第8話 ある皇太子の布石
「ハ、ハジミティヤーサイ殿下 うちヌナーヤ ユーリカ ヤイピン」
(お、お初にお目にかかります殿下 ユーリカと申します)
先日国務大臣エルデン卿にねだった魔導具職人と面会と相成ったのだが。
やってきたのは小さな女の子…ではなく。
10歳の私より少し小さいくらいの女性であった。
赤い髪に小柄な体。髪型は顎のちょっと下で切りそろえたおかっぱ。
そして独特のドワーフ語…帝国語と似ている部分もあるからドワーフ弁とでもいうべきか…を喋っている。
…ここで誤解の無いように説明しておくが、なにもドワーフ語が沖縄のうちなーぐちだったというオチではない。
イントネーションというか…発音やらなんやらがうちなーぐちっぽかったのだ。
沖縄出身の知り合いがいないのならば、テレビで見る元世界チャンピオンのボクサーの方の喋りを思い浮かべてほしい。蛙飛びでも牧場でもない方だ。ちょっちゅね。
そして服装。なんとタンクトップにホットパンツである。
しかも日焼けしたように健康的な褐色の肌。まったくもってビーチが似合いそうだ。
そして赤い髪…キジムナーというモノをご存じだろうか?
沖縄に住む妖怪で、赤髪の子供の姿をしており、一説によれば座敷童のように仲良くなると福が訪れ、嫌われるとひどい悪戯をされたり最悪家が滅んだりするという。
「アイッ!? うちったら緊張してドワーフ弁が出てしまったさー!恥かさー!」
それらを次々と連想してしまったが最後、もううちなーぐちにしか聞こえなくなった。
「で、殿下?あんし見つめられると恥かさー、ですよ」
そんなことより…。
「単眼少女!?」
「た、タンガン?」
そう。この世界のドワーフは一つ目だったのだ!
モノアイ…キュクロプス、一本ダタラ、アメノマヒトツノカミ…いろいろな伝承に残る一つ目の存在のように顔の真ん中に大きな一つ目が鎮座している。
近年では所謂萌え属性の一つとされることもある…が、多少ニッチと言えなくもない。
そういう意味では、ユーリカと名乗ったこの女性の瞳は深めの茶色で少しの澱みもなく、キラキラと輝いて吸い込まれそうな虹彩をしているから、カテゴライズ的には萌え属性だろうな。
「でん…か…?あ、あ、あ、あの、そんな、み、見ないで…恥かさ…」
「きれいな瞳だな」
「!!!!!」
おや?心なしか瞳孔が開いてきたような。頬も真っ赤だな。
「殿下!そんなに見つめては失礼ですよ!」
おっと。この面会にはネクサス先生にも同席願ったのだった。
「まったく…。殿下は人族以外の人間に出会ったときはいつもこうなんですから」
「あい済みません先生。つい」
「気を付けてください。あれ?でもシーレーン族の方とお会いした時は違いましたね」
「あの御仁は男性でしたから」
「なお悪いですよ!そういえば私と初めて会った時も女性かどうか聞かれましたね」
「先生!そんな昔のことはもういいじゃありませんか!」
先生とそんなやり取りをしている間、ユーリカは瞳孔を開きっぱなしにして硬直していた。
「してユーリカよ。そのいでたちはドワーフの民族衣装か何かか?」
ユーリカを私の私室の椅子に座らせ、質問することにする。
ドワーフの特徴は授業で習ったからな。ここでそのことを聞いては先生の面目が立たんだろう。授業で習っていないことを質問しよう。
授業で習ったのは前世の伝承通り、小柄で鍛冶が得意、でもひげもじゃじゃない、だったな。
「あ、いえー。エルフ大森林より南の地域はドワーフにとってはとても暑い気候だからさー、じゃなかった、暑い気候ですから、このような服装でないと茹ってしまうんさー、しまうんです」
ふむ、なるほど。
極寒の地域に住むドワーフにとっては帝都周辺など灼熱の砂漠も同様か。
だからタンクトップにホットパンツ。
でもその体格でその服装だと海水浴に来た小学生のようだな。
