ゲーム開始
「迷宮の底で見つけた巨大な鏡、遥か古代の神聖な文字が刻まれ黄金の枠とガラスよりも透明な巨大な水晶で作られたそれは、16の異世界へ通じる旅の扉であった。
誰よりも勇気あるあなたは、此の未知の試練に挑むこととした。必要と思われる道具を揃え、剣とダガーを身につけて僅かな恐怖と、高ぶる心とともに鏡へとその偉大な一歩を踏み出した。」
(わぁ、結城くん上手だな……イイなぁ、昔おじいちゃんに絵本を読んでもらってた時みたい。)
最初こそたどたどしかったものの、次第に流暢になる一彦の朗読が耳に心地よい。
英語のみならず国語も得意ではない綾瀬は、ご多分に漏れず読書が好きではない。
だが人の朗読を聞くのは好きだった。
優しかった祖父の読み聞かせを思い出すからだ。
暖かくてやわらかな布団にくるまり、穏やかな祖父の声に耳を澄ませ、時折質問を投げかける。
祖父は時々答えに詰まりながらも、やさしく綾瀬に答えてくれる。
それは綾瀬の大好きな思いでの一つであった。
思わず頬が緩み、目が細くなる。
(最初のところは終わったみたいだけど、続きも全部読んでもらおうっと♪)
これから始まるであろう優しい時間を期待して、綾瀬はニッコリと微笑むのであった。
「……誰よりも勇気あるあなたは、此の未知の試練に挑むこととした。
必要と思われる道具を揃え、剣とダガーを身につけて、僅かな恐怖と、高ぶる心とともに鏡へとその偉大な一歩を踏み出した。」
(よっしゃ、やーっと終わったぁ!)
我ながらたどたどしすぎ、カッコつけ過ぎ、わけわからなすぎの三重苦に浸りきった序文をようやく読み上げ、心のなかでガッツポーズ。
たびたび織原さんが質問してくるのも、己の未熟な訳文故かと思うと心がぽきんと折れそうになる。
だがその恥辱と苦悩に満ちた拷問もこれで終了!
次はキャラクターメイキングだ。これならただのルール説明だし、機械的に受け答えすればOK。
それでもって、後は文の指示に従ってストーリーを読んでいけばいい。
最初は単純な怪物退治だし、これもそうそう叙情的に読み上げる必要はないよね。
何故か全部読み上げることになっている、という事態に気づくことなく、僕はひとり胸をなでおろした。
「それじゃ、最初はキャラクターメイキングだよ。」
「きゃらくたー、めいきんぐ?」
「えっと、織原さんはゲームしないんだっけ?」
「友だちの家でパーティーゲームとかはやるよ~あと、リズムゲームも!」
「ん~、ゲームの主人公は読む人、つまり僕らの分身なんだ。で、その主人公がどんなことが得意で、苦手か、そういうことを決めるんだよ。」
「どうやって決めるの?」
「サイコロを振って決めるんだ。えっとサイコロ2個を振って、とにかく大きな数字が出ればいいから……」
手元のルーズリーフに顔を寄せあって、キャラメイクを進めていく。
筋力、器用さ、体力…肉体系はことごとく10以上、一方で知力は4、精神力は5。
なんとも脳筋な剣士が出来上がった。
「できた~!ねぇ、この子強い?かっこいい?」
「えっと魅力って数値は特に決まってないから、かっこよくていいんじゃないかな。んで、とにかく強いよ、魔法は使えないけど。」
「わぁ、いいね、わかりやすい!まるで私みたい!」
(……その子相当頭悪いけど、それでいいの?)
無邪気に喜ぶ織原さんと微妙に引きつる僕。
(な、なんとか知力と精神力の判定を引当てませんように……!)
名も知らぬ作者に祈る僕だったが、どこかで「知らんがな。」という声が聞こえた気がした。
「『君は死んだ。そのキャラクターは二度と使ってはならない。君は無残に殺され、残酷な彼はあそこで高笑いをしているだろう。』」
「ああ~!また死んだぁ!」
「う、ごめん。」
「結城くんが悪いんじゃないよ、やっぱ気合が足りないんだよ!」
「いやサイコロの出目は気合関係ないかと……」
「ううん、気合が足りないの!ねぇ、やっぱりこの子、あたしの名前つけたい!あたしの分身だと思えば、気合はいるもん!」
「うーん、でもなぁ……」
このゲームブックには奇妙な注意書きがあった。
ひとつ、文章の指示には公平に従うこと。
ひとつ、日付が変わるまで遊びを続けないこと。
そしてもうひとつ、キャラクターには自分の名前を付けないこと。
一つ目は分かる。
レフリーもプレイヤーも自分でやるゲームだもの、公平じゃなくては面白く無い。
二つ目もまぁ分かる。
子供が遅くまで遊ぶのはよくない、集中力が欠けるしね。
でも三つ目は……これがさっぱりわからない。
自分の分身である主人公なのだ、自分の名前をつけたほうが一体感が出て楽しいんじゃないだろうか?
