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ある皇太子の逡巡  作者: ねぎまんぢう
第1章 0~10歳編
4/27

第4話 ある魔導師の期待





私が帝都の移り住んだのは先々代、3代皇帝の御世でした。


エルフ大森林がベルフィルド帝国に編入されてから数年後のことです。

当時は私も若かったですから、外の世界に漠然としたあこがれがありました。


大森林を出ることを長老会に申し出たときは、てっきり反対されるものだとばかり思っていましたが、拍子抜けするほどに話はすんなり通りました。

その上、長老会連名の紹介状まで出していただけたのです。


帝国への編入が無血で行われたとはいえ、エルフと人族の暮らしには大きな隔たりがあります。

私を友好の使者としたかったのか、調査の為の間者にしたかったのか…。

当時の長老会の考えは今でもわかりません。





エルフは人族にあまり好かれていません。

宿を取るにも、住まいを手に入れるにも苦労するでしょう。

そのため、紹介状は渡りに船でした。その真意がどうであろうとも。



紹介状があれば住まい探し、仕事探しの仲介をしてもらえる。

そう考えていましたが…現実はそうはいきませんでした。















紹介状を宮廷の衛兵に見せると、あれよあれよという間に皇帝陛下に謁見することに。


拝謁した皇帝陛下は私のことをべた褒め。

展開についていけていない私の顔は盛大に引き攣っていたことでしょう。


おそらく紹介状の内容が私の想像していたものとは違っていたのでしょう。

封蝋がしてあったので中は改めませんでしたが、今にして思えば無理にでも中を見ておくべきでした。


皇帝陛下のお話に曖昧に頷いていたら、いつの間にやら宮廷魔導師団に入団することに。

この話を当代の皇太子殿下に話したところ、


「ユウドージンモンですね。わかります」


とおっしゃられていましたが、ユウドージンモンとはいったい…?

殿下が言うにはそれを駆使して3代皇帝は『外交帝』と称されるまでになったのではないか、と。

皇帝家に伝わる奥義か何かなのでしょうか…。




宮廷魔導師団にはなぜか上級貴族待遇で迎えられました。

何でも皇帝陛下の鶴の一声があったのだとか。

しかし、いきなりエルフが高待遇の鳴り物入りでやってくれば現場はいい顔はしません。

なまじエルフの高魔力があるせいで新入りなのに実力者。

訓練で魔法を披露すれば嫉妬され、謙遜すれば嫌味ととられ…。

針のむしろでした。


エルフは気難し屋とのイメージがありますし、皇帝陛下の折り紙つきの私の機嫌を損なわないためか、直接何かされたり言われたりしたことはありませんが、陰口や嫌な視線はいつも付きまとっていました。