「ふむふむ。失礼だがお歳はいくつかな」
「24…今月で25になりますー」
前言撤回。合法だった。
「ドワーフは鍛冶が得意と聞くが、ガラス工芸もできるのかね?」
「はいー。鍛冶というかー、モノづくりの仕事は全般的にやってますー。殿下が細工職人をお探しとのことでー細工物を得手としているうちが派遣されたんさー…されたんです」
「ふむ。ガラス工芸は高温の炉を相手にするが、その大きい瞳では危険ではないのかね?」
「それはですねー、うちらドワーフには中目蓋という器官があるんさー、です」
「ウチマブヤー?」
「中目蓋さー。これさー、です」
ユーリカが一度まばたきをした…ように見えたが、どうやら眼球に透明なカバーのようなものが被さったようだ。
なるほど、爬虫類のように目蓋が透明なのだな。
ユーリカは自分の目を指でコンコンと叩いた。
本人は平気そうだが、見てるこっちが目を瞬いてしまった。
「これは爪くらいの強度があるんさー。多少の火の粉くらいだったらなんでもないさー」
…そこは『なんくるないさー』と言ってほしかった。
いかん。そういえば私の勝手な脳内翻訳だったんだっけ。
「この中目蓋には眼球の保護以外にも機能があるんさー、です。これをおろすと小さいものが大きく見えるんさー、じゃない、見えるんです」
「なんと!それは好都合!ドワーフのそなたが来てくれて助かった!」
これは思わぬ収穫だな!これから作ろうとしているアレの理論の説明の手間が省ける。
「…殿下はエルデン様の言ってた通りのお方なのですね。この話をドワーフ以外の方に説明しても理解してもらえないことが多いのに、一言だけでご理解なされるとは」
「エルデン卿が?」
「はい。宮廷に名の知れた天才だと」
「よせよせ。私がちょっと変わっているから天才などと大それたことを言って内心バカにしておるのだ。皮肉というやつよ」
ユーリカと先生が二人して「そんなことは!」とか言ってるが、宮廷の連中は皆お貴族様&お役人様なのだから皮肉の一つや二つ日常茶飯事だろうに。
「あとユーリカよ。無理に帝国語の発音に合わせなくてよいぞ。お国言葉は大切な文化の一つだからな」
方言というものはなかなかに魅力がある。無理に標準語に合わせて廃れさせるのも惜しいしな。
と、軽い気持ちで言ったのだが、二人とも衝撃を受けたような顔をしている。どこぞの味の王様か。
「そんなこと言われたのは殿下が初めてさー!みんな訛ってるとバカにするもんなのにさー!」
あれ?そうなの?
帝国は多民族国家なのに変なところで遅れているのだな。
先生もしきりに頷いているのはなぜだ。
仕切りなおして質問の続きをしよう。
「ユーリカよ。ドワーフのそなたが帝都で職人をしているのはなぜだ?今まで帝都でドワーフに出会ったことはなかったが…」
「ドワーフは皆暑さに弱いからさー、南のほうにはあまりこないさー。帝都にはうちを含めて5人しかいないさー。うちらが帝都に来たのは魔導具造りを勉強しにきたんさ。ドワーフはモノづくりが得意とはいえ、やっぱり魔導具に関しては帝都のほうが上さー」
ほうほう。帝都から出たことがないのでわからなかったが、ドワーフが学びに来るなんて帝都は魔導具造りの本場だったのだな。
確かに照明から冷蔵庫、エアサス馬車、子供のおもちゃに至るまで魔導具が普及しているものな。
しかし広い帝都に5人しかいないとは。出会わないはずだ。
「少し腕前を見せていただきたいのだが、作品はあるかね?」
「そうおっしゃられると思って、身に着けてきたさー!急のお召しだったから、派手なのは用意できませんでしたがー」
そういってユーリカは身に着けていた腕輪を外して差し出してきた。
ふむ…ガラス球の数珠か。
私が手に取って見分しだすと、ユーリカは緊張の面持ちで唾を飲み込んだ。
