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続々編 「ベィビー・Lady!」②

窓から見えるのは、隣の家の屋根だった。秋も深さを増して、ついこの前まであんなに暑かった空気がいつの間にかどこかに姿を隠してしまった。

花鈴は体に掛けられた毛布を口元まで持ち上げた。それでも自分の中からしんしんと湧き上がってくる冷気を温めることは出来なかった。

どうしてこんな風になっちゃったんだろう・・・と思う。連休の初めに健太郎くんから送られてきたメールを見てから、確かにかなり落ち込んだけど、ここまで体調が悪くなるとは思わなかった。

やっぱり文化祭のせいかな、と毛布をかきよせながら花鈴は思う。


清水先輩からは、健太郎くんと仲良くなり始めた頃から、冷たい視線を向けられていた。


清水(みやこ)は三年生で、二年連続生徒会副会長を任されている秀才だった。ただ頭がいいだけでなく、美人でスタイルも抜群だ。しかも運動神経にも恵まれ、新体操部に所属し、大会で優勝したこともある。清水都のレオタード姿の写真は、密かに高額で売買されたとも聞く。

親も裕福で、この人には天は五物を与えた、とみんなが噂するほどだった。

この美女に釣り合う男など現れない、と噂されていたが、そこに榊原健太郎が入学してきた。

今まで男には興味がなかった清水先輩が、ついに恋に落ちたと学校中が注目した。

何故なら、入学初日から清水都は健太郎に猛アタックを始めたからだ。

清水都は健太郎に少しでも接触するために、三年生の教室から遠い一年の廊下を頻繁に歩く。〝さりげなく〟手作りのお弁当やクッキーなどを手渡したり、偶然健太郎とすれ違う時には、制服のボタンを一つ下まで開けて、胸の谷間を覗かせたりしていた。


健太郎の方は、そんな彼女の努力に無反応で応じた。そういうストイックな態度が、その他大勢の女子たちの心を打ったことは間違いない。

健太郎人気はじりじり上がっていった。でも健太郎は女の子に奥手だったし、モテる事をひけらかしたりしなかったので、男子達から反感を買うことは少なかった。

一体誰が健太郎の心を射止めるのか・・・とみんなが静かに見守る中、目立たないちっこい女の子がそばをうろつくようになった。

最初、生徒達は色々憶測しあったが、健太郎と花鈴の間に「友達」以上の何かを感じることはなかったらしい。段々二人が一緒にいるのが自然な形になってきた。

でもそのことに納得出来ない人間がいた。

清水都だった。


あたし、調子に乗ってたのかな・・・と花鈴はため息をつく。

花鈴は連休の少し前、みんなが文化祭の下準備をしている時、清水都に呼び出された。

「あなた榊原くんと付き合ってるの?」と正面から聞かれて、花鈴は返答に困った。

「はい」とは答えられなかった。なぜなら花鈴は健太郎から正式に付き合って欲しいと言われた訳ではない。一度ほっぺたにキスされたことはあっても、あれはその場の勢いというか・・・そういうロマンチックな状況じゃなかったし、健太郎くんも気持ちが高ぶっていただけかもしれない。

「好きだ」とも「そばにいて欲しい」とも言われていない。

確かに仲良くさせてもらってるけど・・・自分の立場が健太郎くんの「彼女」に当たるのかというと、かなり自信がなくなる。


花鈴が答えられないでいると、清水都は勝ち誇った顔でこう言った。

「そう、じゃあただのクラスメイトなのね。

 それならもう榊原くんにちょっかい出すのはやめてくれない?

