4)お局様
私は魔王、この暗黒大陸の主である。
とはいえ、この混沌渦巻く大陸を統一なされたのは私の祖父である、偉大なる大魔王様な訳だが、家督を継いだから、私がこの大陸で一番偉い。魔族にしては多少成長が遅かったため、人間で言う12歳程度の外見にしかなっていないが、後500年もすれば私だって、ピチピチの年頃乙女になる、…予定だ。
しかし、首から肩にかけては早く成長してほしい。もちろん女性としての魅力である胸も、お母様のようになるはずなので早く成長してほしいが、首肩に関しては頭の角が重すぎて肩コリになると、死活問題なのだ。今日の様に長々と会議が続くと予測できる日などは、特にそう思う。
私を上座として、四天王である、死霊の頭領、吸血鬼の頭領、獣人の長、そして常勤の暗黒騎士が円卓に坐している。
定例会議など近況報告みたいなものだが、話しに花を咲かせているのは人妻共だけで、私や黒鋼の鎧の下で船でもこいでいそうな暗黒騎士は不動であった。何せ、各自次代の成長っぷりや美容の話から、果ては旦那の愚痴へと発展しており、もはや会議を解散してもいいように思う。
死霊の頭領は土色の肌が麗しい妙齢の女で、死霊らしく黒いフードを目深に被っているも、ちらりと覗く青いルージュが魅力的である。
戦場で魂集めていたら好みの男(死体)が居たとかでその場で襲い、今は三男五女の母。こんな麗しい外見をしていながら、家庭では死してなおごつい体型を維持している旦那や、反抗期に入ったらしい息子達を蹴飛ばす、肝っ玉母さんであり、うっかり彼女の家に勇者が入ろうもんなら、本来の吸魂の技でなく物理で追い出す女傑である。
その隣でニヤニヤと真っ赤なルージュを笑みの形にしているのが、吸血鬼の頭領である、豪奢な金髪と金の瞳を持つ、人間で言うところの成人前後の外見をした娘である。
陶磁器のような白く細い指先で男を誘惑して食事する彼女だが、父方がサキュバスなのもあってそういう衝動も持っているらしく、「禁欲的なのが素敵!」と人間領のド田舎の神父を口説き落とし、今は腹に子を抱えたまま、新婚真っ最中である。神父を堕落させた事を褒めればいいのか、すっかり腑抜けになって旦那からしか吸血しなくなった事を諌めればいいのかわからないところである。
もはや置物の鎧のようになっている暗黒騎士を飛ばし、豪胆な男のように腕組で談笑している巨大な女は、獣人の長であり、レッドドラゴンの化身である。
城で四天王として集まる際は、一人だけ竜の姿では話がわからんと人型を取っているのだが、女戦士のような外見になっているのは、趣味なのか本性なのか。彼女は四天王の中では古株であり、お母様の代から仕えている。竜は雄よりも雌の方が巨体であり、気性も荒く、こんなので繁殖出来るのかと疑問に思う事も多々あるが、この女に関しては、仕事に就くなり寿退社でお母様を悶絶させ、子供が在る程度育ったから再就職と要領が良い。大変良い。話しに聞けばそろそろ孫も生まれそうとかで、子供達も要領が良さそうである。
四天王の中で独身といえば暗黒騎士であるが、こいつは色めいた話は聞かないなぁとそんな関係ない事に思考を裂いていると、「では、こういうことでよろしいか」と獣人の長が話を振って来た。8割方世間話であったのですっかり油断しており、聞いていなかったとの焦りから承諾の頷きをしてしまいかけた時、それまで沈黙を貫いていた暗黒騎士がむんずと手を伸ばして、差し出された資料を奪う。寝ているだろうと誰しもが考えていたようで、呆気に取られる女たちの中、彼一人だけ半端に立ち上がった姿勢のまま、すらすらと内容の確認をし、数枚めくったところで顔を上げた。
「…不許可。バッグやバーゲンの決済は、自宅で、旦那様や自国領の国庫と、ご相談ください」
