第1話 ある皇太子の追憶
オッス!オラ転生者!
・・・というわけで、異世界転生である。
もはやテンプレ過ぎて説明はいらないと思うが。
とりあえず、順を追って説明しよう。回想形式でな。
死んだ記憶はある。別に劇的な事故でもない、ごく普通の死だった。
・・・まぁ、何をもってして普通なのかというツッコミが入りそうだが。
わざわざ死んだときのことを思い出すこともない。その程度だ。
次に、神またはそれに類する存在との遭遇はなかった。
テンプレならロリ神様やら、「間違ってキミを死なせちゃったよ!てへぺろ!」的な屑神様やらと出会ってチート獲得交渉したりするのだが。
結局異世界転生した理由は分からず。これといった目的も当然ない。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
異世界に来て最初の記憶は何やら茫洋とした風景だった。
水中から空を眺めた感じというか…もやもやと蠢く擦りガラスの眼鏡をかけたようなというか。
音もなんだか「うゎんうゎんうゎん」という感じの耳鳴りのような音しか聞こえず。
体のほうは動いている感覚はあるのだが、意識して動かしているわけではなく、所謂不随意運動といったところか。
不思議なことに嗅覚だけははっきりしており、なんとなくだが室内の匂いだとか屋外の匂い、雨の匂いや日向の匂いなどが分かった。
そして何とも言えない良い匂いがすると同時に腹が満たされたりした。
今から考えれば、それは赤子の体の未発達な感覚によるものだったと察しはつくのだが、当時は「これが死後の世界か・・・」などと感慨にふけっていた。
良い匂いは多分乳母がお乳を与えてくれていたのだな。
そんな風に訳も分からず時をすごしていると(というか大半は眠っていた)ぼんやりしていた視界がだんだんとはっきりしてきて、音も生前と同じように聞こえるようになってきた。
この時点でやっとここが死後の世界ではないと気付き始めたのだが…このころ、全身が謎の疼痛に襲われ始めたのだ。
動けば痛い、動かなくても痛いとなれば埒もなく。昼夜問わず私は泣きわめいていた。
泣き始めると乳母がとんできて私を抱きかかえてゆらゆらと揺さぶってあやしてくれる。
なぜだかその時だけは痛みが和らぎ、痛がり疲れていた私はうとうとしだすのだが…それを見た乳母がベッドに私を横たえ、体を離すとまたすぐに痛みがやってくるのだ。そして再び泣き出す私。再び抱きかかえる乳母。イタチゴッコである。
まぁ、これもだいぶ後になって原因が判明するのだが。
原因は『魔力回路の成長痛』だそうだ。
そう。この世界には魔法があったのだ。
魔力はリンパ液のように全身を循環しており、そのリンパ管やリンパ節にあたるのが魔力回路だ。
急激に魔力が成長すると、魔力回路の成長が間に合わず魔力の循環が滞り、全身に痛みや倦怠感を引き起こす。
それを抑えるには既に魔力回路が完成されている大人が体に触れてやり、自身の魔力循環と同調させて滞った魔力の循環を促してやるしかないらしい。
しかし、本来魔力というものは体の成長に伴って成長するものであり、この『魔力回路の成長痛』も若くても5歳ぐらいに発症するらしいのだが、私の場合は1歳で発症した。
肉体のほうの成長痛というのは自律神経がどうとかいう心因性のものらしいが、こちらはなにせ異世界性とでも言えばいいのか…なんとも得体のしれない症例であるので、なぜ私が1歳で発症したのか理由も分からずじまい。
だが、命にかかわるわけでなし、『魔力回路の成長痛』が治まるイコール魔法が使える体の素地が整うということで、こちらの世界ではおめでたいできごとらしい。
じゃあそれで私も魔法が使えるようになったかといえば、そうではなかった。
というか、当時はそれが『魔力回路の成長痛』だということも知らなかったし、魔法の存在も知らなかった。
それに何より私はまだ異世界の言葉が分からなかったのだから。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
成長痛が治まり、やっと周りの状況が分かるようになった。
どう見ても中世です。ありがとうございました。
…実際に中世に行ったことがあるわけではないので、なぜそう思ったかと聞かれれば答えに窮するが。
要するに『現代人が想像する西洋中世』といった感じなのだ。
人々の容姿は金髪や黒髪と西欧人風の顔立ち。
服装も現代と比べると野暮ったい…材質は麻布かな?
