わかりやすくいえばそれはしんぞうほっさのようなもの
春のよき日。空は青く、ヒバリが高らかに鳴き、天高く上っていく。正面に流れている川は穏やかで、やや傾きかけた太陽の光が反射して、きらきらしていた。
そんなとても清々しい風景を前に、僕は河原の土手で体育座りをしていた。そして、僕は深い絶望の最中にいた。失恋したからである。男なら誰しも味わったことのある、いや中にはそんな体験などしたことの無いクソモテ野郎や、恋自体したことない、もしくはまだ片思いで告白してないなど様々な方々がおられるであろうが、味ぐらいは知っていらっしゃるかと思う。そう、皆さんご存知の通りこれがまた、つらいのである。僕の場合現在進行形でつらい。まさにほんの数分前、僕の恋は打ち砕かれた。好きな娘に彼氏が出来てしまったのである。そしてその事実を、本人の口から、しかも彼氏同伴で聞かされてしまったのだ。彼女は、「ゆうくんのおかげで、付き合うことになったんだから、ほんとにありがとう。」と言っていた。それは、そうだろう。僕が恋のキューピッドになったのだから。
僕に対して、こいつアホなのか?とおもう方。あなたは正しい。正真正銘のアホだと自分でも思う。事の成り行きと言えば彼女が好きだというクラスメイトがおり、僕はライバルを減らそうと思い、彼女に対して告白させたら、なんと成就してしまったという次第。僕は、まさかの展開過ぎて着いていけなかった。彼女は最初返事を保留にしていたのに、いつの間にかオッケーを出していた。あれほどうまく行かないように根回ししておいたのに、この様である。策を弄しすぎ、また深く思慮しすぎた結果陥った結末である。
太陽は緋色に姿をかえ始めた。カラスが遠くで泣いている。そして、僕の目にはうっすらと涙が浮かんでいることだろう。目がピクピクして、視界が若干モザイクがかかって見える。
僕の始まったばかりの男子校生活は、ほんまもんの地獄が待っているとしか考えられなかった。もう、かなり期待薄だ。
そんな事を思った瞬間、辺り一面が光に包まれた。ほんの数秒だ。なにも見えなくなった視界が、徐々に像を映し出していく。それは、一人の女性の姿だった。
長身で細身。しかし、決して華奢ではない。髪は黒。ストレートで、とても長い。フレームのない眼鏡をかけており、その奥には、切れ長のつり目。こちらを睨んでいるようにも見える。鼻筋は通っており、厚くもないが、薄くもない唇、そしてすっとしてシャープな輪郭にそれらは収まっていた。首は細く長い。黒っぽいTシャツを着ており、胸は、よくわからないが、小さくはない。目線を下にやれば、その足の長さが際立つようなピッタリとしたスキニージーンズ。足元は、裸足にサンダルだった。
「傷心のようだねぇ。まあ話は聞かずともわかる。」
その女は、低い声でいった。
僕はなにも言葉を返すことが出来ず、ただ頷いた。
「ふーん。でも、ナイスタイミングだな。君は、被験者に選ばれた。恋の力がどれだけ人間を変えることができるのか、ちょっとした実験なんだが。君には望んだ世界を用意する。そのかわり、必ず恋をしてもらう。もし、それがうまくいったら、時間を巻き戻してさっきの女と付き合わせてやろう。無論お前にベタぼれの状態でだ。その後も保証する。どうだ?乗るか?」
僕は、耳を疑った。そんな話があるわけない。からかわれているだけだ。バカにされていると思いながらも、ほんの少し興味は沸いた。
「あの、馬鹿にしているのはわかってますけど、ちょっとだけ話を聞いてもいいですか。」
僕がそう言うと、女はにやっと笑い、
「ほうほう、いい感じじゃないか。君が乗ってくれれば私も苦労しなくて済む。じゃあ、ルールを説明させていただくよ。」
と僕のとなりに腰かけた。
1、被験者はある程度の自分が望む世界を構築してよい。ただし、著しくもとの世界の被験者からかけ離れた身体、及び能力を構築することはできない。
