絶対的なフランの力、再び
「俺の勝ちだ」
横にはラルフが転がっている。ラルフにはなにが起こったのかわからなかっただろう。
「まさか木刀を上に投げるためにあれほどの量の木刀を目隠しとして使ってたとはね」
そう。クエンは宙に木刀を投げてすぐ、残しておいた二本の木刀の一つを上に投げた。高い天井だ。クエンとラルフの最後の木刀が折れたと同時に、もう一つの木刀が落ちてきた。ラルフからしたらクエンの手からいきなり木刀がでてきたようなものだ。
「結局せこいじゃねーか!」
勢いよく起きあがったラルフがクエンにつかみかかる。
「こら、ラルフ。ルールは一つ。クエンはそれを破ってないわ」
木刀を軽く振りながら、フランは艶っぽく笑った。その笑みに、クエンは悪寒を覚える。言いようのない、嫌な予感がした。
「だから、今度は私とだよ」
まっすぐ向けられた木刀の切っ先は、クエンの方を指していた。
フランは自分の部屋に戻ると、しばらく出てこなかった。10分くらい待ってようやく、扉が勝手に開く。
ーー花の匂い……?
おそるおそる、暗い部屋の中へと入った。中にはたくさんの花が敷き詰められている。ずっとそうだった。だが今ここで見る花たちは、どこか異様な気がした。光って見えるのだ。一つ一つの花花が、それぞれ蒼くぼんやりと発光している。
再び、ほのかに甘い花の香りがただよってきた。どんな花なのかクエンは知らない。だが、その香りに少し懐かしみを覚えた。
「やあ、クエン」
一瞬だった。一瞬で背後をとられる。後ろにはいなかった。どこかに隠れていたならクエンが気づかないはずがない。
そこで初めて恐怖が襲った。いや、初めてではない。フランと出会ったあの夜。
あの夜にも感じた、得体のしれない相手に対する恐怖。
『前へ跳んで』
考えるよりも速く、声の通りに動いた。それと同時に爆発音がする。クエンが立っていた場所に煙があがった。
「今のを避けるなんて、本当にすごいね」
フランは腕をあげると、優雅に、優美に。空気をなでるようにして、そっとおろした。
『伏せて!』
言われる前に伏せていた。おぞましいほどの何かが迫ってくるのを、肌で感じて。
別に声だけを頼って生きてきたわけではない。クエンにだって、長年の経験で培ってきた力がある。声が何かを言う前に危険が迫ってきたこともあった。
頭の上を白く輝く何かが通っていくのがわかる。それは熱くて、痛かった。その道筋はクエンの頭の上。クエンには当たっていない。ただまっすぐに進むそれは破壊の限りを尽くす光線か。当たれば塵すら残らない。クエンには当たっていない。だが、それでも痛かった。
二人の考えは、どちらも同じ。伏せる。
「あなたならこの炎を避けてくれると思ったわ」
それは最善の策で。だけど、最善じゃあ足りなくて。
突然、伏せていた床が光りだす。それに呼応するように、花花が舞いだした。地から空へ。力強く舞い上がる。
床が消えた。
「えっ?」
はっとするが、もう遅い。クエンはなくなった地へと手をのばす。
掴んだのは、舞い散る花びらだけだったーー。
ここはどこだろうか。真っ暗だ。フランの部屋は薄暗い感じだったのに対して、ここは完全なる闇があった。
上に光の穴があいてるのが見えた。
「へっへっへ、ここは人がまったくいないからな。叫んでも無駄だ」
どこかの暴漢のようにフランが悪そうに笑う。自分が一つ下の階へと落とされたことを理解するのにクエンはしばらく時間がかかった。
「頭が朦朧とする……」
「なんだと?」
フランは飛び降りるとどこからか持ってきた棒を差し出した。まるでフランが手を差しのばしているようだ。その構図をみて深い意識の中で、昔会った少女とのことを再び思い出していた。