ときおり見かける衛兵?のような人たちは所謂プレートメイルを着ていたし、身の回りのものに工業製品的な規格品はない。
侍女らしき女性たちはメイド服…名前は知らないがスカートの長い本格的なメイド服?…を着ていたのだが…。
中世にメイド服なんぞあったのか?時代考証的には甚だ疑問である。
しかも照明器具があるのだ。蛍光灯ではなさそうだが、蝋燭やランプではない。天井に埋め込まれた白い半球状のモノに煌々と灯りがついている。
これはあれだな。魔法具?魔道具?魔導具?…そんな感じのものじゃないのか?もしそうだとすればここは異世界確定なんだがな。
だが今の状況では確かめようもないのでここが異世界かどうかは保留とする。なにせ情報が少なすぎる。
衛兵だの侍女だの言ってたのでお気づきとは思うが、どうも貴族か、それに類する身分の高い家へ転生したようだ。ベッドには天蓋がついてるし。床は絨毯でフカフカだし。家も豪奢な装飾があちこちにみられるし、豪邸と言っても過言ではないだろう。
視界の低さや自身の体のぷにぷに感から自分が赤子であることは薄々感づいていたが…これは僥倖。それなりの身分があれば安泰に暮らせるだろう。さらに三男坊か四男坊で家督にかかわりがなければなお良し。いい思いはしたいが責任が伴うのは御免だな。楽して細く長く生きてゆきたい。
そうと決まればまずは言葉のレッスンだな。
幸いにしてこの世界にも幼児の情操教育というものはあるらしく、乳母や侍女は赤子である私に頻繁に話しかけてくれる。たまにではあるが母(なんとなく匂いでわかる。本能か?)も顔を見せるたびにニコニコしながら話しかけてくれる。
となれば、ここはスピー○ラー○ング方式でいくか。発音練習もしっかりしよう。赤子だから奇声をあげても恥ずかしくないしな。
「うばぁー くちばぉおしゅえれうえ」
(乳母よ 言葉を教えてくれ)
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
結論から言えば言葉を覚えるのに2年かかった。
単語が分かるようになるのに半年ちょっと。流暢な文章を喋れるようになったのは3歳くらいからだ。母音と子音の区別がはっきりしており、発音が日本語に近かったのがだいぶ助かった。
しかし…なんというか、普通ではないか?学習速度が。
せっかく前世の記憶があるというのに、言語学習には全く生かせなかったな。
あまり危機感がなかったのが良くなかったのだろうか。
離乳食うめぇ!…こりゃ異世界だとしても料理無双は無理だな…。とか。
侍女よ!はやく本の続きを読むのだ!あのドラゴンはどうなったのだ!とか。
うおお!この木馬うごくぞ!これ魔道具じゃね?ポケバイみたいなんですけど!とか。
今日は積み木だ!シム○ティごっこをしよう!これが田無タワーな!とか。
幼児ライフを満喫しすぎたのがいけなかったのだろうか…。
テンプレなら幼児期から魔法の訓練してみたり体を鍛えたりしてチートの下地を作ったりするはずなのだが…。食って寝て遊んでただけだった!
我が家、というか屋敷もやたら広くて、4年近く暮らして歩き回れるようになってからは屋敷探検とかもしたけれど、まだ行ったことのない部屋とかあるんじゃないか?中庭も庭園になっていて駆けずり回って遊ぶのにちょうどよかったし。
そういえば屋敷の外に出たことすらなかったな。まぁ貴族?の子弟なんだから箱入りでも不自然じゃないし。
別に神からの使命もないし、魔王と戦うわけでもない。焦る必要もないか。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
4歳の誕生日から数日、私の部屋に来客があった。
侍女たちは客が来ることを事前に知らされていたらしく、すぐ私の前に通された。
サラサラの金髪、エメラルドグリーンの瞳、細身の長身、整った顔立ち…そして何より特徴的な、あの…、あの…!
