第11話 ある大商人の没落
「今日もこれだけしか集まらんというのか!このボンクラどもめ!」
ワシが罵声を浴びせても席に着いた数人はうつむいたままこちらを見ようともせん!
まったく使えないグズどもだ。
我がデヴォル商会自慢の贅を尽くしたこの会議室の装飾も嘆いておる。
3代続く由緒正しい大商会の傘下にありながらこの体たらく!
どいつもこいつも今まで目をかけてやった恩を忘れおって!
まったくもってけしからん!
「デ、デヴォル様、お怒りはごもっともですが、そろそろ定例会を始めていただきませんと…」
番頭がビクビクしながらも会議を促す。
本来ならば何十人も収容できる会議室に両手で数えられるほどしか集まっていないというに!
「羊皮紙職人どもはどうした!少し前までうるさいぐらい泣きついて来ていたではないか!」
こんな情けない事態になっているのはもちろん理由がある。
理由がなければこのワシが会頭を務める商会がこんなことになってたまるか!
理由というのはなんとか工房とかいうぽっと出のやつらの事だ!
やつらは立て続けに麻紙と活版印刷機とかいうわけのわからんものを作り出し、莫大な利益をかっさらっていきおった。
おかげでワシら商人はいい迷惑だ!
羊皮紙職人も製本職人もあおりを食って干からびかけておる!
「羊皮紙職人たちは…その、最近売り上げが持ち直しておりまして…」
「なんだと!どういうことだ!」
「『麻紙100年、羊皮紙1000年!公式証書はやっぱり羊皮紙!』とか『信頼と伝統の羊皮紙。ワンランク上の貴方へ』とかいう売り文句で…麻紙との差別化に成功したようで…それ以外の職人は既に紙漉きに転向しております」
「製本職人は?」
「すでにほとんど印刷所のお抱えになっています…」
「くそっ!やつらについたというのか!…持ち直した羊皮紙職人たちはなぜここに来ない」
「そ、それは私の口からは…」
「言え!」
ワシに怒鳴られないとまともに報告もできんのか!
「ひぃ!…み、みかじめ料を取るだけで何もしてくれないデヴォル商会よりN.C.S.につくと…」
「N.C.S.?なんだそれは?」
「わ、私もそこまでは…」
…とことん使えんグズだ!
こうして傘下の商会たちが集まるはずの我がセヴォル商会の月例会は、今月も惨めな状態のまま幕を閉じるのだった。
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くそ!くそ!くそ!
腹立ちまぎれに街を歩いてみるが全く気が晴れん。
笑いあう通行人どもがまるでワシをあざ笑っているかのようだ。
業腹だが酒でも飲んで紛らわせるしかないか。
そう思ってから一番最初に目についた酒場へ入る。
どうせろくな店ではないだろうが、酒が出るのなら良しとする。
「いらっしゃいませ~!1名様でよろしいですか?こちらへどうぞ~!」
変に愛想の良い給仕の女だな。
媚びたところで貴様に払うチップはないぞ。そんな気分ではないのだ。
「こちら本日の突出しでーす!」
そういって給仕は小鉢に入った一切れの魚のバターソテーらしきものをテーブルに置く。
グラスに入った水も一緒にだ。
「なんだこれは。こんなもの頼んでないぞ」
「こちらの小鉢と水は無料になっております。ご注文が決まりましたらお呼びください!」
無料だと?バカにしているのか。
料理も水もタダで出すなど、その味はたかが知れているわ!食う価値もない。
一番強い酒をボトルで注文し、給仕を追い払う。
その間に周りを見たが…酒場なのに女子供までおるではないか。
店選びを失敗したようだな…。
周りの客どもの話し声がうるさくてたまらん。
「お前あの本読破したんだろ?だったらあの謎の司祭、テンカイって何モンだと思う?」
「え?あれってミツヒデじゃねぇの?」
「俺はなー、タツオキが怪しいと思うんだよ」
「タツオキ?誰だっけ?」
「ほらあのサイトウ家の。あいつただのかませ犬かと思ったらミヨシ3人衆と組んで復活したじゃん」
「お前それ深読みしすぎ!サコンのほうがまだ説得力あるって!」
右側のテーブルの若い男たちは本の話をしてるのか…。
忌々しい!酒がまずくなる!…まだ来ていないが!
「お待たせしました~!」
やっと来た酒をあおる。
ぐ…っ!本当に強い酒だな。旧都産か?