 私は今年も文化祭でクイーンに選ばれるつもり。そしてキングは榊原くんが確実よ。

 文化祭最後のイベント、白百合高のキングとクイーンの投票で、

 選ばれた二人が何をするか知ってるわよね?」


花鈴はもちろん知っていた。

白百合高校は毎年文化祭で生徒による投票により、男子からはキング、女子からはクイーンが選出される。いわゆる人気投票のようなものだ。だから花鈴は、自分が白百合高に三年間いてもクイーンの栄華に預かることなどないと分かっている。

そして例年、文化祭でキングとクイーンに選ばれた二人は、みんなが盛り上がる中、舞台の上でキスをするのだ。


「そういう事だから、特に文化祭が終わるまでは健太郎くんに必要以上に近づかないようにしてよ」


清水都はそれだけ言うと、花鈴から離れていなくなった。

花鈴はこのバカバカしい恒例の文化祭イベントを思い描いて、涙が滲むのを自覚した。

健太郎くんは全校生徒が見ている前でクイーンにキスをするんだ。

クイーンが清水先輩になるかどうかは分からないけど、誰かが選ばれることには変わりない。どう考えても自分が選ばれる訳はないのだから、花鈴はただ手をこまねいて見ているしかないのだ。


それだけでも落ち込むには十分だった。

でも健太郎くんとの繋がりを断つことなど、自分からはしたくないし、出来ない。

花鈴は健太郎が本当に好きだった。釣り合わないって分かってる。

でも好きになることは止められない。

連休一日目、気が晴れないまま榊原家で武重さんのレッスンを受けた。そして家に帰って洗いものをしている時、あのメールが届いた。

濡れた手を拭くのもそこそこにエプロンから携帯を取り出したのは、着信音が健太郎からのメールを知らせるものだったからだ。カナダに着いたのか、と思って携帯画面を見ると、あの文字が見えた。


分かっていた。


それでもしっかり文字にされたその言葉を見ると、締め付けられるように胸が痛んだ。

動揺のあまり花鈴は携帯を取り落とし、シンクの端にぶつかった携帯が運悪く水桶の中に落ちた。

花鈴の携帯は防水ではなかった。

そのまま花鈴の心と共に、携帯が息を吹き返すことはなくなった。

花鈴は頭の上まで毛布をかぶると、息苦しい暗闇の中で息を殺して泣いた。

情緒はかなり不安定だった。体調が悪いのが関係しているのかもしれない。

食事は無理にでもとっているのに、体に力が入らない。

両親の留守中わざわざ来てくれた、従兄弟の圭介さんに迷惑を掛けてしまうと思って、買い物には付き合っていた。でも料理まではやる気力がなくて圭介さんに作ってもらっている。


このままずっと元気が出ないまま死んじゃうのかもしれない、と唇を噛み締めながら花鈴は思った。





翌朝は爽やかな秋晴れだった。

学校に近づくと、あちこちでカンカンと釘を叩く音が響いてくる。

もうすぐ文化祭か、と健太郎は思い出した。この連休の忙しさと、乱れる気持ちのせいで文化祭の事などすっかり忘れていた。

「榊原くぅん」と鼻にかかった声が、校門を超えたと同時に健太郎に掛かる。

横を見るとグラウンドの方から清水都が駆けてくるのが見えた。健太郎はゲンナリした。どうにもこの先輩が健太郎は苦手だった。

男はみんな自分を好きになって当然、と思っているのが見え見えなところが、可愛いというより浅はかに感じてしまう。健太郎は自分に自信があって生き生きしている人間は好きだ。でも清水都には、ずっと持ち上げられ続けて、その位置に自分がいるのが当たり前だと思い込んでいる傲慢さが見え隠れする。それが彼女に好感を持てない大きな理由の一つだった。


「おはよう。ねぇ、生徒会から榊原くんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「・・・なんですか?」


