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ラルフとの戦い

 上々の出来だ。自分でも、これだけ演技が上手くいっていることに少なからず驚きを覚える。人を騙すときはまず自分から。クエンは自分自身でその状況に馴染み、まるで自分が本当に楽しんでいるかのように振る舞うことで、それが成功すると信じていた。だが、自分の気持ちは迷わない。いくら楽しんでいるつもりでも。いくらこの時間を居心地がよいと感じても。すぐにいつもの自分に戻ることができた。何故なら、クエンには確固たるやるべきことがわかっていたから。それを見失わなければ、クエンが迷うことはなかった。

 フランと一緒に食事をしたのは、それが任務に必要だったから。できるだけフランに近づき、その心を開かなければいけない。

 ラルフとばかのように騒いだのは、警戒心をなくすため。だがそれももう八割ほど達成されている。ラルフはもう、落ちた。

「今日の姫様は、楽しそうだった」

 闇も濃くなり、もう寝たと思っていた頃、唐突にラルフがそんなことを言った。

 さっきまでの思考をやめ、スイッチを切り替えた。そして、クエンを演じる。

「急にどうした、ついに頭のねじがぶっ飛んだか?」

 クエンの言った言葉にも、曖昧にうなずくラルフ。その様子はどこか思い詰めているようだった。

「今まで姫様は人を避けていた。かくいう俺もその一人だった。いつもどこか悲しそうで、それをごまかすようにいつも笑っていた」

 クエンが一緒に食事をしていたときのフランはどこか困惑していて、おどおどしていた。

「けど、お前と一緒の姫様は楽しそうだ」

 たった一日一緒にいただけのクエンは、それがどれほどすごいのかはわからなかい。それにフランの性格からして、寂しがっているようには感じられなかった。

「だから、お前は嫌いだ。……今すぐぶっ殺す」

 明かりが消えた。クエンはすぐさま体勢を整えると、短剣を構えた。ラルフの剣がクエンを襲う。クエンはそれを難なく受け止めると、大きくはじいた。その隙に横へと跳び、相手の出方を伺う。