無色透明なもの、中に色の入った琉球ガラスのようなもの、わざと泡を入れて模様にしたもの、トンボ玉のように玉虫色のマーブル模様のもの…それらすべてが真球に形作られ、真ん中に穴をあけて紐で通している。
これを見るにガラスの成形、研磨は一角のものだな。
「うむ!よくできている!これならば私の依頼にも十分答えてくれよう!」
それを聞いたユーリカはパっと破顔し、目を輝かせた。
「皇太子殿下直々にご依頼いただけるとは光栄の至り!誠心誠意この身を賭して必ずや殿下に満足いただけるものを御造りいたします!」
クックック。言ったな。
「して、御造りするのは装身具ですか?置物ですか?」
まぁ細工職人が皇族に呼ばれたらそういうものを連想するだろうな。
だが私は普通の皇族ではない。皇族自体もそのうち辞めるつもりだしな。
「そう慌てるなユーリカよ。実は私専用の工房を拵えたのだ。他の職人を呼んだことはないからそなたが一番乗りだぞ」
そう。実は職人を呼ぶ前から工房を作らせておいたのだ。後宮の裏手にな。
しかも皇太子権限をフルに乱用…もとい活用した最高品質の工房だ。
一流の細工道具はもちろんのこと、土魔法と火魔石をふんだんに使った高温炉つきだ。
「せ、専用の工房さー!?夢みたいさー!」
「原料も用意してある。ドワーフ自治州から取り寄せた最高品質の珪砂だ!さ、案内しよう」
スキップしそうなほどワクワク感を振りまいているユーリカを従え工房へ向かう。まさに3倍わくわく。
しかし慣れてくると一つ目娘も違和感がなくなってきたな。
考えてみると理にかなっているのかもしれん。
ドワーフが小柄なのは、寒冷地にすむ人や動物が体を小さく進化させて表面積を減らして失う熱を抑えていることと同じだろう。
そして肌が褐色に焼けているのはおそらく雪焼け。
暑さに弱いのは、体が熱を発しやすい体質だからで、これは前世の世界のイヌイットの人々にもみられる傾向だ。
キュクロプスも一本ダタラもアメノマヒトツノカミも鍛冶にかかわりの深い存在で、キジムナーもまた火に関連性がある妖怪だと言われている。
そう考えればドワーフ=鍛冶=一本ダタラなど、という構図が成り立たなくもないしな。
「ここが専用工房だ。ガラス工芸はこっちのブースで行ってくれ。高温炉の使い方はわかるな」
「ひろぉい… しかもこんな立派な工房を使えるなんて!」
「あそこに見える最奥の扉が宿舎につながっている。泊まり込みで作業できるぞ。もちろんバス・トイレ完備だ!」
ちなみにこの世界のトイレは汚物層に土魔石が仕込まれており、堆肥にしてくれる。
前世のおがくずトイレに近いかな。その堆肥は下肥問屋が買い取ってくれるのだ。
「す、すごい!もうここで暮らせちゃうじゃないですか!」
「うむ!だから目的のモノができるまで生きては返さんぞ! …あとこれ、図面な」
「…………え゛」
残念ながら、異世界に労働基準法はないのだ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「で、殿下ぁ… 出来たさー」
「よし!どれどれ…」
私は出来上がったソレをマグライトで照らしてみた。
ちなみにマグライトといっても金属の筒に光魔石をはめ込んだだけだが、私の魔力ならかなりの光量が出せる。
「む!像が歪んでいるぞ!焦点が合っていない!これじゃダメだな」
容赦なくソレを失敗品用の壺に投げ込む。
カシャンと音を立てた壺の中には無数の円盤状のガラスが入っている。
そう。私が作ろうとしているのは『レンズ』だ。
このレンズ、まぁこのままでも十分に便利な品物だが、これは後々私がやろうとしているプロジェクトに必要なものなのだ。いわば明日への布石だな。
壺の中の失敗品はまた溶かして使うのだ。ガラスはここが便利だな。
しかし、歪みのない真球が作れるのにレンズが作れないはずはない。