「お風呂にヘアケアロッド置きっぱなしにしてたらカビはえちゃってさ~」
「えー!汚い!でもアレ、保証書があれば魔石以外のトコだったら無料で交換してもらえるよ?」
「本当!?あちゃー!保証書どこやったっけなー」
左側のテーブルの若い女どもの話していることはよくわからんが、甲高い声でキャーキャー喚いてうるさい!
これだから若い女は好かんのだ!耳が痛くなるわ!
「あら!奥様もしかしてその包み!」
「ええ、ついに手に入れましたのよ!ローズアロマのバスソルト!」
「うらやましいわ~。それって店頭に並んでもあっという間に売り切れてしまうんですのよね」
「そうなのよ~。運がよかったわ。お祝いに昼食を済ませたらユーリカ堂喫茶のビスコットにドゥルセ・デ・レーチェをつけちゃいましょう!ごちそうするわ」
「まぁうれしい!あそこのビスコットは他のところとは違ってサクサクしておいしいし、甘ーいドゥルセ・デ・レーチェは紅茶にとても合うのよね~」
かと思ったら前のテーブルの妙齢のマダムたちの話していることもわからんかった。
これでは耳が痛くならなくとも頭が痛くなるわ!
一体なんなのだこの酒場は!?
客層がてんでバラバラではないか!酒場は普通男たちの聖域ではないのか!?
「あの『白い教会』のザイツェン司祭長の『苦しむ民を救おうとしたんだ何が悪い!』というセリフ、なんだかわかるような気がします」
「そうですな…きっと彼の民を救いたいという気持ちは本物なのでしょう。しかし方法を間違えてしまったのですな」
「うむ。ここ数年、医療技術は凄まじい速さで進歩しておるからな。数年後にはあのようなことが実際に起こるかもしれん」
「ではあの本はそのことに警鐘を鳴らしているのですか…なかなか為になりますね。作り話だからといってバカにできませんね」
「うむ。然り」
おまけに後ろのテーブルの3人組は…!
きッ、貴族ではないのか!?身なりが完全に貴族ではないか!
貴族が普通に酒場のテーブルについて飯を食っているだと!?
バカな!?ありえん!
「いらっしゃいませ~!」
「すまない。ここで『レモネード』というものが飲めると聞いてきたのだが」
「はい!取り扱ってますよ!お客様は…5名様でよろしいですか?ではこちらのテーブルへどうぞ!」
ブッ!ゲホゲホゲホ!
い、いま入ってきた黒くてピッチリした奇妙な服を着た連中はシーレーン族ではないのか!?
シーレーン族は地上では半日も生きてゆけないはず!?
そこまでして来るような店だというのか!?
気管に入った酒を出すのに苦労していると、厨房からどやどやと人が出てきた。
料理人のようではなさそうだが…先頭にいるのはエルフか?
もう何が出てきても驚かんぞ。
「えー、では、次に店内を見てみましょう。まず第1には清潔感!どのような業種でもこれは変わりません。照明は明るめに。掃除は欠かさず毎日しましょう。害虫やネズミ対策もしっかりと。次に…」
どうやらエルフが集団に何かを講釈しているようだが…。
「そして従業員の働きやすい環境を作ることも大事です。ただ給与を払えばそれで良いというわけではありません。休憩室をちゃんと用意し、契約以上の働きをした者には必ず追加報酬を与えましょう。さらに一番よく働いた者に賞金や賞品を出すのもよいでしょう。逆に失敗してもむやみに給与を下げることはやめましょう。なぜ失敗したかを聞きだし、従業員と一緒になって対策を考えるようにしましょう」
バカか。
給料を払ってさらに報酬やら賞金やらを出せだと?
そんなことをしてもつけあがるだけではないか。
失敗したやつもまた失敗するに決まっているのだからとっとと首を切るべきだ。
!!
あの顔!
あのエルフが引き連れている集団の中の何人かは我がデヴォル商会を裏切ったやつらではないか!
あいつら!連れ立っていったい何を企んでいる!
「おい!あの連中はなんなんだ」
アホな講釈を垂れているあのエルフの正体を掴むべく給仕を捕まえて聞き出すことにする。
厨房から出てきたということはこの店になにか関係があるのだろう。
「ああ、あれはですねー。N.C.S.の講習会ですねー」
「N.C.S.?…N.C.S.だと!?」
我が商会を裏切ったやつらがついたというヤツではないか!
あのエルフが会頭なのか!?
「N.C.S.はー、確かネクサス・コンサルティング・サービスの略で…商会の業績を伸ばすためのアドバイスをする仕事…だったかな?」
よくわからんが、我が商会を裏切ってそんなものについたというのか!