「「「ええぇ―――、何でよ―――ぅ!?」」」
暗黒騎士がさっぱりと切って捨て、重要案件の印を自身の印で塗りつぶす。それをくしゃくしゃに丸めん勢いで扱っている処を見ると、彼もあの世間話という撹乱に苛々し、その内容にもがっかりしているのが見て取れた。良かった、頷かなくてと心底安心する私に、一瞬だけ彼が兜の先をこちらに向けて殺気を放ったような気がする。そうそう怒るなと渋い顔をすると、仕事モード(強)に入ったらしい彼は、渋る人妻共に一枚の資料を提示し、席に座ることなく続けた。
「…吸血鬼の方で、人口と住民数の違いがある。説明を」
覗くと、各自の収入と出費を簡単に示し、各自に注目してほしい個所には色をつけているという手の入りぶりである。宰相と彼とで会議直前に何か相談していたが、これのことだろうかと感心していると、吸血鬼の長である金髪娘が細い指を口元に当ててしなを作った。
「侍女たちが、私とダーリンの恋愛話を本にしたいっていうから許可したら、一種のブームになっちゃって」
「…聖王国で人間の堕落に務めている、と。被害が出たらすぐに報告と一時帰還の手配を。許可」
何だか両者でニュアンスの違いがあったようだが、彼は早く終わらせたいのかそう言い、「よろしいか」と私にも振って来たので、特に問題なしと頷いた。それに済みの印が押されて、横に流され、吸血鬼はほっと息を吐く。次いで、獣人の長へと兜を向けた彼は、三か所ばかり指で付いた。
「天領(魔王直轄)で、竜や肉食系獣人による拉致が増えている。説明を」
「いや、それは逮捕しろよ!」
そういう数字関係は面倒だからって宰相に振っていたのに、なんでお前が知っていて私が知らないのかと即座に突っ込むが、暗黒騎士は無言でこちらに兜を向けただけで、獣人の長へと視線を戻した。何だか無言の圧力を感じたが、彼が言及しないならこの場で必要な事でない、もしくは後に説明が来ると踏んでとりあえず座る。
「んぅむ、基本、獣人は自由だからな。妾の把握が不完全なのもあろうが……こちらの人口が増えているだろう?」
「…魔族は実力主義。各自の関係について野暮は言いません。天領にも申請書と税金を納めてください。でなければ、俺が奴らを殴りに行かないといけません」
暗黒騎士の前半部が本当に人権無視な予感を感じさせるが、非情な奴は、事務手続きを行えば可と言い切った。そうして前半の税金云々の下りで、強かな獣人の長は獰猛な笑みを作ったが、後半の暗黒騎士出動には、ぼこぼこにしても立ち上がり、数十年単位で毎日のように突撃されたしつこい記憶があるのか、嫌な顔をして頷いた。
「…獣人は、主に従う者。把握しきれていないとすれば、反逆の可能性もございますな」
「…………良かろう。長の実力、見せてやろうではないか」
暗黒騎士の駄目出しに心当たりがあるのか、彼女は獰猛な雌竜独特の笑みを作る。帰ってから荒れないと良いがと余計な心配をすれば、今度は死霊へと顔を向け、暗黒騎士。
「…今回、一番の議題は、こちらです。死霊領の縮小と、それに伴う税金の減額」
少々殺気が混じったのは、金が絡むせいだろうか。先ほどから暗黒騎士は、金、金と、それ絡みのネタが強調されている。それとも宰相の入れ知恵だろうか。
死霊の女は、それに多少肩をすくめるような、可愛らしい仕草を入れるとやはりしなを作った。
「私も困っているのよねぇ。理由については、さっき彼女らとお話したからわかったけれども、元々私たちは環境に左右される、儚い種族だから」
ものは言い様である。
死霊が住みやすい廃墟やらが、聖王国と隣接する地域であることもあり、彼らが大規模に土地の整備や死霊狩りを行うと、数が激変するのだ。魔王領から援軍を出してもいいが、拮抗している現在、下手な刺激をしない方がいいと宰相と相談した。