エルフ訛りが抜けきっていなかった私は、話の輪に入っていくこともできませんでしたし。




しかし、やはり見ていてくれる人はいるもので。それは人族もエルフも変わりませんでした。

私がイメージ通りのエルフではないと徐々に分かると、私を認めてくれる同僚が出てきたのです。

それはとてもうれしいことでした。

後輩たちも最初は怪訝な目で見ていましたが、エルフ式の魔法鍛練法を受け入れるとめきめき実力をつけ、私を慕ってくれるようになっていきました。





そして、大きな転換期が訪れました。

突然のドラゴン襲来。

霊峰より飛来したドラゴンは通過した属州に甚大な被害をもたらし、各地の領主軍を蹴散らしながら帝都の北にまで迫りました。


それを討つ為、皇帝陛下は宮廷騎士団・魔道師団を率いてご出陣。


辛くもドラゴンの右腕と尾を切り落とすことに成功したものの、騎士団、魔道師団ともに大きな損害を被り、陛下は戦死。

私も従軍していましたが、それは惨憺たる有様でした。

数人の同僚たちも、多くの後輩たちも失いました。



ドラゴンも打ち取ることができずに逃がしてしまいました。

数か月後にドワーフ自治区から、右腕と尾のないドラゴンの死骸が発見されたとの報を聞いたときは心底ほっとしました。

おそらく、霊峰へ逃げ帰る途中で失血によって息絶えたのでしょう。



ちなみにその時のドラゴンの右腕は宮廷の錦秋殿・謁見の間の皇帝玉座の後ろに剥製にして飾られています。





そのあとも大変でした。

なにせ皇帝陛下が突然の崩御。国を揺るがす大事件です。

しかも騎士団や魔道師団の再編もしなければなりません。

むざむざ皇帝陛下を死なせてしまった騎士団長の更迭は免れませんし、魔道師団長も戦死なされました。




そのごたごたの中、なんと私に魔道師団長のお鉢が回ってきたのです。


順当ならば副団長が昇進なされるところですが、副団長はドラゴンのブレスにやられた怪我の具合が芳しくなく、引退なされるそうです。

その時私は大隊長職についていたのですが、他の大隊長であった同僚たちがみな私を推したのです。

私を嫌っていた幹部の方々がお年を召されて引退なさったり、ドラゴン襲撃の際に亡くなられたりしたことも要因の一つだったのでしょう。

後輩たちもそれを支持してくれて、私は団長を引き継ぐことになりました。

団長になれることよりも、エルフの私を信頼してくれた皆の気持ちがなにより嬉しかったのです。




それからの私は必死でした。

宮廷では皇帝陛下の国葬が執り行われましたが、皇帝の棺に取りすがって泣く后妃様方と皇子皇女様方をよそに、大臣たちはこれを機に実権を握ろうとギラギラした目つきを隠そうともしていませんでした。