長い耳!!エルフキタコレ! 異世界確定の瞬間だった。
「お初にお目にかかります殿下。私は宮廷魔導師団副団長 ネクサスと申します」
ネクサス!息子の名前はオパ○パかな?
しかも宮廷『魔導師』!やっぱり魔法はあったんや!
「そなたはエルフか!?」
思わず初対面の相手に不躾な質問をしてしまった。それくらい興奮していたのだ。
「はい。そうですよ」
「エルフは森に暮し、魔法に長け、弓を得手とするとはまことか!?」
「ええ、その通りです。よくご存知ですねぇ」
よし!よし!
「エルフは長命と聞くが、どのくらい生きるのだ!?そなたの歳はいくつだ!?」
「大体300歳前後ですね。人族の3倍くらいです。そして私は126歳ですよ」
人間でいうと42歳か…外見ではわからんな。人間とは年の取り方が違うのか。
「そなたは女性であるか?」
ここ重要。私も男の端くれである。
「いいえ。男ですよ」
…まぁ、そうだな。
美しい中性的な顔立ちで、ゆったりした金刺繍入りのベージュ色のローブを着ているとはいえ、骨格が男だったものな。
いいじゃないか。エルフと人間では体のつくりが違うのかな?とか思ったのだよ。
声も低すぎないし。声の低い女性だって言っても通るぐらいの声だし。
美しい金髪も肩口ぐらいまで伸ばしているし。
はっ。
気付けば周りの侍女たちが微笑ましげに私とネクサスのやり取りを見ていた。
その眼はまるで「あらあらヤンチャ坊主が興奮しちゃって♪」的な生暖かいものだった。
地味に恥ずかしいではないか。
私の頭が少し冷えたのを見て取ったのか、ネクサスは話を切り出した。
「この度、殿下の教育係に就くよう陛下から勅命を拝しました。よろしくお願いします、殿下」
教育係か…この世界のことを深く知るチャンスだな。そう思えば勉強も悪いものではないな。
しかし陛下とな?陛下といえば国王…かな?そんな雲上人が直々に教育係を、しかも宮廷魔導師団副団長とか名乗っていたな、そんな人物をよこすなんて。
ということはわが家は貴族で確定か。市井の金持ちに陛下が介入するわけないものな。
しかも貴族の中でもなかなかに高位なのではないか?低くても伯爵…高ければ公爵…かな?
まさか大公ってことはなかろう。
「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致す。ところでネクサス殿、さっそくではあるが一つ質問してよろしいか?」
「殿下、私ごときに『殿』は不要ですよ。どうぞ呼び捨てになさってください」
んむ?宮廷魔導師団副団長を呼び捨てにしていい?こりゃまさかの公爵家かな?
おいおい国家の中枢中の中枢じゃないか。それとも私が思っているより宮廷魔導師の地位は高くないのかな?
「そうか…教えを乞う身である私が年上の師を呼び捨てにはしたくないのだが…ではネクサス先生ではいかがか?」
「殿下のお気遣い、まこと痛み入ります。殿下に先生と呼んでいただける名誉を汚さぬよう努力することを誓いましょう」
先生はOKらしい。
「それで、質問でしたね。私に答えられることなら何なりと」
先生が質問を促してくれる。この慇懃なやり取りの間も先生は微笑みを絶やすことはなかった。漫画だったら糸目キャラかな。そんな感じの微笑みだ。
「先生は先ほどから私のことを『殿下』とお呼びになるが…それはなぜです?」
先生はキョトンとした顔でしばらく固まった。
ありゃ?質問の意味が通じなかったかな?異世界語は4歳児の舌とはいえ結構喋れるようになったと思っていたのだが。
しかし美形エルフ(126歳)のキョトン顔…なかなかにレアじゃないか?
数秒後、先生は質問の意味を飲み込んだのか、元の微笑み顔に戻りこう告げた。
「それは、殿下がこのベルフィルド帝国の皇太子であられるからですよ」
なぬ?皇太子?