コツさえつかめばすんなりいく気がするのだが。
「あ、暑さんー… 殿下ぁ、もう許してー」
暑さに弱いドワーフのユーリカは工房の暑さに中てられてぐったりしている。
今が冬じゃなかったらヤバかったかもしれんな。
「何を言う。図面はもう頭に入っているのだろう?あとはそなたの中目蓋の構造をよく思い浮かべるのだ。…しかし、あまり根を詰めすぎてもよくない。シャワーをあびてすっきりしてくるがいい。魔導師団の団員に頼んでキンキンの冷水が出るように改造してもらったからな」
ユーリカは「あいー…」と言いながら宿舎のほうへ向かっていった。
「あ!ユーリカよ!昼飯を買ってきてやろう。何が食いたい?」
「…お肉、食べたいー」
「帝国人なら魚を食え!…と言いたいところだが、そなたは頑張っているからな。うまい肉料理を買ってきてやろう」
今度こそユーリカは宿舎へ入っていった。
よし。鬼熊亭で店主にお願いしてテイクアウトにしてもらうか。
ついでにヴィオレッタもテイクアウトにできればいいんだがな。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
眠い目をこすりながら朝イチで工房へやってきたのだが。
「で、出来た!うちにも出来た!うひゃひゃひゃは!」
いかん。ユーリカが壊れてしまった。
まあいい、モノさえ作ってくれるなら文句はない。
さっそく出来上がったものを見てみると…これは!
歪みもなく、ちゃんと図面の文字を拡大できる!
しかも何枚かあるな…図面に書き上げたすべてのタイプのレンズができたのか!
「でかしたぞユーリカ!やはり私の見込んだ通り一流の職人だな!」
1週間かかってしまったが、その分喜びもひとしおだ。
奇妙な踊りを踊っているユーリカをねぎらってやらねばな。
「うひゃ!?で、殿下!?急に抱き着かなッ、う、うち汗かいてッ!?」
ククク、愛いやつめ。
「あひぃん!?」
「おや?その様子では目的のモノは完成したようですね。どれどれ」
工房に直接出仕してきた先生が作業台に乗せてあったレンズの一枚を手に取り、覗き込んだ。
「こ、これは…!!!」
そのレンズは中心にいくにしたがって膨らんでいる、所謂凸レンズで…
「見やすい!!」
先生の老眼が判明した瞬間だった。
まぁ美形エルフでも人間で言ったら40代半ばなわけで。
その後、ユーリカに銀細工で眼鏡のつるを作ってもらい、先生は眼鏡キャラになったのだった。
以前、この世界の発展は歪だなんだと思ったことがあったが、前世の世界でもレンズの存在は古代エジプトから知られていたにもかかわらず、眼鏡の発明は西暦1300年頃。2000年近くかかっている。
異世界のことは笑えんな。こっちは魔法で2000年をすっ飛ばせるのだから。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「ユーリカよ!この一週間よく頑張った!見事依頼の品を完成させたこと、大変うれしく思う!」
「はっ!」
「そこで品代と工賃のほかに、特別に報酬を与えよう!」
「ありがたき幸せにございます!」
ユーリカは大きな一つ目をウルウルさせている。
帝国の皇太子を満足させる品を作り上げたのだ。職人としての名は国中に知れ渡るだろう。
衛兵に手で合図し、大きな木箱をユーリカの前まで運ばせた。
屈強な衛兵4人がかりで運んだそれを工房の床に置くとズゥン!といかにも重量のある音が響いた。
「よし。開けろ!」
衛兵が箱を開けるのをキラキラした瞳で見ていたユーリカだが。
箱の中身をみると一瞬にして目が曇った。
「で、殿下?この大量の茶色がかった白い石は一体…?」
「うむ!次の依頼品の材料…のひとつである!」
ユーリカは白目をむいて倒れた。
一つ目の白目ってコワイ…!