1、被験者はその世界で生活する
1、被験者は恋をして、それを成就させなければならない
1、被験者は恋の対象を始めから選ばなければならない
1、被験者は恋が成就した場合、もとの世界に戻ってもよい
1、被験者はもとの世界に戻った場合、実験者が提示した恋を成就させることができる。加えて、実験が始まる前の身体及び恋のその後も保証される
1、被験者は恋が成就したあともとの世界に戻らなかった場合、その世界から戻ることはできない。加えて、その恋は保証されない。
1、被験者は、恋の対象を構築することはできるが、その対象が被験者に恋をする運命を始めから構築することはできない
1、被験者は構築した世界において、通常通りの寿命しかあたえられず、死から逃れる事はできない
1、被験者が死んだ場合、通常の死と同様に扱われる
1、被験者は恋が成就しなかった場合再び世界を構築してよい。そしてそれを五回まで実験者の同意の上で繰り返してよい。
1、被験者は最終的に恋が成就しなかった場合、死に至る
1、被験者は実験の開始に同意しなかった場合、死に至る
1、被験者は実験者から以上の説明を受けた時点で実験を開始しなければならない
僕は長々とその女性の説明を受けた。そして、これを断る権利がないことを知った。
「あの、これ強制って事ですかね」
僕は一応聞いてみた。
「いや、そうじゃないよ?断ってもいいんだぜ?」
女性は笑いながら言ったが、僕は笑えなかった。
「あの、死ぬんでしょこれ。断ったら」
「説明の通りさ」
すぐに女性は返してきた。
僕は正直信じられなかった。
「あの、僕は本当に辛いんで。あんまりからかわないでもらえますか」
女性は、ふうとため息をつき、
「やりたくないじゃしょうがないな。今晩からでも始めてもらおうかと思ったけど、別の人を探すよ。とりあえず説明はしたからな。死んでも後悔すんなよ」
と言って立ち上がると、煙草に火をつけて煙を一息吐き、どこかへと去って行った。
僕は狐に包まれた気分で、憂鬱な気分も全く消えず、深いため息をついた。
太陽はもう沈んでいた。辺りはもう暗い。こんなとこにいても悲しみが増すだけである。またまた深いため息をついて少しうつむく。息を吸い込み、吐きながら立ち上がった。土手の上に止めておいた自転車まで歩いていく。中学三年間を共にした愛車にまたがり、家路につくことにした。僕はまた深いため息をついた。
僕は、自分の部屋のベッドで伏していた。そして、枕に顔を埋めて今までの人生を振り返っていた。いいことも沢山あった気がしたが、立野との思い出とそれに付随する嫌なできごとしか脳裏には浮かんでこない。だんだんと涙が出てきそうになった。さらには、自分自身に対する怒りが湧いてきた。いくつも分岐点があったなかで、悪いようにしか立ち回れなかった自分を責めて責めて責めたてた。
急に心臓が痛くなった。心の痛みが表層化してきたのかと思ったが、違う。純粋に本当に痛い。今までで味わったことがないくらい痛い。これはまさかと思った瞬間、
「ほうれ。言わんこっちゃない。君死んじゃうよ」
いきなり、今日、あの河原で会った女の声が聞こえた。
「さてさて、どうだい。実験やるかい?一回断ってるんだから大サービスだよ。このまま死ぬのか、さっき話した実験やるのか。君が決めていいよ」
僕は痛みで目を開くことすら出来なかった。もうただ、痛みを堪えて頷くしかなかった。
「よし、じゃあ同意と。あ、口約束だけどいいよね。そしたら実験開始だ。さぁ、君の世界にダイブしようか。ささ、世界をイメージして」
声だけは聞こえていたが、痛みは引かない。取りあえず考えなきゃ。世界を考えなきゃ・・・。
薄れていく意識の中、考えることのできるだけ、世界をイメージした。
徐々に・・・何も感じなくなった。