5)同僚
そもそも仕事中のほとんどの時間を甲冑で過ごす暗黒騎士(種族)であるからして、各自を認識するのはその所作の違いが主である。もはや習慣とも言っていい甲冑装備の常時化に同胞たちは違和感がないのだが、他部署から使いは、来る毎に要件のある人物の名を叫ばねばならない。それに、真っ黒い甲冑集団がガシャガシャと室内で動くのは、家庭の奥さんの天敵のようだと苦情も来る。誠に遺憾な話である。
さて、その甲冑集団の一角、一等上等な備品を使用する席で、今日も彼は不機嫌だ。先日の会議以降、次第に口数が減り、殺気立っていく彼に、我らはどちらかというと冷たい態度を取っている。
――――――何故か。
得てして人気者は辛いものである(社交辞令)。見た目が良く、高い地位にあり、本人もそれに見合った能力を持ち、色・呑み・打ちのない誠実な人柄であると言えば、かなりの優良物件。よほど大きな失敗をしなければ、強かな女性にさっさと確保されて家庭という首輪をつけられるだろうと思われる。しかし、目の前の朴念仁は、下手をすれば心の洗濯でさえも見かけないと言われる程の潔癖っぷりであり、一種の女嫌いと噂されている。
――――――にも関わらず、
先日の会議以降、サキュバス系、死霊系、獣人系と、魔界の三大種族の独身女性たちが彼の元へとしげしげと通い、かつ、明らかに将来を見据えたアプローチやら彼の気を引こうと甲斐甲斐しい努力をしているのを、我々は眺めている。そう、眺めて、いる。
暗黒騎士(何度も言うが種族だ)である以上、四天王の地位についていない他の者も、魔王様の近衛兵を担当しているなど、社会的地位が高めの、エリートである我々だが、四天王の彼からのおこぼれはない。朴念仁をさっぱりと見切り、お手頃な我らにも目標を定めてくれて構わない、いや、むしろウェルカムなのだが、一切ない。爆破しろ、○○○○!!!
つまり―――――――…そういうわけだ。
「……ふぅ」
か細いため息のようなものが四天王の彼から聞こえれば、何はなくともイラついてしまうのは、仕方がないだろう。もちろん、我らも誇り高い暗黒騎士である。当然、子供の様な単純な関係にはならず、顔には笑みを、心には壁殴り装備を、と世間話でも振ってみるのだ。
「どうした、同志よ。顔色が優れないようだが」
「…いや、仕事の方が滞ってな…」
暗に俺モテて困っていますと言われて、我らが殺気立つ。ざわりと揺れた空気に鈍感なのか、心底憂鬱そうに書類を見る顔も、火に灯油をぶち込む動作だ。落ちつけと軽く鼻で笑い、なんでもない風に装うのに三呼吸も懸かってしまった。
「ほう、それは珍しい。何があったか……いやいや、そういえば君は先日の会議から客人が多いようだ」
明るく返答すれば、「うぅん…」と何とも締りのない声。背後でギンと、他の同志からの視線まで向けられた気配がした。きっと自身も下げずむような眼をしているに違いない。と、そこで、我らの殺気に気がついたのか、四天王の彼が所持している魔剣が、卓上に無造作に置かれたそのままの姿で凄んだ。
――――――貴殿ら、我が主に害を成すか
ざわりと、別の意味で部屋が揺れる。一時緊張に身を固くした我らと魔剣だが、四天王の彼がのんびりと魔剣を撫でた事で緩和された。
「同胞に馬鹿な事を言うな。折るぞ」
――――――あ、…主。そんなつもりは…
さらりと行われたやり取りに、流石に毒気が抜かれる。かの剣は伝説の魔剣。今、大変物騒な発言をとても和やかに言われたのだが、果たして耳の機能は正常だろうか。
「第一な、嫉妬を向けるなら同胞らよりも、俺の方だというのに」
はて、やはり耳は正常だろうか。鈍いを越して空回りする彼の発言に、背後の殺気立った連中の一人が話に加わった。
「これは異な事を言う。貴殿は、四天王の一柱として、近頃は女性に追い回されているというのに」
「ほう。貴様は、そう見えるか」
若い声が呟けば、声から後輩と悟った彼がやや険のある声で応じる。暗黒騎士中、一番の強者らしい青い炎の目が、話に加わった同胞を捉えた。皮肉気に肩をすくめて続ける。
「興味本位で始終追跡されるのも、最初のうちであれば良いが、こう何日も粘られると流石に怒りが湧くというものだ。
――――――――――――――――どうせ、こっちがその気になったら逃げるというのに」
「は?」
後半、声を圧縮して呟いた彼は、尋ね返した我らに視線を向けずに、まるで懺悔するかのように両手を組んで額をつけた。そのまま重い息を吐いたかと思うと、か細い声で続ける。
「そうとも。礼服を着れば三割増し、甲冑なら五割程度か? 制服マジックを甘く見ていた…」
「せ、制服?」
「そうだ。貴殿らにも心当たりはないか? 魔王様主催で催しがある際、ずらりと並んだ我ら騎士に、ご婦人らが声をあげられるのを」
思い出すのは、今代の魔王様の戴冠式。上位から、魔族成り立ての下位までがずらりと並んだあの景色は、その一部である我らも感動したものだ。その際は、こんな陰鬱な思いはなく、ご婦人方の声援にさらに胸を張ったものである。そんな回想をした刹那、目の前の御仁はさらに憂鬱そうに息を吐いた。肺の中全て空にするような大きなものだ。