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「おおおおおおお許しください殿下ァ!死む!死んじゃいますゥゥゥゥ!!」
ユーリカは半泣き…を通り越してマジ泣きに入りかけていた。
目が大きいと落涙もハンパないな。
「まぁそう大声を出すな。…そうだなぁ、もしそなたが皇室御用達の栄誉を独占しないというなら他の職人に手伝ってもらってもよいのだが…な」
思案するふりしてチラチラとユーリカを見ながらそう嘯いてみる。
「で、でも…職人仲間を巻き込むわけには…ドワーフのうちを受け入れてくれた大切な…」
「あいわかった!その意気や良し!次の依頼もユーリカ一人に頼むことに…」
「連れてきますうゥゥゥゥゥゥ!!!」
ユーリカは逃げるように駆け出して行った。
「次は木工メインだからなー! 木工職人を頼むぞー!あと鋳物職人もなー!」
さて、どんな職人が来るのやら。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
二日後、ユーリカが数人の職人を連れて工房へ戻ってきた。
「おおユーリカよ!よくぞ戻った!大儀であるぞ!」
ユーリカは「はっ!」と返事をしながらもどこかホッとした雰囲気をまとっている。
きっと昨日は帝都中を駆け回って、来てくれる職人を探してきたのだろうな。
「先日は職人を連れて来れば手伝いをしてもらうと言ったが、あれはウソだ」
ユーリカは泡を吹いて倒れた。
「お、おいユーリカ!卒倒してんじゃねぇ!こっちは宮廷での仕事なんて聞いてねえんだぞ!?」
「兄ちゃん!皇太子殿下の御前だよ!」
「お前こそ落ち着けぇ。殿下に名乗るのが先だろぉがよぉ」
ユーリカが連れてきた職人は7人。
威勢のいいブラウンの短髪の青年、少し気弱そうなブラウン髪とそばかすの青年、ごま塩頭を短く刈り込んだいかにも親方風の矍鑠とした老人男性とその弟子っぽい4人組だ。
「俺ぁドラウデン。木工屋だぁ。後ろの4人は俺の弟子だ。よろしく頼まぁ」
親方風の老爺は木工職人か。人数が多いのは助かるな。
「オレはシャイン・ギャレッジ!鋳造職人を生業としてる!きっとご期待に添えますぜ!」
「僕はライン・ギャレッジ。兄と一緒に鋳造職人をしてます。よろしくお願いします」
短髪とそばかすは兄弟か。兄貴は威勢がいい割には変にはねっかえってないな、まぁ職人も客商売ということか。
うーん、めんどくさいから親方とギャレッジ兄・弟でいいか。
「うむ。私は皇帝陛下が第1子、ネレウスである。以後よしなに頼む」
「さっそくだがよぉ殿下、さっきユーリカを沈めたひと言、ありゃどういうことだい?俺らぁユーリカの手伝いって聞いて来たんだがよぉ」
「うむ。思ったより人数がそろったのでな。それぞれ専門ごとに違う依頼を出すことにしたのだ。無論、報酬は弾むぞ」
「そいつぁ助かりますぜ!ユーリカからも稼ぎだけはいい仕事だって聞いてきましたんでね」
ギャレッジ兄は鼻息をフンスと出して息巻いている。
ああ…稼ぎ『だけ』はいいぞ。ククク。
工房中央の、ミーティングデスクとして用意した大きな円卓型作業台に皆を着かせた。
ユーリカは…そっとしておこう。
