これならきっとふたりは幸せ
昔話『雪女』
ある寒い冬のこと、猟師の親子は山で吹雪に遭い、山小屋で一晩過ごすことになった。
夜中、息子が目を覚ますと、あかあかと燃えていたはずの焚き火が小さく消えかかっていて、父親の傍に白い着物を着た女が立っていた。
女は、父親の顔を覗き込むと、ふうっと息を吹き掛けていく。その姿を見て、息子は知らず呟いてしまっていた。
「……雪、女」
昔話で聞いたことがある、男を凍らせ殺してしまう恐ろしい雪の化身が目の前にいる。
「……お前はまだ若いから、簡単には死なないわねぇ」
女は振り返ると、息子の傍に音もなく近付き、冷たい指先で息子の顔に触れた。ゆっくりと冷たい掌が自分の頬や顎をなぞっていく。
「お前はまだ若いし、美しい顔立ちをしているから助けてあげるわ……ただし、今日のことは誰にも言っては駄目よ」
そう言うと女は息子の顔から指を放し、傍を離れていこうとしたので、息子は女の腕を捕まえた。
「ちょっと待って!美人のお姉さんッ!」
「いゃあ、ちょっと!離しなさいっ」
息子とは言っても、雪山の猟についていける年齢の青年である。(ということでここからは青年と表記していく)
自分の腕を掴む手を、懸命に引き剥がそうとするが、女の力ではびくともしない。
「お姉さん綺麗、ねえ俺と一緒になろうよ。夫婦になってよ」
そう言って女を抱き寄せようとすると、女はその美しい顔を顰め、冷気を青年に吹き掛けようとする。
「……離しなさいッ!父親を凍らせた私を捕まえて、仇討ちでもする気なの!?」
「え、死んだの!?正月の餅代を賭博にぶっこんですかんぴんになったから、昨日は母さんに家に入れてもらえずに、年越し前に仕方なく吹雪ん中で猟をする羽目になった、健康だけが取り柄で、大酒飲みの、どこか憎めないところがある寒中水泳大好きな親父が!?」
「……自信が無くなってきたから、確認させてちょうだい」
「やだ、ねえ俺を捨てるの?親父なんてどうでもいいよ、俺を見てよ。もっとその綺麗な手で俺を触って」
「……離してちょうだい、殺すわよ」
きつく女に睨まれ、拒絶されたが、青年はめげずに言葉を続けた。
「君と離れたら、俺は死ぬ。だから離さない、君にだったら何をされてもいい。殺されてもかまわない、というか是非お願いしたい。やばい可愛い綺麗欲しい」
「……あなた、村の女の子にも同じこと言ってるんでしょ」
白い肌をほんのりとさくら色に染めて、女は横を向く。
つんと逸らされた横顔が、拗ねているように見えて、青年にはとても好ましく思われた。
細い腕を引き、そのまま女の体を抱き寄せて、青年は彼女の耳元で囁いた。
「君だけにしか言ってないよ。雪女でもいいからさ……俺のお嫁さんになってよ」
青年に抱き寄せられた雪女は、顔が真っ赤になってしまい動けなくなっていた。
「……ねえ、あとから俺の家に来てくれるつもりだったんだろ?だったら、すぐ俺のモノになってよ。駄目なの?なんで?あ、親父のこと?……俺は、俺の嫁のほうが大事だから不幸な事故だと諦める。……なあ、だからさ……いいだろ?」
「……よくない」
「なあ、冷たいのって手だけ?俺の熱で雪みたいに溶けたりしないよな」
「……」
翌朝、青年は一晩かけて口説いた美しい雪女を連れて家に帰りました。そうして、ふたりで幸せな家庭を築きました。
また、死んだと思われていた父親は、頑丈だったのでちゃんと朝には起きました。
めでたしめでたし。
※書いていて、大暴走してくれました。もちろん旦那様になる猟師の青年のことです。
雪女は怖くて悲しい話ですが、好きな話の一つです。
楽しんで頂ければ幸いです。