当時の第1皇子が暗殺されたのはそれから数か月後。

女好きで子沢山の3代皇帝の血を色濃く継いだ第1皇子は、遊女に化けた暗殺者に殺されたそうです。

父親の葬儀から間もない時期に偽遊女とそういうことになったことに関しては私は何も言いません。




第1皇子暗殺を受け、有力貴族たちは自分の領地で后妃様と皇子皇女様を匿うと次々に言い出したのです。

皇子様方の後ろ盾になり、将来実権を握ろうという下心が見え見えでした。

ですが、そうして皇族方が散り散りになっていく中、2歳になったばかりの末の皇子様だけが取り残されていたのです。


この皇子様のお母上は既にお亡くなりになっていて、その上最年少でしたから皇位継承の可能性は限りなく低いと思われたのでしょう。

幸いまだ誰の手にも落ちていなかったので、私が元同僚の大隊長たちとともに保護することにしました。

帝都から遠く離れたエルフ大森林なら、帝都の権力争いにもこれ以上巻き込まれずに済むでしょう。

そう思って故郷の伝手を頼り、里に引き取ってもらいました。

大臣たちに気付かれないように気を使いましたが、いなくなった事をどの大臣も咎めなかったので、杞憂だったかもしれませんね。




しかし、私が大森林から戻った時には大勢は決していたのです。

有力大臣の一人が、えーっと…何番目かは忘れましたが、ある皇子を帝位につけたのです。

大臣の名は…ネレウス皇太子殿下が「トータクみたいなやつだな」とおっしゃられていたので、仮にトータク大臣としましょう。


トータク大臣は4代皇帝が病弱であるとして後宮に押しこめ、自分が政治の実権を握りました。

病弱だってんなら帝位につけるなよ他にも皇子いっぱいいるだろ、と言ったある大臣の首と胴体は永遠にサヨウナラしました。


そこから先は汚職、賄賂は言わずもがな。

重税、恐喝、誘拐、暗殺…。トータク大臣の悪事はきりがないので詳しくは省きます。



我が魔道師団にもその魔手は及ぼうとしました。

武威はあっても政治的発言力のない騎士団・魔道師団はとにかくトータク大臣との距離を開けることに腐心しました。

理不尽な出動要請はもちろんボイコットしましたが、皇帝陛下の勅命であると言われれば、民を虐げる行為を止めることはできませんでした。宮仕えのつらいところです。


私は騎士団長と協力し、隙あらば団内に潜り込もうとするトータク大臣の手のものを摘発し、奴らに感化されないように綱紀粛正に努めました。



トータク大臣の専横は12年にわたりました。

騎士団・魔導師団は奴の支配に抵抗し続けましたが、それももう限界に達しようとしていました。

騎士団長が無実の罪で処刑されたのです。

すぐさまトータク大臣の息のかかった輩に挿げ替えられました。

騎士団はトータク大臣の手に落ちたのです。



しかし、我々もただ手をこまねいていたわけではありません。

数年前より、帝国の凋落を憂いていた方がおられたのです。

12年前、エルフ大森林に匿った末の皇子です。



帝国の惨状を伝え聞いた皇子は義憤に駆られ、各地に檄文を飛ばしていたのです。

私のもとにも文は届きました。

争いに巻き込まれないように逃がした皇子が起つことには複雑な思いでしたが、同時に嬉しくもありました。あの幼子がこんなにも成長したのか、と。



エルフ大森林より起った皇子は属州で元属州総督の勢力と合流。

彼らは属州出身者で、中央より送り込まれたトータク大臣の手下に取って代わられていました。


皇子はそのまま南進し、トータク派に割を食っていた中小領主たちと合流。

その中小領主たちの領地を通り、帝都へなだれ込みました。

そこで我々宮廷魔導師団と合流。私と皇子は12年ぶりに再会したのです。


帝都の臣民たちは皇子を大歓迎。

トータク大臣は海路で旧都へ落ち延びようとしましたが、皇子と内応していたシーレーン族に海上封鎖され断念。宮廷へ立てこもりました。


しかし、トータク大臣に毒された宮廷騎士団はただのゴロツキも同然。

正規の騎士団員たちは団長の仇とばかりに皇子につき、大臣に送り込まれた団員たちの中には、大臣を見限って逃げる者も出ました。

こうなれば利のある籠城側も長くはもちませんでした。


そして皇子はトータク大臣を誅殺。

帝国を取り戻したのです。





荒れ果てた帝国が威信を取り戻し、復興が一段落するのにかかったのは16年ほど。

長いようですが、驚異的な早さです。国を救った英雄である5代皇帝のもとでの復興でしたから、士気が高かったのです。

おりしもその年、待望の皇太子がお生まれになりました。





△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽





その皇太子殿下が御年4歳になられ、教育係をつける時期になりましたが、教育係が殿下に与える影響を大きく見た大臣たちは、第二のトータク大臣が生まれることを(おそ)れ、牽制し合ってなかなか結論が出ませんでした。


