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ある皇太子の逡巡  作者: ねぎまんぢう
第2章 14歳編
23/27

【幕間】ある侍女は見た



今、私の目の前には修羅場がある。





場所は後宮、皇太子殿下のお部屋。

何故私がそこにいるのかと言えば、皇太子殿下付きの侍女だから。






「ネルちゃん?」




「…はい」






部屋のほぼ中央に皇后さま、その前には皇太子殿下がおられる。

だけど…皇太子殿下は床に敷かれた絨毯の上になぜか直接お座りになられている。

その座り方はとても不思議なもので、膝をそろえて前に突出し、そのまま腿の下に足を下敷きにして床に。

胡坐じゃないし…あの座り方メチャメチャ痛いんじゃ…。





「ねぇネルちゃん。お母さん別にね?平民の女の子と付き合うなとは言わないわ」




「…はい」





皇后さまはお部屋着の簡素なドレスをまとい、長い金髪を背中に垂らしていらっしゃる。

すらりと立つその姿は後宮に勤める女なら一度は憧れるほどお綺麗。

宴席や式典にご出席なされる時は髪をきっちり結われているので、髪を下ろしておられるのは後宮の中だけ。





「婚約者がいるのに、とも言わないわ。皇太子だもの、側室を入れるのもお役目のうちよね?」





「…はい」





他の侍女、元々皇太子殿下のお部屋に控えていた私たちと皇后さまに付いて来た数人は部屋の隅で背景に徹している。

普段皇后さまが皇太子殿下のお部屋をお訪ねになられた時ならばお茶の用意などするんだけど、部屋の中の張りつめた空気がそれを許さない。





「ネルちゃん、ちゃんと聞いてる?さっきからはいはい言ってるだけじゃない?」




「…いえ、ちゃんと聞いております」





皇后さまはいつも通りの嫋やかな微笑み…と思いきや目が全く笑っておられない。

対する皇太子殿下は床にお座りになられたままうつむいておられるので、御髪で顔が見えない。








「あらそう。まあいいわ。ネルちゃんも若いんだから、女の子とそういうことになることもあるでしょう。それに相手は数年越しの思い人、お母さんも応援してたわ」






そう、皇后さまの仰る通り、皇太子殿下は先日平民の女性と結ばれたのだ。

何故知っているのかって?…そりゃ、その時ここの隣の控室にいたし。

翌朝ベッドメーキングもしたから。血って洗濯しても落ちないからあのシーツは廃棄ね。






皇太子殿下がスッと手を上げた。


「発言を許します」





「ではなぜ母上はそんなにお怒りになっておられるのでしょう?」








「なぜ…ですって?」







!!!!

へ、部屋の温度が急速に下がった気がした。

皇太子殿下もビクリと体を震わせた。











「 バ レ な い と で も 思 っ て い た の か」









こ、怖い…!


心なしか皇后さまの御髪がぶわっと浮いた気がした。




皇后さまは懐から一枚の紙を取り出された。



「そ、それは…!」



皇太子殿下の顔色が変わった。


それを全く気にせず皇后さまは紙に書かれた内容を読み上げになられた。





「拝啓、モンテ卿

 夏も終わりに差し掛かり、秋風が吹きはじめた此の頃いかがおすごしでしょうか。

 是非先日お送りした外套をお役立てください。


 此度はお願いしたいことがあり筆を執りました。  

 

 ぜひとも次の一文を皇帝陛下にご奏上していただきたいのです。

 「平民女と関係を持った皇太子は皇位継承権は相応しくないのでクロノス皇子殿下を継承権第1位に据えるべし」


 奇妙なお願いに聞こえるかもしれませんがこれも帝国の未来のためなのです。

 謹んでお願い申し上げます。       ネレウス


 追伸・お送りした外套の生地はツイード、形はダッフルコートというもので、手袋をしていても留め具が止めやすくデザインされています。もしお気に召しましたら羊毛業が盛んな卿の領地でお広めください」






え?どういうこと?

皇太子殿下が自ら自分を貶めようとしてる?

ありえない…普通は皇位継承権を手にしようと権謀術数を張り巡らせたりするものじゃないの?


それは皇后さまもお怒りになられるわ…。


皇太子殿下は様々な発明や新しい考え方で帝国の発展に尽力されていると聞くし、宮廷魔導師団と宮廷騎士団の一部から熱烈に支持されているらしい。

つまり皇太子殿下の皇位継承には何の瑕疵もないのだというのに。







「ハァ…ネルちゃんが皇位継承権を嫌がっているのはなんとなく知ってたけど、最近あなたの影響でクロンちゃんまで皇位継承権嫌がりだしちゃって困るわ~。『あの兄上があんなに嫌がるものが余に務まるのでしょうか…』ですって。でも私が怒ってるのはそんなことじゃないの」





ええっ!?いいの?

結構重要なことなんじゃ…。






「一晩でも関係のあった女性を平民女呼ばわりするのも問題だけど」





がしっ




あ、皇后さまが皇太子殿下の頭を握っ…え?

頭を握った…!?

皇后さまって意外にお手が大きいのね…じゃなくって!