「では早速依頼の打ち合わせに入ろう。まずはギャレッジ兄弟よ、そなたらの鋳造の方式はどのようなものか?」
「はい。僕たちは砂型よりも石膏型を得意としておりまして、まず蝋で原形を作り、その周りを僕の土属性魔法で固めて鋳型とします」
ほう。ギャレッジ弟は土属性魔法の使い手か。
「うむ。それは心強い。私の用意した図面がそのまま使えそうだな」
そう言って図面をそれぞれに渡す。
「こちらの図面が木工組、そしてこちらが鋳造組だ。素人の手習いで済まぬが」
「これを殿下が手ずから?こりゃぁてぇしたもんだ。ちゃんと使えますぜ」
ふふん、ネクサス先生の授業が生きたな。
苦手な算術を頑張った甲斐があった。あとデカルトくんもありがとう。
XYZは掃除屋を呼ぶだけではなかったな。
「これは…印章? 印章を鋳造で作るのですか?普通木材か動物や魔物の角とかで作るのでは?」
鋳造職人のギャレッジ弟は首をひねっているな。無理もない。
印章…つまり印鑑を鋳造で作ったら重たいだけだろうしな。
あとサラッと魔物とか言わないでほしい。やんごとない皇太子殿下は魔物に関わりたくないのだよ。
「それは印章として使うわけではないからな。図柄も一文字だけだろう?」
「一文字だけの印章?じゃあまさか…」
「ククク。そのまさかだ。96文字と記号と数字…合わせて120は作ってもらうぞ」
帝国語の文字は96文字だ。なんの因果かは知らないが、平仮名と片仮名を合わせた数と同じくらい。
アルファベットよりは多いが、漢字がないだけだいぶマシと言えるだろう。
「お、おいライン!図面の寸法を見てみろ!」
「え?…………殿下、これ、数字合ってますか?」
「うむ。合っているぞ。それは10倍に大きく描いてあるからな」
「てことは…実寸はコレの10分の1!?ちっちぇえ!」
「コレの原型を作るのは骨ですね…」
「そこでコレを使うのだ!」
ビカビカビカーン!と青狸が道具を取り出す音を脳内で再生しながらルーペを取り出す。
もちろん先日ユーリカに作らせたレンズを使ったものだ。あの後、先生の老視鏡のつると一緒にルーペの持ち手も作っておいた。ちゃんとルーペ台もある。
一応この世界ではこれも発明になるから、青狸より発明家の小学生のほうの音がいいか。
先人の知恵を拝借したところも同じだし。
テーッテレーッテテレレレ ドゥッドン!
「殿下?なぜ2回取り出したのですか?」
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「こりゃすげぇ!モノの細かいとこまでくっきりだ!」
「ほぉ!これで弟子に図面の細けぇとこを読んでもらわずに済むな」
ギャレッジ兄と親方は感心しきりだが、ギャレッジ弟は口の端を引き攣らせている。
おそらく原型作りは弟の担当なのだろう。南無三。
「親方にはこれも渡しておこう。ここのところを耳にかけて…」
ユーリカに老視鏡をいくつか作らせておいてよかったな。あのときはレンズが完成して変なテンションになってたから唆しやすかったし。
「こりゃ見やしぃや!これ、殿下が発明したのかぁ?」
「ふっふっふっふ… 何を隠そうこの『眼鏡』と『拡大鏡』を発明したのは」
私は声高らかに宣言する!