健太郎はなるべく表情を出さないように答えた。この清水都に限っては〝殺人スマイル〟を使ってはいけない人物の筆頭に位置している。


「榊原くんに何か出し物をやって欲しいんだ。体育館の舞台に出演する項目を考えてたんだけど、

 生徒会に割り当てられた時間が十分くらい余っちゃうの。榊原くんなら何か特技があるかと思って」

「オレ、生徒会役員じゃないですけど」

「うん、分かってる。でもいいのよ、そんなの。文句が出たら私の力でなんとかするから。

 榊原くんは全学年の女子に大人気なんだもの。舞台で何かやってくれたら盛り上がるわよ」


健太郎は「迷惑」という感情が表に出ないようにするのに全神経を使った。役員でもない自分がしゃしゃり出るなんて、生徒会そのものからの心証がいい訳がない。

清水都は、うふっ、と笑うと軽く前かがみになって、開いた胸元から谷間が見えるように工夫した。

健太郎は鼻白む思いでそれを眺めた。

悪いが胸の谷間ならスペシャル級のをいつも拝ませてもらっている。


知ってるか? 

あの胸には食べたアップルパイのカスが、一つも下に落ちることなく全て乗るんだぞ。


健太郎の表情が全く変わらない事に、清水都はちょっと失望した感じで真顔になった。

でもまた直ぐに気を取り直して話し出す。


「時間は午後二時ピッタリだからね。

 その二時間後にキングとクイーンの発表があるの。

 榊原くんが上手く舞台で喝采を浴びたら、キングに選ばれるの間違いないわよ」


「オレ別にキングなんてどうでもいいんですけど」

健太郎のその言葉は、清水都の耳には届かなかった。言いたいことを伝え終わると、彼女は身を翻して去っていったからだ。自分の意見は通って当たり前だと思っている。ああいう女王様に付き従う生徒会の役員に、同情してしまう健太郎だった。


健太郎は足早に教室まで来た。文化祭の出し物のことなど、歩いているうちに忘れていた。

どうしても早く確認したいことがある。教室でクラスメイトに適当に朝の挨拶をして、ロッカーに鞄を置いた後、走って隣のクラスまで出向いた。


隣のクラスと覗くと、目的の人物はちゃんと来ていた。

「坂崎さん」と健太郎が入口から声をかけると、クラスの女子が一斉にこちらを見る。

呼ばれた坂崎由紀は顔を上げると「あっ、健太郎くん」と声を上げた。

健太郎が手招きすると、女子たちから「なにあれー」という囁きがもれる。

由紀はちょっと誇らしげに出入り口まで来て、健太郎に付いて廊下の奥まで来てくれた。


「なに? どうしたの」

坂崎由紀は健太郎を見上げた。

由紀は花鈴の親友で、花鈴と健太郎が仲良くなってから健太郎ともよく喋るようになった。ホワホワした花鈴と対照的に、チャキチャキした元気な女の子だ。

花鈴よりかなり背が高く、二人が並んでいるとデコボココンビで分かり易い。


「急にごめん。あのさ、オレからみんなに回ったメールのこと、知ってる?」


由紀はああ、という了解の表情を浮かべたあと、急に不機嫌そうな顔になり、健太郎に向かって語気強く言葉を返した。


「花鈴からも聞いたし、健太郎くんの友達の日野くんにもさっき聞いたよ。

 なんであんなことわざわざみんなにメールで流したの?」


健太郎はその勢いに軽くのけぞった。坂崎由紀は怒っている。

一体オレはどんなメールを送ったんだ?