もう我慢ならん!ぶっつぶしてやる!
「おい給仕!会計だ!」
「はーい!えーと、御代金はこれですねー」
給仕は代金の書かれた麻紙を差し出してきた。
忌々しい麻紙め!こんなところにまで!
「毎度ありがとうございまーす!こちら、次回来店時にどうぞ~」
またもや紙を差し出してくる給仕。
紙には「エールまたはレモネード1杯無料券」と書いてある。
「銀貨3枚以上ご注文のお客様に差し上げておりまーす」
これもN.C.S.の入れ知恵だというのか!
どこまでも忌々しい!
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裏町のさらに奥。
帝都の裏の顔、ローグたちの根城がある。
やつらに金を恵んでやるのは癪だが、使えるだけ使ってやろう。
路地裏の壁に寄りかかっている浮浪者に金を握らす。
すると浮浪者はふらふらと歩きだすので、ついてゆく。
ローグどもは定期的にアジトを移動する。
衛兵の摘発は当然だが、ローグ同士の襲撃を避けるためだ。
浮浪者は親指でクイッとある建物の入口を指し示すと、またふらふらと去って行った。
いつ建てられたかも知れない廃墟同然の建物へと入る。
ここも客に会うために用意した場所で、アジトとは違うのだが。
「ようこそデヴォルの旦那。今日はどうなすったんで?」
出迎えたのはどこにでもいそうな平凡な男。
取り立てて特徴のない男だが、仕事をするときも顔色一つ変えないだろう。
ローグと言えば人相の悪いならず者をイメージしがちだが、実際に組織を動かしているのはこういう一見まともそうな人間なのだ。
まぁ中身は残飯をあさるネズミと同じだがな。
「…つぶしてほしい商会がある」
「報酬は?」
「糸目はつけん。言い値でよい」
「そりゃまた豪気だねぇ。で、相手は?」
「麻紙と印刷機を開発したという工房とN.C.S.とかいう連中だ。人の商売を邪魔するいけ好かんやつらだ。どうなっても構わん」
「…本気で言ってんのか?」
しばらくの沈黙の後、男はいぶかしがるように言った。
どうせ渋るふりをして報酬を釣り上げる気なんだろうが。
「ふん!貴様の所なら造作もないだろうが!金は出すと言っているのだ。出来んとは言わせんぞ!」
「客が帰るぞ。見送って差し上げろ」
信じられんことに男は冷たくそう言い放ちおった!
いつの間にか音もなくワシの両側に近づいてきた二人のチンピラに両腕を抑えられる。
「離せ!貴様!ワシをコケにするのか!」
「…アンタ、本当に自分が何を言ってるのかわかってないのか?」
男はワシを憐れむような目で見てきおった!
貴様のような社会のクズになぜそんな目で見られなければならんのだ!
「この裏町を牛耳っているのは誰だと思う?」
「そんなもの、ガーベッジに決まっているだろう!」
ガーベッジはローグの中でも一番有名な存在だ。
その汚いやり口からガーベッジの異名をとる裏町の顔役。
先代皇帝の御世に阿片密売で名を上げ、当代皇帝の摘発を掻い潜っている生ける伝説だ。
というか両側のチンピラどもめ!逆関節が決まっていて痛いではないか!
「あー…。俺のきき方が悪かったな。今の裏町で逆らっちゃいけねぇ存在は誰かってことだ。ミスター・ガーベッジすら容易に手出しできない…そんなヤツらがいるんだよ」
「な、なんだそれは!ワシは知らんぞ!」
「これくらいのこと知らないなんてな…アンタの時代はもう終わってんだよ」
ミスター・ガーベッジが警戒するようなヤツらだと!
そんなヤツいるわけないだろう!
「手切れ金代わりに教えてやるよ。ヤツらは自分たちのことを『秘密ケーサツ』と呼んでる」
秘密…ケーサツ?
ケーサツとはなんなのだ!
「『笑顔の素敵なヤツら』に気をつけな」
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「ぐべっ!?」
裏町の路地裏の汚い地面に思いきり体を打ち付けてしまった!
「貴様らぁ!ワシにこんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
結局あのチンピラに両脇を抱えられて追い出された。
おまけに後ろから尻を蹴りつけてきおった!
だが、ワシを蹴り倒したチンピラどもは怯えたように周囲を警戒している。
「とっとと逃げんぞ。こんなやつに関わってたらヤツらに目をつけられちまう」
「ああ。リグート組みてぇに『そっと片づけ』られちゃたまんねぇ」
「…それ、聞いたぜ。なんの痕跡もなくいなくなっちまったんだろ」
チンピラどもはワシを完全に無視して足早に立ち去って行った。
一体なんだというのだ!