そこで私が教育係に立候補したのです。

帝国奪還戦で共に戦った元同僚たちは既に引退していましたし、後進も育ちました。

ちょうどいい機会でした。殿下の教育係を最後の仕事として、私も魔導師団を引退することにしたのです。








△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽












1年間殿下の教育係として授業を行いました。

殿下はとても聡明なお方です。

乾いた土が水を吸うように知識を我が物としていきました。

まだまだ遊びたい盛りでしょうに文句の一つも言わずに授業に臨まれています。

まるで使命感に駆られているように熱心です。

このお歳から次期皇帝として国を率いていく覚悟が芽生えておられるのでしょうか。

きっと素晴らしい皇帝となられるでしょう。今から楽しみですね。


ご本人がおっしゃられていた通り、地理、歴史、そして魔法の授業は特に熱心です。

算術は苦手なようですが。



殿下は魔法をお使いになるのをとても楽しみにしておられます。

しかし、魔力回路の成長痛がいまだ訪れていないのです。これでは魔法はまだ無理でしょう。

ですが、殿下はこれまで授業を一日もさぼらずに受けてこられました。

ご褒美というわけではないですが、少し手助けをしてさしあげましょう。








△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽






というわけで、助っ人を呼び寄せました。


「お初に御目文字いたします殿下。拙僧は精霊教会で司祭長をしております、アイシャでございます」


助っ人として招聘した司祭長殿を、殿下のお部屋にてお引き合わせしました。

彼女は帝都教区の若き俊英。きっと殿下のお力になってくださるでしょう。





「ネコミミショウジョ…!」





殿下はサファイアより深い蒼色の目をキラキラさせながら司祭長殿の耳を凝視しておられました。

驚いているのか、意味の分からない奇声までつけながら。


彼女は虎族のご出身ですから、挨拶のために僧帽を外せば耳が見えます。

殿下はケモナ系の方にお会いになるのは初めてのご様子。

あまりに熱心に見つめられたせいか、司祭長殿の耳はせわしなく動いておられます。

それを見た殿下の目がさらに輝くと、司祭長殿は顔を赤くしながら僧帽をかぶられました。


ふふふ、初めて殿下と私がお会いした時を思い出しますね。

あの時もエルフに初めて出会った殿下は目を輝かせておられましたっけ。

部屋の隅に控えている侍女の方がニコニコしておられるところまで同じですね。




微笑ましい気持ちになりましたが、教育係としては見過ごせませんね。


「殿下、初対面で失礼ですよ」


そう注意すると、殿下ははっとして居住まいを正されました。



「これは失礼した。私はネレウス。よしなにお願い致す」


そう言って殿下は頭を下げられました。

皇族としてはむやみに頭を下げることは問題なのですが、殿下はまるで長年の習慣のように自然に頭を下げられます。

何度注意しても治らないので、今ではこれも殿下らしさかと思うようになり、注意するのを止めました。


「そ、そんな! お顔をお上げください!拙僧にはもったいのうございます!」


うろたえる司祭長殿。

先ほど赤くなっていた顔は、さらに赤くなってしまわれました。









初対面からしばらく。

殿下は司祭長殿から熱心に精霊教の教義をお聞きになっておられます。

本当に殿下は勉強熱心でいらっしゃる。

それに免じて、時折視線が司祭長殿の僧帽のほうに行っていることには目を瞑りましょう。

きっとまた耳が見たいのですね。





さて、お二人が打ち解けられ、場の空気が和やかになったところで本題に入りましょう。



「司祭長殿、そろそろ例のものをお願いします」


「はい。承知いたしましてございます」


司祭長殿は侍女に預けていたカバンを受け取ると、中から両手に乗るくらいの箱を取り出し、さらにその中から白い球状の石を取り出しました。


これは光魔石。

部屋の照明に使われるものと同じですが、これは純度が違います。


高純度の光魔石は治癒魔法に使用します。

高純度でこれほどの大きさのものはとても貴重で、帝都でも精霊教会に収められているこれだけ。


さて、これをどうするのかと言えば。

光魔石は魔力の親和性が高く、他の属性の魔石より魔力を通しやすい性質があります。

その性質があるからこそ、魔力が低い人でも魔力を通すことができ、光魔石照明が普及する一助にもなっています。

ここまでの高純度なら魔力親和性は最高峰。成長痛前の微々たる魔力でも通るでしょう。


そうして少し無理に魔力を引き出し、魔力循環を促すのです。

そうすれば成長痛を誘発することができるでしょう。


超高純度光魔石の貴重さから、こんな手段を用いれるのは皇太子であられる殿下だけですがね。










殿下には絨毯の上に座っていただき、両手で光魔石を抱くように持っていただきます。

大人の手でも両手を皿にしてやっと持てるほどの大きさなので、御年5歳の殿下が持てばまるで玉に抱きついているようですね。



「さて殿下。エルフ式の魔力鍛練法は覚えていますか?」


「はい先生。座学で習ったあのザゼンみたいなものですよね」


「ザゼンが何かは分かりませんが…瞑想によって集中力を高める手法です。瞑想の仕方は少し説明しづらいのですが」


「精霊様に祈りを捧げるときに似ている感じでございましょう」


司祭長殿が助け船を出してくれました。

エルフ式魔力鍛練法をご存知とは、流石帝都教区の才媛。



殿下は少し考え込むようになさると、こうおっしゃられました。


「集中するために、すこし独り言を言ってもよろしいでしょうか?」


「いいですよ。集中する方法は人それぞれですからね」




すると殿下は目を瞑り、不思議な独り言をつぶやき始めました。






「ブッセツマカハンニャーハーラーミッターシンギョーカンジーザイボーサーツー」


珍妙な響きの独り言ですね…歌のようですが。



「ショーケンゴーウンカイクードーイッサイクーヤクシャーリシシキフーイークー」


となりの司祭長殿も不思議そうな顔をしていらっしゃいます。

殿下は目を瞑ったまま独り言を続けていきました。



「クーフーイーシキシキソクゼークークーソクゼーシキジューソーギョーヤクブー」


しばらくすると、殿下に抱えられた光魔石が淡く光りだしました。

試みは成功したようですね。一安心です。


「ニョーゼーシャーリシゼーショーホーク-ソーフーショウフーメツフクフージョー」


淡かった魔石の光が強くなっていきました。

少しおかしいですね…?