「世の女性らは、職業人、ことさら堅苦しい礼服の男を普段の二割、いや、三割増しで魅力的だと感じるらしい。我らは誉れ高い騎士。各々方、隣を見るが良い。どうだ」
促され各人同胞を眺める。先ほど、四天王職の彼の色男っぷりを言ったが、常時鎧甲冑の我らの素顔など見る機会などなく、その外見は、金さえかければより美しい甲冑となれるわけで。よく仕事で組む同胞を見れば、先の特別給与で肩部の装飾をより禍々しく彫り込んだのが見て取れ、思わず、『裏切り者』と殺意が湧く。
「――――――そういうことだ。いざ、事に及ぼうと素顔を見せれば、それ相応。魔法が解ける」
経験上か、この世の全てを呪うと言わんばかりの重い声が漏れ、彼は無造作に兜を脱いだ。常に甲冑で過ごす種族で、また何かと雑用に使われる彼は常に蒸れているのだろう。想像した事もなかったが、兜を取った途端、彼の髪が黒の癖毛で、しかも額に張り付き、兜の構造に沿って乱れていると知った。男らしいと言えばそうだが、太い眉はどうも見苦しく、美形ではないが並み程度に整った顔立ちも、輪郭が丸く女顔でちぐはぐ。不機嫌なのか癖なのか眉根が寄り、吊り上がりの眼光が鋭すぎて、近寄りがたい。「どうだ」と皮肉った笑みを浮かべた彼の、鎧の奥闇で燃える青い炎がなりを顰め、死人に近い青い肌とぎょろ目のせいで、なんというか、そう………暗黒騎士最強の男のイメージが瓦解した。グールだと言われた方がしっくりくるというか、これならライカンスロープの方が男の目から見ても格好良い。
ざわりと、恐らくほとんどが初めてだろう、彼の素顔を見て騒然となる。彼はよく自己分析が出来ているらしく、予想していたと言わんばかりに苛立たしげに髪を掻き毟った。暗黒騎士の中にも時々、腐り落ちてしまったのか、中身が骨だけの奴がいるが、そちらの方がまだ孤高のイメージがつく。四天王職の彼は恐ろしい戦果と経歴が有名であるも、その実態は、死にかけた聖王国一般人レベルの、粗野な顔立ちだった。地味であるともいえる。
「ご理解いただけた様で何よりだ」
騎士だけあって筋肉質な体型で、整えればそれなりに成りそうな彼だが、どうも不器用でセンスがないのだろう。舌打ちで悪態をつくチンピラ染みた動作の後、やけくそ気味に言った。
「さて、今後は同胞でなく、暗黒騎士代表として話させてもらう。翌日より我らが種は、陛下の御前、または式典時以外の兜の着用を一時禁止する。期間は、試行として二年。但し、種の体面を保つ為、上位三位は除く」
言いながら、上位一位である彼はさっさと兜を被ってしまった。断ればその場で殴りつける算段か、腰を浮かして片手を固めている。一体何の意味があるのだろうかと、周囲は互いを見た。ここ数百年、素顔も確認した記憶がない者たちが多数いる中、さっさと兜を脱ぐような強者はおらず、困惑の空気が流れる。
――――――何をお考えか、≪主≫
ここにいる者の心中を代弁する魔剣だが、四天王職の彼は「ふんっ」と面倒そうに息を漏らしただけであった。
後日。
珍しく早朝から調子が良かったらしい暗黒騎士は、幼女な魔王様に呼び出され、謁見の間で膝をついた。
「何のキャンペーン中だ、お前。騎士が兜を取ったら、只の警備兵の様ではないか」
「はっ。しかしながら申し上げます。魔王様の御前ならびに式典の際の着用は義務付けしており、また我らが上位は常と変りありません。何か問題でも?」
すらすらと受け答えする暗黒騎士は軽く見上げた状態ながら、「城に登城する者は何ら変わっていないのに、何故、知っているのか」と問うていた。時折脱走癖のある魔王様を良く良く知る臣下の目である。無論、城から出入りする者達は、普段兜すらも脱ごうとしない暗黒騎士(種族)を知っているため、急な変化に噂話を広げるだろう。けれども、魔王は「何故、取った」でなく、「只の警備兵の様」とまで言ったのだ。どこかで見たに違いない。また、二日前、暗黒騎士が公休だったその日に、魔王様の姿が見えないと騒ぎがあったと報告を受けている。暗黒騎士の無言の圧力に負けたか、軽くバツの悪い顔をした魔王だが、咳払いをして話題を変えた。
「で、何なんだ、アレは」
「――――――真意は、撹乱、であります」
「撹乱?」
何やら物騒な言葉が出てきたと魔王が表情を顰めると、暗い兜の隙間から青い炎だけをちらつかせる暗黒騎士がゆっくりと頷いた。
「中身が見えぬから期待をするのです。そして、美醜は位とは全く関係がない」
「美醜?」
重大な話題でも出てくるのかと身構えた魔王だが、続けられた単語にまた混乱した。こちらの困惑を知っているのか気にしていないか、暗黒騎士はやおら真剣に言い切る。
「これで、無駄に、俺に、期待してくる他種族のご婦人を減らせました」
「え、おま……あの見合い話続いてたの?」
「―――――お陰さまで、ご婦人の『ないわ』と言った表情を見る事もなく、快適です」
職場の対人関係でメンタルが疲弊している彼が、ここ数日きちんと勤務しているのはそういう事か。無駄に納得がいって「あぁ」と頷いた魔王だが、色んな意味で複雑なのだろう暗黒騎士は、舌打ちしてメンチ切るような雰囲気をチラつかせる。彼の腰にある魔剣は無言であったが、主である彼の外見改造計画を密かに打ち立てていた。