大方ワシの知らぬ間にローグどもの勢力図が書き換わっただけだろう。
ぽっと出のやつらに追い落とされるとはガーベッジも落ちたものだ!
寄る年波には勝てんということだな。
「やあ!君がデヴォル商会のエブル・デヴォル氏かな?」
「ああ?なん…ッ!?」
立ち上がって衣服を叩き、路地裏から歩き出そうとしたその時、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには奇妙な男が3人立っていた。
顔は真っ白な仮面で覆われて人相はわからない。
仮面の目の部分は横長の楕円にくり抜かれており、口の部分には下向きに弧を描いた線が引かれている。
何とも不気味な…笑う白仮面だ。
「なんだお前らは!その気色の悪い仮面はなんなんだ!ワシをバカにしているのか!」
「えー、なになに?エブル・デヴォル。54歳。デヴォル商会の現会頭。趣味は美術品のコレクションと利き酒。出身は帝都。2代続く商会の跡取りとして生まれ、家庭教師をつけられて育つ、と。若いころは…あー、だいぶ娼館に入り浸っているね!妊娠させて捨てた娼婦は…ひのふの…5人!なかなかにヤンチャしていたようだね。で、手切れ金を商会のお金で払って父親に勘当されかけるも父親が急死。そのまま会頭に就任して…あーららら、最近は業績が大分悪化しているようだね!」
な、な、な!
男は懐から出した手帳をハキハキと読み上げた。
異様に明るい口調が白仮面と全くあっておらず、ものすごい違和感だ。
い、いや!問題はそんなことではない!
なぜコイツはワシのことをそんなに知っているのだ!?
ワシ自身が忘れていたことまで!
「なんなのだ!ワシのことを調べてどうしようというのだ!脅すつもりか!?」
「君はちょっと我々の目指す美しい帝都には必要ないかな?自分の尻も拭けないようじゃね」
「お前!ワシの話を聞いてるのか!?」
「いけないね!そんなイライラしては。あのお方は言っていたよ、イライラすると心が弱ってやがて体にも影響して病気を呼ぶのだと」
コイツ…ヤバいぞ。
ワシは今まで感じたことのない異様な恐怖感にとらわれていた。
ローグどもや魔物なぞに感じる単純な暴力に対する恐怖ではない。
こいつは全く得体が知れない。その上話が通じていない。
同じ帝国語を話しているのにまったく会話にならない。
「…ワシに何の用なんだ」
「いやなに。君がローグによからぬことを相談しているのを偶然聞いてしまってね。善良な一帝国臣民として注意しなければと思ってね」
やっと話が通じたと思えば…先ほどの話を偶然聞いてしまっただと!?
一市民が偶然ローグのアジトで密談を耳にするなどあってたまるか!
しかもあの時その場にいる誰も部外者の気配など気付いていなかった!
ガッ!
「ぐえっ!!」
胸ぐらをつかまれて釣り上げられる!
足が届かなッ…!く、くるし…。
「これは警告だよ!よからぬことを考えてないで真面目に働きなさい。帝都はあのお方の街!キタナイものは存在さえ許されないんだよ?わかるね?」
足をばたつかせて男の足を蹴ったり腕に爪を突き立てたりしても全く動じない!
「わかるね?」
「くそっ!は、離せ…」
「わかるね?」
「離せ…ッ!離してッ、くれっ」
「わかるね?」
「わかったっ…!わかったからッッ」
ドサッ!
「ぐ、ゲホゲホっ!」
やっと解放された!
しかし男はまだへたり込んだワシを見下ろしている。
このままでは殺される…!
「いけないね!そんな陰鬱な顔をしていては!さぁ、笑いなさい!笑うんだ!」
「「「笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!」」」
今まで黙っていた2人の男と共に男は連呼する!
「「「笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!」」」
ひぃぃっ!も、もうやめてくれぇ!
「「「笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!」」」
「「「笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!」」」
「「「笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!笑え!」」」
やめろ!やめろ!やめてくれぇ!
耳を覆ってうずくまってどれくらい経っただろうか。
気が付くと男たちは消えていた。
「あ、あれが秘密ケーサツ『笑顔の素敵なヤツら』…」
あ、あんな恐ろしいやつらが帝都の陰に蠢いているというのか…。
ワシの知らない間に何が起こったというのだ…。
ワシはしばらくの間、ショックで身動きが取れなかった。