織原さんじゃないけど、ダイスを振るのにも本気になって楽しめそうだし。
「……じゃ、試しに織原さんの名前つけたキャラクター作ってみる?」
「うん!ようし、頑張っていい目出すぞぉ!」
ぱっと花開くような笑顔で、サイコロを握りしめる織原さん。
そして6つの能力値のうち5つまでが10以上という、スーパーヒロイン”アヤセ”が誕生したのだった。
なお知力の数値については彼女の名誉のため秘密にしておこう。
どくん。
銀色の肌がほのかに色づく。
どくん。
小さくも力強い拍動に手足が震える。
どくん。
だけど、無邪気に喜ぶ織原さんと僕が、彼女のその変化に気づくことはなかった。
「じゃ、始めるよ。『君は薄暗い部屋の中に飛び出した。大体10m四方の石造りの部屋だ。高い壁が太陽を遮り、陰鬱な雰囲気を作り出している。』」
そう読み上げた瞬間、突き上げるような衝撃が僕を襲った。
地震だ、そう思いテーブルの下に潜り込む。
だがすぐに揺れは消え去り静寂が戻ってくる。テレビには速報も出てないし、家の外も静かなもんだ。
「あれ、織原さん?」
「結城くーん、どこぉー?」
「織原さん?どこ?どこにいるの?」
気づくと彼女の姿が消えていた。
小さなささやき声はするものの、姿は見えず。
周りを見渡す僕の視界に奇妙な灰色の何かが見えた。
居間の隅にどこからともなく現れた1m四方のボロボロの石の塊。
近づいてみると、それは精巧なジオラマのようで、指の先ほどの人の骨を模した白い粒が散らばっていた。
そしてその中に、この数時間で見慣れた美しい少女の人形が一体。
寸法は20cm足らず、均整のとれたスタイルで、目はぱっちりと大きく、白いリボンで艶艶した黒髪をポニーテールにしている。
光を遮る僕に気づいたのか、大きく目を見開いてぽかんと口を開けてこちらを見ている。
「………え」
停止する思考。
「おりはら、さん?」
「ゆうき、くん?」
静かな部屋にTVのアナウンサーの冷静な声だけが響いていた。
(な、なに、とりっく?CG?)
コツン
混乱して意味もなく部屋を歩き回る僕の足が何かを蹴飛ばす。
見ればこの騒ぎでテーブルから落ちたゲームブックだ。
「え……なに、これ?」
思わず口から溢れる意味のない言葉。
見れば、ちょうど僕が読み上げたセンテンスが燐光を伴って輝いている。
「『君は薄暗い部屋の中に飛び出した。大体10m四方の石造りの部屋だ。高い壁が太陽を遮り、陰鬱な雰囲気を作り出している。』……まさか。」
不意に浮かび上がる直感に従い読み進める。
「『部屋には無数の髑髏が転がり、こちらを睨んでいる。そしてその隅には人一人が通れる程度の割れ目があった。』」
「きゃあ!?」
ジオラマの骨を模した白い粒が、彼女の方を向き直り、きしむような音を立てて床に割れ目ができていく。
それは20cm程度、ちょうど人形の彼女が一人入れる程度の大きさで止まった。
「ど、どうなってるの……?」
ゴクリとつばを飲み込む。
理由はわからない、原理もわからない。
ただ分かるのは、僕の表現に従いこの小さな世界が作られているという事実。
そして多分、主人公となったのは彼女自身。
翻訳した僕にはわかっている。
このシナリオの終わりはこう結ばれているんだ。
『君はこの異世界での冒険を終えた。誇りと栄誉をもって幕を下ろそう。さぁ、あるべき世界へ帰り給え。』
この現象を終わらせるためには、彼女が冒険をクリアしなければならないと。