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1)魔剣

 ―――光と闇とが争う時代。


 艶やかな暗黒が支配せし大陸の王者、魔王。輝かしき栄誉が支配せし大陸の王者、神聖王国。

 この巨大な王者らが、再び、沈黙した初原の混沌を呼び覚まさんと、覇を争う時代。


 強者が鋼を手に伸し上がり、弱者が路傍の石の様に踏み躙られる。

 ―――力こそ、全て!!

 ―――――権力ちからこそ、至上!!


 そんな時代の産声に引かれる様にして、此処に混沌の落胤が誕生した。











 この世に生を受けて、幾星霜。初原の混沌と称された世界の誕生直後より【我】の意識は在った。

 冬至の闇夜よりなお鋭く、天頂にある月よりなお凛とした、隠されし【我】の名は無い。

 未だ古の風が残る遺跡にて、新しき風を呼び込む存在は訪れず、深海の如き静寂に抱かれ【我】は在る。

 微睡みの合間に世を眺めるが、【我】を求める猛者共は蟲毒に伏し、【我】を知る賢者共は秘境へと去った。


 【我】は在る。混沌の闇が積もりし、孤高の間にて。


 【我】は座す。予言された、相応しき目覚めの時を。


 【我】は黙す。紡がれし、英明なる造を抱いて。





 ―――――――――キイィィィィ……


 反響する微音に【我】の意識は覚醒した。

 扉が開いたと理解すると同時に古の重い風を押し流し、輝かんばかりの清風が濃密な生の気配を持って間を満たした。


 讃えよ、混沌を。叫べよ、勝利を。予言されし待ち人来たり。


 歓喜に震える【我】へと向かってきた待ち人は、直前まで静まっていた混沌の闇と同じ漆黒を纏った傑物であった。全身の甲冑は、それさえも美しい刻印の様に傷が刻まれ、歴戦の猛者である事は一目瞭然。何より、彼の人物の目、薄く開いた兜の隙間から覗く青炎の輝きが、闇に創られし【我】をして冷酷さに身震いする程である。一切の希望が見えぬ冷厳な炎を宿し、ただ沈黙を持って【我】と対峙し、その剛腕をもって【我】へと触れた。

 硬く厚くなった、戦士の掌である。それがぐっと握りこまれた瞬間、【我】の躯は解き放たれ、身の内に秘めた黒を開放した。


 聞けよ、世界。【我】はこの世に誕生した。


 反響せよ、世界。【我】は災いをもってこの世に声を上げよう。


 高らかに謳おう、【我】と【我が使い手】を。



 そう、【我】はひと振りの剣。初原の混沌が生み出せし、純粋なる黒の剣。極限まで絞り込まれた刀身は乙女の様な繊細さと艶めきを持ち、凡人であれば落として折れると考えるに違いない、細身の剣だ。だが、内包する闇はこの世で随一、魔王さえも凌駕するであろう魔の剣であり、貫かれた者は毒に侵され、裂かれた者は失血の呪いを受ける、岩をも竜をも穿つ、何者をも寄せ付けぬ孤高の剣である。

 予言にある、対すれば死を、手にすれば絶対の勝利を確約する剣。武骨な戦士の手には些か不釣り合いな細ささえも、装飾とも見紛う呪印が刀身、鍔、柄と全体に施されており、その華美さも相まって壮麗な印象にしかならないのである。


 高貴な魔剣である【我】を、只人が扱える事はない。

 【我】が在るこの遺跡も、魔の大陸の極北に位置する神域の森の奥地にあり、やって来るまでも不可能に近い。さらに遺跡内部にある数々の罠や眠る太古の守護者を撃破し、予言を読み解いて真の道を見つけねば辿りつけないのである。

 極めつけが、魔王さえも凌駕する魔を秘めた剣であるので、使い手にも資質が求められるという点である。所持すれば魔の気に侵され、程度の低い者であれば自我を崩壊させられ、触れる以前に全身の魔力、生命を奪われ、塵と化す。