「ここでどっちが上か、白黒つけようじゃねぇーか」

「かまわない」

「死んだほうが勝ったほうの言うことを一生聞き続ける。それでいいな?」

「……かまわない」

 果たしてそれは大丈夫なのか? 死んだらその時点でなにも聞けないとクエンは思ったが、気にしないことにした。

「かまわないが、俺は負けないぞ?」

「はんっ、俺は姫様を一生守るってきめた。だからまだ死なない。姫様が死ぬときは、俺が死ぬとき。姫様が死なない限り、俺は死なねぇっ!」

 ラルフの決意を、クエンは美しいと思った。

「俺も、世界の真理を知るまで死ねない」

 だから自分の決意も相手に伝える。それが礼儀だと思った。

 醜く、汚く、小賢しく、生きるために何だってした。けど、こんなときくらい正々堂々としていたいと『クエン』は思った。

「世界の真理? なんだ、それ」

「この世の理だ。俺たちはなぜ、生きているのか。なぜ、殺しあうのか、ってな」

 これ以上は話すつもりはなかった。ラルフも同じなのだろう。

「なるほど。その思いだけは伝わったぜ」

「邪魔ものはいない。存分に殺しあえるぞ」

 闇に慣れた視界の中で、うごめく影をみつけた。まさか……、

「誰がーー」

 まずいーー。光を感じてクエンはとっさに目を閉じる。網膜の裏からでも強い光を感じた。

 瞬。

 何かがクエンの髪を数本、薙いだ。かすめた何かは後ろの壁にあたり、はじける。

「邪魔ものだって?」

 まばゆい光の中からでてきたのはフランだった。

「姫様、これは……」

「私の時間を使って何かをするのはだめだが、お前たちが自分の時間でなにをしていても勝手だ。だが、それは報告しろ」

「それじゃあぜんぜん勝手ではないと思うのだが……」

「何か言ったか?」

 フランの獲物をみるハイエナのような目をみて黙り込むクエン。

 フランは木刀を隣同士に二つ床へ置き、それで戦うように目で示した。

「木刀以外で攻撃したら……祭りだ」

 いったいどんな祭りなのか。想像するだけでクエンは震えた。ラルフに至っては既に経験済みなのか、顔が青ざめている。

「なにをやっている? もう始めてかまわないぞ」

 威厳たっぷりにソファに座り込むフラン。その座るときの小さな音が合図だった。唯一の武器である木刀をつかむべく二人同時に跳んだ。

 先に木刀をとったのはクエンだった。瞬時にラルフに向かって攻撃を放つ。

 ラルフはそれを後ろに跳んでかわした。クエンはすぐさまもう一つの木刀もつかみ、両手で構えた。

「おまえ、それずるくねーか?」

「戦いにずるいも何もない」

 クエンはしばらく木刀を見つめると、

「だが……。やっぱり、戦いは拳と拳じゃないとつまらない」

 そういうと木刀を二つともまっぷたつに折った。

「いいじゃねぇか。そういうのは嫌いじゃないぞ」

 ラルフが一瞬で眼前に迫る。

『避けて』

 声を無視してクエンはラルフの拳を受け止めようとした。だが、その拳の勢いをもろに受け、吹っ飛ぶ。ラルフを相手に声を頼りたくはなかった。

『わかった』

 それきり、声は聞こえなくなった。

「やはり、ただの力ばかか……」

「てめぇっ、今失礼なこといっただろっ!」

 今度はクエンだった。クエンが駆け出そうとして、すぐそこに一本、木刀が落ちていることに気づいた。辺りを見回すと一本どころか、いたるところに木刀があった。部屋の中は鉄の頑丈そうな壁で覆われていて、その中にはソファに座ったフランとクエンとラルフとたくさんの木刀だけ。

「君たち、勘違いしてない? 私は木刀だけっていったよね。木刀はいくつでもある。存分に壊してかまわない。けどラルフ、ルールは守らないと」

「血……祭り…………」

 フランの言葉にラルフの顔が青を通り越して、真っ白になってしまった。

 ラルフの動きが格段に速くなる。すぐに木刀を拾うと、投げた。

 クエンはそれを掴もうとして、だけど速すぎて取れない。

「投げられるのは得意じゃないんだよ……」

 少し苦い顔をする。クエンにとって、何かを投げられるほどの遠い距離から攻撃されることは、暗殺する前に敵に見つかるということ。そんなことはあってはならない。だから自然と遠距離からの攻撃に対しては反応が遅れてしまうのだ。

「へぇ」

 ラルフがにやっと笑った。手にはたくさんの木刀。部屋中のほぼすべての木刀がラルフの元へと集まっていた。

「いつのまに……」

 次々と木刀が投げられた。クエンはよけるので精一杯。次第に部屋の隅へと追いつめられる。クエンはあわてた顔をして、

「ああっ、フランが襲われているっ!」

「なにっ、っててめぇ何姫様を呼び捨てにしてんだよぉぉ!!」

 ラルフはそういいながらもフランへと目を移した。クエンにとって、それだけの隙でも形勢を変えるには十分だった。ラルフの投げた木刀を拾う。たくさん抱えると、それをすべて投げた。

「なんだとっ」

 たくさんの木刀が宙を舞う。木刀のせいでラルフの視界からクエンが消えた。

「どこいった……。ーー後ろか」

 ラルフは背後を手にもった木刀で薙いだ。だがそれはダミー。ただの木片だった。

「前だっ」

 フランが興奮したように叫んだ。宙を舞う木刀のカーテンを突き破るようにしてクエンが現れる。

「残念だな。お見通しだよ!」

 クエンが放った上段からの一撃は、ラルフの尋常じゃない反応速度で出された木刀で阻まれた。

 クエンは立ち止まることなく攻撃を繰り返す。だがラルフはそれらすべてを受け止めた。クエンが再び木刀をふるう。ラルフも木刀をふるった。

 二つの木刀が重なり合った。拮抗する力。固まったように動かなくなるクエンとラルフ。

 強すぎる力に、ただの木では耐えられなかった。

 バキッという音が響く。二つの木刀は折られ、まともに使える状況ではなくなった。

「お前の負けだ」

 クエンが冷静に言い放つ。

「バカがっ。木刀のない今、どうやって攻撃するつもりだ!」

 クエンはラルフの声を無視して高く飛び上がる。高い高い天井に、届くかもしれないほど高く跳ぶ。

 手を天空へとのばし、見えない何かを掴むように。フランはわかったのだろう。フランからは、それが見えたのだ。

「どうして……」

 クエンがのばした手は、何かを掴む。そのまま重力を味方につけて、真上からその何かを容赦なく振りおろしたーー。


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