成長痛前の魔力でここまでの光が出るなんて。


「フーゾウフーゲンゼーコクウーチュームーシキムージューソウギョーシキ」


こ、これは!?

魔石からまばゆい光が放たれています。

高純度の魔石というのはここまでの光を発するものなのでしょうか?


司祭長殿に確認しようと視線を向けると。

彼女は恍惚とした顔で殿下を見つめていました。


「きれい…」


確かにまばゆい光を抱く殿下は高位の精霊様のようではありますが。



「ムーゲンニービーゼッシンイームーシキショーコーコウミーソクホームーゲンカイ」



!?

狼狽えてしまって気付くのが遅れてしまいましたが、この光には治癒魔法の効果がしっかり出ているようです。

肉体に異常がない状態で治癒魔法を浴びると、精神を心地よくする効果があります。

今の状態はまさにそれです。

この光を浴びていると、まるで大森林の中にいるような、懐かしい気持ちになります。


司祭長殿が恍惚としていらっしゃるのもこの効果ゆえですね。



「ナイシームーイーシキカイムームーミョーヤクムームーミョージンナイシー」



心地よい光と殿下の歌うような独り言が部屋を満たしてゆきます。

これはもう決定打ですね。

光に治癒効果が乗っているということは、治癒魔法がきちんと発現している証拠。

殿下はすでに魔法を使えます。



「ムーロウシーヤクムーロウシージンムークーシュウメツドームーチーヤクムー」



司祭長殿も心地よさそうに光を浴びて…?

まぶしくてよく見えませんが、なにか口から…よだれ垂らしてませんか?


「ああ…拙僧、なにかイケナイものに目覚めてしまいそう…!」


うぇっ!?

そ、それはいけません!

何やらわかりませんが、それは目覚めてはいけないことのような気がします!


「殿下ぁ…!」




「トクイームーショートクコーボーダイサッターエーハンニャーハラミーターコー」



ふと見ると、部屋の隅に控えていたはずの侍女の方は既に床にへたり込んでいました。

視線は殿下のほうを向いていますが、焦点が合っていないように見えます。

彼女の口も司祭長殿と同じようにポカンと開かれ、よだれが出ています。


時折「ねるしゃまぁ…」とつぶやいているようですが…。



「シンムーケイゲームーケイゲーコームーウークフオンリーイッサイテンドームーソー」



くっ!?

また光が強くなってゆく…!?


もう目を開けていられません…!

目を瞑っても目の前が真っ白になって、世界が空っぽになったかのよう。

朗々と続く殿下の独り言だけが世界を満たしてゆきます。


もう私も自分が立っているのか倒れているのかも分からなくなってきました。








そうしてどれだけの時が経ったのでしょう。


「ギャーテーギャーテーハラギャーテー ハラソーギャーテー ボージーソワカー」



「ハンニャーシンギョー…」



ハンニャシンギョウ…?




スッ… と光が過ぎ去ったことを感じました。

しかしいまだ光が焼き付いて、なかなか目を開けることができません。

いつのまにか殿下の独り言は終わっていました。


ドサッ、っという音が司祭長のいたあたりから聞こえました。

目があかないので確かめられませんが…彼女も侍女の方と同じようにへたり込んでしまったのでしょう。



部屋の外からガチャガチャと金属音が近づいてきました。

あれは鎧を着て走る音…衛兵が駆けつけてきたようですね。


やっと目が落ち着いてきて開けることができるようになり、あたりを確かめてみると、殿下がキョトンとした顔で不思議そうにこちらを見ていました。

司祭長殿と侍女の方はへたり込んだまま放心状態です。



ドンドンドン!

ガチャッ!



「なにやら凄まじい光がこちらのお部屋から出ていましたが!殿下!殿下はご無事ですか!」


衛兵たちがドヤドヤとあわてて部屋に駆け込んできました。



床にへたり込んだ女性二人。

絨毯に座ったまま、不思議そうな顔をしている殿下。

立ち尽くす私。

状況が飲み込めず、硬直している衛兵たち。
























しばらくの沈黙ののち、私は衛兵に告げました。


「皇帝陛下に伝令を」


「ハッ!」


「殿下が魔法に御目覚めになられました。お祝い申し上げます、と」










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