これはそのまま流れるかなと思っていると、暗黒騎士。
「俺が行きましょう」
暗黒騎士のこれまでの行動から考えても、絶対に良くならないどころか、聖王国と全面戦争の予感しかしない。予言通りの力がある伝説の魔剣も手に入れた彼であるが、それを使おうともしなかった癖に、こういう時だけ「≪鈍ら≫」と召喚して手に持っていたりする。
「やめんかっ!! 何をする気だ、お前っ」
「……死霊領が大変になっているというのに、魔王様はお見捨てになるのですか」
若干声のトーンを変えて哀れっぽく言ってきたが、大凡の予想がついているので言ってやる。
「天領の誘拐事件を見捨てたお前が、何の義理があって動くというのか、と言っている!! 遠征にかこつけての従軍演習ならともかく、絶対、お前、一人で行く気だろうがっっ!!!」
「………」
何かにつけて積極的に死線に行きたがる暗黒騎士の特性を言ってやれば、しばしの睨みあいの後、暗黒騎士がすとんと席に座り、もう一枚の資料をレイスの長へと渡した。
「…聖王国が滅ぼした辺境の村々と、取りこぼしのあった廃墟です。来週には、良い報告を期待しています」
「あらぁ、ありがとう」
「では、解散」
暗黒騎士はそう言って立ち上がり、纏めた資料を持って退室しようとしたのだが、その頭をがっしりと獣人の長に掴まれ、戻される。毎回恒例の出来ごとなので暗黒騎士もろくに抵抗せず、大人しく腰をつけた。途端、その左右を先ほどまで旦那の愚痴か惚気かわからん話をしていた人妻たちが囲む。腕を取って胸に押しつけるのは、金髪吸血鬼。
「そぅいえば、貴方、元人間、なのよねぇ?」
再び置物の様になってしまった暗黒騎士の兜、顎当たりを人差し指でくいっとあげて、死霊の女。
「皆さん、心配していてよぅ? 貴方に春が来ないんじゃないかって」
それでも微動だにしない暗黒騎士の前のテーブルに片尻を乗せて座り、獣人の長が獲物を狙う目でにやりと微笑む。
「花街でいい女でも紹介してやりたいところだけれどねぇ。遊ぶもいいが、そろそろ身を固めるのも必要だろう? 私の娘はどうだい? 孫でも良いがね?」
「………」
カチンと、それこそ鎧の置物になった暗黒騎士をぼんやり眺めていた魔王だが、一瞬、兜に青い光が輝き、そちらを見たのがわかった。まったく微動だにしないというのに、そういう芸当だけは器用だよなとさらにのんびり眺めていると、娘やら知り合いやらと交互に勧めてくる彼女らの圧迫を感じるのか、鎧の下で、鎧ごとガタガタと震えだす。おぉ、新しい技だなと感心していると、さらにその速度が増した。
―――――――――あ、主!?
「この娘も、良いと思うのよぉ~」
「いや、待て。それほど初心なら、うちのに任せるがいい」
「あのねぇ、神父もいいけど、騎士も良いなーって友達がね?」
やいのやいのと女体に飲まれていく暗黒騎士を見て、流石に腰に納められた魔剣も焦り声を上げる。寒さに震える遭難者のような哀れな全身の震えでこの状況の苦痛を訴えるも、助けるものはおらず。
「終わりましたかな?」
「お、宰相。お前な、私にも情報とか回して…」
頃合いを見計らって入室してきた宰相に魔王が声をかけた直後、がおんと地響きがし、暗黒騎士がひゅんと消える。
足元に舞った埃が収まって魔王が覗くと、どうやら渾身の貧乏ゆすりで床に穴を開けて落ち逃げたのが見えた。
「無駄な事を」
「会議にかこつけて付いてきてますのに」
「想い誤って夜這いしちゃうかも~」
日頃五月蠅い暗黒騎士も、この分だと数日欠勤するだろうな、と魔王はさらに思った。
「そして、修理は(給料から)差っ引くぞ」