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2)地位

 暗澹たる雲が覆う空。

 生温かい腐敗の混じる空気は肺を腐らせ、当然住みつくものもそういう環境に準ずるモノであり、シダのような、苔やカビのような植物が生い茂る草原に、肉食草・木の森、毒の沼、硫酸の河と、大凡生物が生息できない環境に在って、我々魔族は生活している。何も好き好んでこんな場所を住処にしなくてもとは、俺の意見だが、一体どこの馬鹿が住み始めたものなのやら。

 生温かい、不快度の高い湿気を帯びた空気と、輪をかけて重々しい空を眺めて歩いていたせいか、気持ち、肩にかけたマントが重く感じた。これから職場におめおめと逃げ帰るのかと思うと、さらに憂鬱で胃が痛い。

 城を出る時はこんな空でも素晴らしく輝いて見えたというのに、一体どういうことか。所詮、伝説。所詮、お伽噺。そう繰り返して慰めてみるも、自身の落胆は止まりそうになかった。通常でさえどん底だと思っていたのに、さらに底があったとは我ながら驚きである。そんな新鮮で、後ろ向きな感動など要らない。


「ふはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~……」


 視線を下に落とせば、毒沼にうっかり足を突っ込んでしまい、黒鋼の美しい鎧は足先が溶け出していた。通常の毒沼では、魔界製の黒鋼の鎧は溶ける事はない。恐らく、この間、また勇者やその仲間あたりが偵察にでも来、うっかり聖水でも零したのだろう。

 数年前までは新品だった白い靴下はボロボロで、それが見えたと思ったら、穴空きの様に溶け始めた。鬱だ…。


 ―――主よ!


 いつもの事と陰鬱に足を進めれば、背後から若い男の声。全身黒鋼の鎧の彼と同様に真っ黒で、肌は雪、というより白い絵の具まんまの色、目は何故か黒と青の二色という不気味、いや、世間ではイケメンという恐ろしくうっとおしい爽やかさと内包された輝きを放つ外見の青年が、陰鬱に背を曲げて、憂鬱そうに足を進める黒騎士の後ろについてくる。

 一度肩越しに振り返れば、飼い主を見つけた犬の様に駆け寄って来るこいつは、”伝説の魔剣”である。大人しく遺跡にいればいいものを、何を思ったか黒騎士の後をついてきた。

 この魔剣の伝説では、気に入って名前をつけてやれば主になるらしいのだが、俺はこれっぽっちも名付けた覚えはない。ついでに言うと、足が生えて追い駆けてくる…いや、人型になれるだなんて知らなかった。

 確かに奴が言う通り、魔剣なのであろう。手に取ったら装備から外れませんだなんて、呪いの武器だ。


 駆け寄った魔剣は、俺の足先が白い煙を上げてしゅうしゅうと溶け出しているのを見ると、渋い顔をして何故か、両膝と肩に手をまわして抱きあげた。これでも大柄な種族の出で、目的のために鍛えているから筋肉質のごっつい男なのだが、そんな事、このイケメン面には気にならないらしい。女が騒ぎそうな繊細な顔立ちに、男らしさも忘れていないご尊顔で、「すぐに手当てを」と城に向かって走り出す。まさに、美男と野獣。こんな細い体で、俺みたいな熊を抱きあげるのだから恐れ入る。

 で、俺もなんで抵抗しないかっていうと、城に戻るまでの半年、たかが足先が溶け出した程度で大騒ぎし、たかが腹に槍が刺さった程度で周囲を全損し、たかが腕がちぎれただけで一族郎党皆殺しにしと、俺の説得も虚しく、その全てを実行しているからだ。

 元々気力がない自分、人に介入するというのは苦手で、かつ、うっとおしいイケメンの満面の笑顔を毎回受けてダメージを与えられるので、無我の境地に達しているのだ。何度も名付けていない、主じゃない、気に入らないと正直に話しているのだが、聞く耳持たねーでやがる。


 死んだ魚の目をしており、話す言葉は陰険・根暗、言動の全てに鬱を著し、正直付き合ってられないというのが俺、黒騎士を指す言葉である。何せ、親も投げたこの性格で、碌な目にあった試しはない。

 しかして、何故このイケメンが俺に付き添っているのかも、皆目見当がつかない。クーリングオフ有効だと思うんだよ、マジで。


 欠伸ついでに足先を見れば、魔剣の主としての作用なのか、鎧までもすっかり元通りになっており、なまじ魔獣より速い速度で移動するイケメンの腕からひょいっと降りた。


 ずぐざああぁぁぁぁぁぁぁ――――――


 慣性で、踏みしめた大地に砂埃が立つ。

 ふと職場方面を見れば、砂煙をあげて突っ走っていく何かが、どごぉんっと何本か”血濡れの樹”を破壊してUターンしてくるのが見えた。自然破壊をすると、後で上司になんて言われるかたまったものじゃないのだが、恐らく何をやっても無駄だろう。

 壊すのは得意だが、直すのは苦手、さらに言えば、奴らの住処に突撃訪問してからここ数百年、奴ら、俺を襲ってくれない。魔界の植物なのだから、もっと気合いを入れて殺しにかかってこいと念じているが、ぱったしなくなった。

 そう、植物だけでなく動物、他種族、果ては暗黒騎士同士、四天王と様々に挑戦したが、俺はまだ敗北していない。


「ふっ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――…」


 口から黒い霧を吐きだす如く、深く深くため息を吐いた直後、「主よ!!」とイケメン…いや、足の生えた魔剣が隣で急停車した。ぶわっとマントが顔にかかるが、この際気にせず、慣れた手つきで払いのける。