「そこのユーリカだああああぁぁぁぁぁ!」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
工房の床に転がっていたユーリカがガバッと飛び起きた。
倒れててくれたほうが都合がよかったのだが。
「え?ちょ?殿下?え?」
「彼女はいつも考えていたことがあってな…それは恩返しだ。ドワーフの自分を受け入れてくれた職人たちに何か恩返しができないか、と…。そして思いついたのだ!ドワーフがモノづくりを得意とする理由のひとつ、モノを拡大して見ることができる中目蓋!これを何とかして皆にも使ってもらえないかと!努力と挫折を繰り返し、ついに自分が得意とするガラス工芸を駆使して中目蓋を人工的に作り出すことに成功したのだ!」
捏造してみた。BGMはもちろん計画×。旅はまだ終わらない方だ。
「えっ!?ち、違ッ!?いや、恩返ししたいのは本当だけど!でもそうじゃなくて!」
「ユーリカが は つ め い し た の だ よ な !」
にっこり笑って一字一句丁寧に確認して差し上げた。
「……………はい、私が発明しました…」
なにやら自首したみたいな声色になってしまったが、わかってくれたようだ。
工房はしばし沈黙に包まれたが、やがて親方が咳払いを一つして言った。
「ユーリカがそんな風に思ってくれてたとはなぁ。俺ぁ嬉しいぜ。この眼鏡とやら、有難ぁく頂戴するぜぇ」
やはり年の功か、親方は理解が早くて助かるな。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
気を取り直した親方は弟子衆と一緒に木工組用の図面に目を通した。
鼻にチョンとかけた老視鏡をすでに使いこなしているようだな。
「ははぁん。分かったぞ。3枚目の図面のこれぁ、そっちの鋳造で作ったヤツをしまう棚だな。そしてこっちのヤツぁ圧搾機、んでこっちは…水槽かぁ?それと枠付きの日よけ?それに斜めにしただけの板、かぁ?」
圧搾機はあるのか。助かるな。そういえば旧都のほうはサトウキビの生産が盛んであったか。
サトウキビから砂糖を作るのに圧搾機は必要だものな。
「うむ。概ねその認識でよい。木材は工房の裏手、金釘やらは向こうの木箱に入っているからな。必要なものがあったらすぐに言ってくれ。用意させよう」
「あいよぉ。まぁ金物は鋳造屋に頼めば大体問題ないだろぉ」
「それと、アレの世話も頼むぞ」
そう言って私はユーリカを指差した。
かろうじて円卓についてはいるが、心はお散歩中のようだ。時々「殿下にはもう逆らいませぇん…」とかぶつぶつ言ってるし。
「職人としてはしばらく使い物にならんかもしれんから、とりあえずこの石を砕いて石臼で挽いて粉にする作業をさせておいてくれ」
わきの木箱から取り出した白い石を円卓にごろりと転がした。
そう、ユーリカに褒美として渡した茶色がかった白い石だ。
「なんだこりゃあ!岩塩みたいだけどよ!」
ギャレッジ兄が白い石をつっついている。
「こりゃあ『塩もどき』じゃねぇかぁ」
「塩もどき?」
親方は知っているようだな。
聞き返したところを見ると、ギャレッジ弟も知らないか。
「塩もどきはなぁ、岩塩鉱山で出てくる、塩みたいだけど塩じゃない石でなぁ。岩塩屋の間じゃあハズレってんで嫌われてるのさぁ」
岩塩が採れるということは、絶対あるに違いないと思って商人に探させたらすぐに見つかった。
この白い石は岩塩鉱山で出るとその辺に打ち捨てられているらしい。なんてもったいない!
タダ同然のこれを買い取ったとき、商人はずいぶん黒い笑顔をしていたが。
「この石はな、トロナといってとても便利なものなのだぞ。まったく、これを知らないとはこのせか…国は石鹸はどうしているのだ」
トロナは所謂天然重曹だ。前世の世界では古代から石鹸・洗剤や薬の材料として重宝されていたのだが。
「石鹸?石鹸は石鹸の木に生るに決まってるじゃないか!」
この国の石鹸は木に生るのだった…これだからファンタジーは…と、思いきや、これは前世の世界にもあったのだった。
ソープナッツやリタ、ムクロジと呼ばれる木で、現在の私もこれに花の香油を練りこんだものを愛用している。
無論、石鹸の実も香油も皇室御用達の最高級品だが。
必要は発明の母とはよく言ったものだ。必要がないなら発明も生まれない。
「化膿止めにも…」
「治癒魔法じゃダメなのですか?」
…………これだからファンタジーは!
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「と、ともかく!トロナを粉にさせておいてくれ。その時は中目蓋を必ず下させておくようにな」
よし。これで職人たちが道具を作ってくれれば、工房は形になるな。
「よーし!今日から『ユーリカ工房』、本格始動だぞ!」
ガンッ!っと音がしたかと思ったら、ユーリカが円卓に頭をぶつけていた。
「ユーリカよ。逃げたら帝国中に手配書が回ることになるから、そのつもりでな」
ユーリカはピクリとも動かなかくなった。