく僕の口からいつもの言葉が溢れ、万雷の拍手がうつろに響く。

 いつもの閃光と衝撃が居間を駆け抜け、力なくすすり泣く織原綾瀬と、呆然と突っ立つ僕が残された。


 「織原さん、これ……」

 「……」


 いつも用意していたタオルを渡す。

 彼女は黙ってそれを受け取り、ウツボカズラの粘液に汚れた手足を丁寧に拭っていく。

 その間、いつだって生気にあふれていた彼女の表情は消え去り、時折鼻をすする音が聞こえるばかり。


 (しまった……ボクは、とんでもないことを……)


 「ありがと……あたし帰る。」

 「織原さん、待って!」


 呼び止めるボクを置いてきぼりにして、彼女はかけ去っていく。

 いつもの「また明日。」という挨拶は聞けずに終わってしまった……





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