 だが、この男は―――




 【我】がこの邂逅に胸を躍らせ、感動にうち震えている間にも、この黒鎧の男は掴んだ【我】をしげしげとその凍てつく死んだ眼で眺め、そうして徐に刃先を自身の腹に向けた。当然甲冑の防御があるものの、そんなもの、【我】にかかれば紙切れ同然。それでも刃先を自身へと向けると言う事は、なるほど、【我】を試そうとでも言うのだろう。強固な鎧を破壊する力を示し、かつ、主に従順である事を示すため、肉体を傷つけず―――いや、正確には、肉体を貫いたとしても、抜く瞬間に主を癒すという芸当をするのだが、それを試したいということだろう。

 なんと貪欲な主であるか。黒の剣の使い手としては、理想的である。


 向けた刃先はブレることなく、主は一度呼吸を整えたかと思うと「ふんっ!!」と一気に腹へと突き立てた。防御である鎧は簡単に貫通。これは【我】の性能もあるが、主の技量が相当であるという事でもある。タイミングを計る【我】でさえ冷や冷やした速度で腹へと刃を埋めた男は、背まで貫通した手ごたえを感じるとさらに全身の筋肉を使い、引き抜いた。

 停滞だけがあったこの場に、微かに治癒のずれがあり、数滴、血が飛び散る。

 男の血は、ここら一帯を治める魔族とは違い、人と同じ赤であった。それも空気に触れすぐに黒くなるが、その速さは魔族と契約した人間独特のモノで、何の理由があろうか、彼の者が魔導へ堕ちた者だとすぐに知れる。


 薄く血の流れた【我】が刀身を睨みつけるように凝視し、次いで男はそれだけではやはり満足できなかったか、剣を首の横にあてがった。


 黒の剣と契約した主は不死。

 というのも、手に取ることができるのが不老である魔導の者であり、かつ、黒の剣自身が主のいかな傷をも癒すからである。

 この男、只者ではないと思ったが、よもや、その伝承の正誤を自身で試すというのは豪胆を越して、天晴れでさえあった。よかろう、主よ。存分に【我】を試すが良い!!

 黒の剣が歓喜に震える間に、よもや即座にとは思わなかったが、男はそのまま刀身と首の反対を両の手で押さえると、掌を圧縮するように押し込んだ。大変な怪力の持ち主と感じた即座に、黒の剣も癒しをかけねば危ない速度で首を切り落とす。

 完全に半分以上ばっくりと切れたが、男の意識が飛びかけたのは一瞬。次には慣性に逆らい、黒の剣の癒しと加護が男の首を繋げていた。即死級の怪我も完治である。さぁ、これで文句がないだろう、主よ。

 こうなる事がわかりきっていただろう主に動揺はなく、その底冷えする死んだ眼にて黒の剣を凝視する。黒の剣はもう、興奮の最高潮にあった。後は、この使い手が黒の剣に”真名”をつけて契約を結べば終了である。

 最終的な儀式があと一つと知ってか、主の手はぶるぶると武者ぶるいに震え、魔導に堕ちた者として相応しい死んだ眼には、暗き、深き絶望が輝いていた。


 さぁ、主よ。【我】の名を―――――【我】の名を、呼べ!!!


 すっと兜の奥で、主が息を吸った。

 これから始まるのだ、黒い騎士と魔剣の物語が。予言された終末が!!!


 この感動を一字も聞きもらすまいと、黒の剣が気を引き締めた直後、黒の騎士は徐に立ち上がり、片腕に持った黒の剣を天へと掲げた。物語として最高のシチュエーションだ。

 ぐっと力強く握りしめ、黒の騎士は力を入れ過ぎて震え始めた手で、黒の剣を―――――




「――――――っんの…ぉ、≪鈍ら≫あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」




 がごんっと景気の良い音を立てて、黒の剣が打ち捨てられる。それでも鋭い切れ味は遺跡の床を真っ二つにし、周囲をぼこぼこにした。当然黒の剣は混乱に堕ちる。

 まさか長年待った主が、やっと出会えた主が、つけた名前が≪鈍ら≫?

 いや、そもそもそれは名前、なのか?

 なぜ、主は鼻息荒く、この遺跡を立ち去ろうとしているのだ?

 我は、この床に、なぜ転がっている??


 ―――――――――あれぇ?


 伝説の魔剣と、魔界随一の黒騎士の出会いは、こうして始まった。



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