「いたたたたたたた!は、母上!?痛い痛い痛い!」





「好いた女をスキャンダルのダシに使うんじゃねぇよ!」





「わ、わか、分かりました!分かりましたから離してください!」




「政略結婚とは意味が全然違うのよ?女性を道具扱いしてはダメよ、ネルちゃん」



「いだだだだ!ごめんなさい!すいませんでした母上ェ!」





その言葉を聞いた皇后さまは皇太子殿下の頭からスッと手を引いた。


「おおおおおをををを…」




皇太子殿下は頭を抱えて頽れた。














「まぁよいでしょう。人は誰しも過ちを犯すもの。お母さんがちゃんとしておきましたから」




「は、母上…?いったい何を?」



「あの()、ヴィオちゃんのお母様を子爵に叙したから。これでヴィオちゃんも貴族令嬢、結婚に何の問題もないわ」




「けっこ…!?いやいやいや!問題ありますって!皇族との結婚は貴族間のパワーバランスに大きな影響を与えます!」



「だからお母様を叙したのよ~。女性当主だと他の貴族たちはナメてかかるし、権力争いではほぼ無視されるわ。お母様が首突っ込む気がなければ、だけどね」



「それはそうですが…」



「それに無位無官、領地なしだしね。他の貴族とかかわることなんてないわよ~」



「しかし勲功も武功もないのに爵位を与えるなど前代未聞では?」



「あら、や~ね~!ネルちゃんから前代未聞なんて言われるなんて心外だわ~。ネルちゃんが推し進める第三セクターも通信網も魔導兵器も前代未聞じゃない」



「うぐぐっ、そ、そうですが…」



「私もクロンちゃんほどじゃないけどネルちゃんの影響を受けてるのよ~。そ・れ・に!勲功ならあるじゃない。デキたら」



「デキ…!?」



「そーよ!そうだわ!ネルちゃんもクロンちゃんも皇位継承がイヤなら孫ちゃんが継承すればいいんだわ!」



「母上!?それはあまりにも短絡的すぎます!」




「そうよね~、お母さんちょっと先走っちゃったわ~。まずは結婚よね」



「いやその…結婚はまだちょっと…」



「なぁに?ヴィオちゃんのこと好きなんじゃないの?」



「結婚と恋愛は別で(ギロッ)いやなんでもありません…」



結婚を渋る皇太子殿下を皇后さまが一睨みで黙らせた。




「皇太子なんだからお手つきしたらちゃんと責任取りなさい」



「私まだ14歳ですし…せめて25歳になってから…」


「あ゛?」



「23…」



「………」



「は、20歳になってからで勘弁してください…」






「しょうがないわね~。じゃあその話、陛下にもお伝えしておくから」





満足げな笑みを浮かべた皇后さまは踵を返し、お付の侍女たちを引き連れてお部屋を後にした。


そしてお部屋に残されたのは…。



「あああああああ…私の人生のタイムリミット、あと6年…」



皇太子殿下が床に頽れたまま絶望なさっていた。

どうしよう?助け起こして差し上げたほうがいいのかしら?そっとしておいたほうがいいのかしら?



私をはじめとした侍女たちが互いに顔を見合わせてオロオロしていると、その中からひとり皇太子殿下に歩み寄る人が…あ、クリスティネ先輩だ。


クリス先輩は一番の古株で皇太子殿下が生まれた時からお仕えしている大ベテラン。

こんな場面にもきっと適切に対応してくれるはず!






「ネル様、結婚もそう悪いものではありませんよ。ネル様はまだお若いから不安になられるかもしれませんが式典や夜会、会食が重なってしまった時に手分けして出席出来たりしますしなによりお世継ぎをつくる意思があると内外にアピールできます」


先輩が皇太子殿下の背中をやさしくさすりながら励ました。

二人のお子さんの母親でもある先輩の声色は優しげではあるがその中にも強いものを感じさせる。




「確かに政略結婚であればビジネスパートナー的な要素が強いが…ヴィオとはそういうんじゃないんだよ…。市井にあるからこそ気兼ねなく…」









ガチャッ












「ネルちゃん、言い忘れたけどあの手紙、同様の36通全部お母さんが回収したからね~」




バタン






不意に戻られた皇后さまがドアから顔をのぞかせてそう告げ、すぐにまたドアを閉じられた。





「終わった…」




皇太子殿下は頽れた姿勢から完全に床に寝そべってしまわれた。

36通も出しておられたんだ…。







完全にうつぶせになられた皇太子殿下を見たクリスティネ先輩はすぐさま他の侍女たちに指示を出した。



「アンネ、リッタ、ベッドの準備を。エリザ、ミラは私を手伝ってください」



「「「「は、はい!」」」」





先輩に呼ばれた私とエリザは慌てて皇太子殿下に近づいた。


「エリザは私と逆側の肩を、ミラは足をお持ちして」




くっ、三人がかりでも完全に脱力した人間を持ち上げるのは結構しんどい!









ぐでん、と脱力した皇太子殿下はこうして侍女3人がかりベッドまで運ばれるのでした。










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