いかんいかん。そういえば私はまだ4歳だった。異世界語が喋れるようになってまだ1年しかたっていない。そりゃ聞き間違えることもあるよな。
もしかしたら単語の意味を間違えて覚えていたのかもしれん。
「申し訳ない先生。うまく聞き取れなかったので、もう一度お願いできますか?できればもう少しゆっくり」
先生は微笑みながら頷くと、もう一度言ってくれた。
「それは、殿下が、このベルフィルド帝国の、皇帝陛下の第一子、皇位継承権第1位、ネレウス皇太子であられるからです」
先生が文章を一節一節丁寧に言ってくれたおかげで、もし単語の意味をはき違えていたとしても前後の文脈で理解できるようになった。しかし現実は変わらなかった。
「で、でも先生!私は皇居?城?に行ったこともありませんが!?」
この国…王国どころではなく帝国だったのか…帝国ということは、属国があるということで…領地も広大、なんだろうな…頭痛くなってきた。
「いいえ、ここが宮廷内なのですよ。ここは後宮。皇帝陛下のご家族が暮らす場所です」
や、屋敷だと思っていたここが後宮!?後宮だけでこんなに広いの!?じゃあ宮廷全体ではどんだけ広いんだ!?
「宮廷には大きく分けて3つの区画があり、宮廷騎士や宮廷魔導師の詰める夏砦、皇帝陛下や大臣・文官たちが執務を行う錦秋殿、そしてここ、通称後宮と呼ばれる春宮が…」
orz
私は膝からくずおれた。
滔々と続く先生の説明も耳に入ってこない。
私の醜態に気付いた侍女たちが「ネル様!?どうされました!?」と駆け寄ってくるが。
その時私は「ああ…絨毯がフカフカでよかった。地面だったら膝、擦り剥いてたな」などと現実逃避に入っていた。
そうか、侍女たちは私のことをネル様ネル様と呼んでいたし、家族は父上と母上しか見たことがないが2人はネルと呼んでいた。敬称で呼ぶ人はいなかったから、自分自身の身分に気付かなかった。というか、ネルって愛称だったのか!本名はネレウス…それすら今知った!
何たる迂闊!
何不自由ない生活というのも考え物だな…疑問を抱くことすらなかったとは。
しかし…皇太子か。
貴族の三男坊どころでなく…伯爵家や公爵家どころでもなく…大公どころか本家も本家、皇族の跡取り。年上の兄弟を見たことがないのだから、嫡男である可能性が否定できなかったではないか!そんなことにすら思い至らないとは!
その上、皇位継承権って言葉自体、エルフのいるおファンタズィー世界ではいやーなフラグな気もする。
跡目争い…襲撃…暗殺…戦争…革命…没落…処刑。
思いつくだけでもこんなに嫌なフラグが!
襲撃された馬車が常に運よく冒険者やらトリップしたての異世界トリッパーに助けられるとは限らんのだぞ!
そして父上…時たまやってきて、いつも私に高い高いをしてくれていた父上。
あなたは皇帝陛下だったのですね…確かに仕立のいい服は着てたけど、普通の貴族か大商人と言われてもおかしくないくらいの格好でしたが。
考えてみれば当然か。皇帝陛下といえども、常に仰々しい格好をしているわけでもないし、ましてやプライベート空間である後宮に冠をつけてやってくるわけもない。
むしろお忙しいだろうにちょくちょく時間を作って子供に会いに来るところを見ると、子煩悩なお方なのかもしれん。「おヒゲが痛いよぉ〜」的なお約束のスキンシップもあったし。
母上も…皇后陛下だったのですね。
息子が皇位継承者ということは正妃なのでしょう。ポヤンとした母親だな、とか思っててごめんなさい。服も普通のワンピース風のものでしたし、あまり装飾品も着けられておられなかったので貴族夫人にしては派手さがないな、とか思っててごめんなさい。
だって貴族のご婦人ってコルセットとパニエってイメージがあったんですもの。
側室とかはおられるのだろうか…後宮内では出会った記憶はないが、いたら権力抗争になったりしてしまうのかな…嫌だな。
その上、ここが宮廷内?離宮とかでもなく?