「…落ち着け」


 再び男を抱き抱えようとするイケメンを手で制し、俺は正面、深い森の奥に建つ、魔界全土から見える巨大な城を眺めた。

 魔王城。魔界の王である、魔王が住まう場所である。俺の、職場だ。











「ほう、戻ったか。案外早かったな」


「…はっ」


 御前に跪く俺に、上司が声をかける。お許しを頂いてあげた顔には、ふてぶてしく王座にのけぞる幼女、もとい魔王様がいらっしゃった。

 魔族の王の証である頭部の角は横から前へ、闘牛の様に突き出し、その成長途中の体と細い首には些か重く、船をこくとあっさり首が折れるのではと何度か想像した。

 正直、体に比べて異様に頭が大きく見える二次元的な顔は、マネキンじみていて俺は苦手である。そんな失礼な事を考えていたせいか、それとも通常通り俺の目が死んでいると言うつもりか、幼女、いや、魔王様は困った顔を成された。


「相変わらず、腐乱死体のような目をしておるが―――して、首尾は?」


 日頃不真面目な俺の態度を改めようと話してくださった魔剣について、だろう。何せ、消滅するやもしれぬ試練を受けたかどうか俺は健在だし、知らぬ間にイケメン、いや、侍従の様な格好の青年を連れている。

 奴は俺の様に跪くことなく、にこやかに微笑みながら魔王様を眺めていた。不敬だと騒ぐ奴らもいないわけではないが、当の魔王様がお許しになられて現在に至っている。

 恐らく予想はされているのだろうが、正直に言おう。


「伝説の魔剣は、ございませんでした」


 ―――――――――何故ですか、主よおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!


 途端、後ろで笑顔を振りまいていたイケメンが、両拳を握りしめて吠える。怪音波が発生し、青年から円状に床が割れ、周囲にわぁんと音が広がって直、シャンデリアが落ち、窓ガラスが盛大に割れた。そのまま音は外へと逃げて響き渡ったようだが、なんとまだ音がする。

 と思っていると、つーっと両耳から何かが垂れた感じがし、拭ってみた。血だ。それもすぐ真っ黒になって、黒い服の黒い染みとなり気にならなくなる。


 のそっと顔を上げると、幼女、もとい魔王様は急に電話口で怒鳴られたかのように両耳を押さえて顔を歪めている。こちらのように鼓膜が破裂していないのは流石と言うべきか。

 感心していると、どうやら彼女はその間にも何事かまくしたてているようである。多少眉根を寄せて読唇を試みれば、どうやら「そこにおるのが、魔剣だろうが!!!」とご立腹の様だ。

 確かに、ただの魔族にこういった芸当が出来る奴は少ないのだが、それだけで魔剣と称するには時期尚早だろう。

 何せ、その件の伝説の剣は―――。


「俺を斬りましたが、死にませんでした」


「は?」


 魔族の自動再生か、おせっかいな魔剣の作用か、聴覚が再生され、幼女、いや、魔王様のお声を拾う。


「ですから、切腹しましたが、全く死にませんでした。多少痛かっただけでした」


「ええと、お前、何言って…」


「俺さえ斬り殺せない鈍ら剣が、伝説の魔剣のはずありません。精々、呪いの装備、です」


 結論を言うと、流石に魔王様も納得されたのか、震える拳を下げて一度唇を噛み締められた。相変わらず首がもげそうだと眺めていると、瞬時に魔族の王たる険しいご尊顔になられたかと思うと、牙を剥き出しにして唸られる。


「お前、一応、魔界の暗黒騎士という自覚はあるのか?」


「はい。暗黒騎士以外の何物でもございません。魔王様に追従して以来、ジョブは暗黒騎士、でございます」


 何を当然な事をおっしゃられているのか。

 俺は、暗黒騎士という魔界種族以外の何物でもなく、きちんと暗黒騎士として住民票を得、税金も納めている。他の暗黒騎士でも良いはずなのに城に不当に留められ、こうして伝説の武器を探すという名目での休暇もやっともぎ取った。きちんと魔王様に書類と印鑑を貰ったのだ。

 ここにありますよ、と提示すれば、魔王様が吠える。


「誰が種族を聞いたかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!! 貴様、魔界四天王の一人という自覚はあるのか、自覚は!!!!!!!」


 四天王の一人は必ず暗黒騎士がしなければならないという伝統があるだけで、たまたま俺が生贄に差し出されただけだという裏事情も知っているだろうに、それはない。

 顔をしかめた、というより即答しなかった事が琴線に触れたのか、魔王様は続けられる。


「お・ま・え・がっ、周囲の暗黒騎士に片っ端から勝負をしかけて伸し上がり、四天王になったかと思えば、他三人とも試合を吹っ掛け、そうして貴様の勝負の執念に負けた奴らが私に泣きついて来たのを、忘れたかっっ!!!!」


「お言葉ですが、魔王様。俺は元々人間で―――…」


「やかましい!!! 戦場の最前線で暴れまわってすわ死ぬかと思えば生き残り、惨殺者の異名を貰って追われ、半場聖王国に放置気味の処で満足すれば良いものの、それで飽き足らずに魔族と成った癖に、自国の為に働かんかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


 先ほどのイケメンハウリングとは違う意味で周囲に響き渡った魔王様の美声に、しばし呆然とする間もなく俺の口は無意識に、また正直に動き、正確に発音する。


「…働きたくない、でござる」


 ―――ぐがががががあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!


 一定の我慢を越えた幼女、いや、魔王様の寛恕が吠え渡り、その両の手で握られたデスサイズ(お仕置き変形:槌型)がフルスイングされ、俺のこめかみにジャストミートされる。

 一瞬の脳震盪の後、俺は再び職場を離れて森へと撃沈されたが、あいにくな事に、まだ息があり、少し休んで職場に戻った。


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