全然気が付かなかった…4歳の行動範囲が狭すぎるんだろうな。
なんせ前世だったら幼稚園の年少組くらいだものな。背も低いから高い窓は覗けないし、外が見られるテラス付きの窓も全部外に向かっていて、他の建物は見えなかった。景観に気を使った設計なのだろうが、それがあだになるとは…おそらく陛下が後宮で過ごされるときに執務のことを思い出さないようにという配慮もあるのだろう。
それにこの世界?この国?の後宮は男子禁制という慣習はないんだな。
普通に衛兵も庭師も男で、普通に仕事をしているし。ネクサス先生も直接後宮に赴いて…先生?
そうだ先生だ。今私は教育係のネクサス先生に初対面していたのだった。
現実に引き戻された私は何事もなかったかのように立ち上がった。
初対面でくずおれるとは、恥ずかしいところをお見せしてしまった。
幸いにして私が現実逃避していた時間が思ったより短かったのか、先生が大人の配慮で見て見ぬふりをしてくれていたのか、先生の話が切り替わるところだった。
「では、これから授業の進め方を…おや?どうかしましたか?」
私はすぐさま立ちなおったのだが、駆け寄った侍女たちは今だ気遣わしげにあわあわしていた。
「いえ、なんでもありません先生。話をお続けください」
侍女に大丈夫だから下がりなさい、と身振りで示す。
というか先生…今気付いたって風だな。話に夢中になると周りが見えなくなる性格なのかな。美形エルフで魔導師団副団長なのに学者肌なんだろうか。
「では、授業は龍曜日から蟲曜日の6日間、三ツ鐘から正午まで行います。精霊日はお休みです」
前世でいえば月〜土曜日の8時から12時までか。小学校と比べるとヌル目だな。
昭和日本の義務教育を乗り切った私なら余裕だろう。
「授業は明日から始まります。授業に関係ない疑問も、何でも聞いてくださいね」
「わかりました。私は地理と歴史に興味があります。その知識を授けていただければ嬉しいです。明日からよろしくお願いします」
まずは何よりこの世界の情報収集だ。地理は国が傾いたときの亡命先を探すため。歴史は私のほかに転生者がいないのか調べるためだ。転生者がいれば前世の知識で何らかのブレイクスルーを起こしている可能性が高いからな。
今日知った真実の衝撃はいまだ冷めやらないが、その対策も練らねば。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
先生が部屋を辞すると、私は侍女に茶を所望した。
茶の準備を粛々と行う侍女を横目に見ながら、今日知った事実を反芻する。
私は皇太子。本名はネレウス。ここはベルフィルド帝国。
知ってしまったからには、今までのように安穏と暮らしていくわけにはいかんな。
前世でも近代までは王位継承権は戦争の火種となっていたのだ。
しかもここはエルフも魔法も、あるんだよ的なファンタジー世界。社会情勢をひっくり返すような事象は前世より多い…気がする。
サーブされた茶を一口すする。
…ティーセットは完全に欧風なのに、茶はほうじ茶なんだよな。
一昔前、ほうじ茶が高級ではないとされていた時代なら、皇族がほうじ茶なぞ飲んでいたら至高のメニュー屋さんに怒鳴られているところだな。
雰囲気はミスマッチだが…落ち着く。日本人(元)でよかったぁ。
おいしいお茶を楽しみ、将来対策の思考が棚上げになってしまっていたとき、突然ドアがノックもなしに開け放たれ、乳母が駆け込んできた。
突然だったので侍女たちも硬直してしまっていた。
「どうした?乳母よ。そんなにあわてて、そなたらしくもない。なにか大事でもあったか?」
私が4歳の誕生日を迎えてからは私のおつきから異動した乳母。元々の母上の傍仕えに戻っていたはずだが。
「も、申し訳ありませんネル様!ですが、おっしゃる通り大事です!」
むう。生真面目な性格の乳母がこうも取り乱すとは…いったい何があったのだ。
「皇后様が!ご懐妊なされました!弟君か妹君ができたんですよ!おめでとうございます!」
それを聞いた私の頭の中では『継承戦争』という言葉がイルミネーション付きで輝いていた。