「その事なんだけど、オレは全く身に覚えがないんだ」

「はぁ!? なんですって?」


由紀は本当に驚いているようだった。口をポカンと開けて、しばし健太郎を黙って見つめる。


「出来れば、どんな内容だったのか教えてもらいたい」


由紀は開けていた口を閉じると、ごくん、と唾を飲み込んだ。理解できないことを必死で理解しようと努力している様に見えた。


「ホントに知らないの? 自分で送ったメールを?」

「ああ、知らない。というか、送ってないよオレは」

「花鈴、めちゃくちゃ落ち込んでたよ。泣きながら電話よこしたもん、あたしに」

「だから、その内容を教えて欲しいんだ」


由紀はキュッと唇を噛むと鼻から息を吸い込む。それから今まで謎だったその言葉を口にした。


「岡崎花鈴とオレは付き合っていない、って一斉メールで送られてきたって」


健太郎は目を見張った。

それは単純で、でも花鈴には致命的な打撃を与えたであろう、衝撃の文章だった。

健太郎は驚く由紀に短くお礼を言うと、今度は自分のクラスに向かって駆け出した。

教室に入って、さっき由紀に教えてもらった名前の人物を捕まえる。


(まさき)、悪いけど携帯見せて」


前置きもなくそれだけ言われて、日野柾はきょとんとして健太郎を見つめた。

でも特に何も言い返さず、黙ってポケットから携帯を取り出す。

「もしかしてメールの件?」とスマホの画面をスライドさせながら健太郎に問い返した。


「いつ、何時に送られてるか知りたい」

「オッケ」


柾は手早く目的のメールを表示して健太郎に見せた。日にちは五日前、健太郎がカナダに旅立った日だ。時間は午後四時三十二分。

健太郎はカナダ到着時間から素早く逆算した。どう考えても、このメールが送られたのは健太郎が飛行機の中にいる時だ。


「健太が送ったんじゃないんだろ?」


食い入るように携帯の画面を見る健太郎に柾が声をかける。健太郎は息を詰めて親友の柾を見返した。


「なんかオカシイって思ってたんだ。多分それ、なりすましメールだよ」


なりすましメール!

なんでその事に気がつかなかったんだ、と健太郎は自分で自分をぶん殴りたくなった。身に覚えがないメールといえばそれしかないではないか。

そうか・・・武重は既にその可能性を突き止めて、発信源を辿るべく動いているはずだ。健太郎はとりあえず武重から回答が来るまで待つことにした。


「このメールが来てすぐに健太に連絡取ろうと思ったんだけど、

 電話かけても繋がらないから、色々可能性を考えたんだ。

 多分、内容的にこんなこと健太がみんなにわざわざ送るのおかしいし、

 どうやらこれは健太がやったんじゃないって判断した。

 それで自分なりに、なりすましメールのやり方なんかを調べてたら

 夢中になっちゃってさ。知らせるの遅れて悪かったよ」


柾は申し訳なさそうに細っこい肩をすくめて苦笑いした。

日野柾は健太郎の中学の頃からの親友だ。パソコンが得意で、自作のパソコンも四台目だと言っている。のめり込むと他のことが見えなくなる性格で、人付き合いはあまり良くない。

身長は低く、細くていかにもひ弱そうに見える。それには理由があって、自分は生まれた時、極度の未熟児だったと健太郎に話してくれた。予定日より三ヶ月も早く産まれた柾は、いつ死んでもおかしくないと言われていたそうだ。なんとか高校生になったが、体育はほとんど見学している。それでも集中力があって、博識で話すと面白い。

中学の頃、媚を打つ友人達にウンザリしていた健太郎は、いかにも弱っちく見える柾が意外にも飄々としていてさっぱりした性格なので、話し始めたら急速に仲良くなってしまったのだ。

柾は苦笑いを消すと、真剣な表情で話しだした。


「俺では犯人までは調べること出来ないけど、

 文の内容から考えて、これは花鈴ちゃんに対する嫌がらせなんじゃないかと思ったんだ」

「花鈴に? オレにじゃなくて?」

「そう。だってこのメール読んで、一番傷つくのは誰だと思う?

 このメールを送った人物は、花鈴ちゃんに自分は健太の彼女じゃないと自覚させて、

 離れるように仕向けてるんだ。

 それもどうにかして、健太と花鈴ちゃんが本物の恋人同士じゃないって知った人だと思う。

 仲がいいけど、まだ微妙な関係は、つつけば壊れやすいって計算してるんだよ。

 まぁ、たかが高校生の付き合いだけどさ。でも女の子ってそういう事にウルサイだろ?

 で、ここまで来て一番良くない奴は誰か分かる?」

「・・・オレ」

「あたり。 もういい加減ハッキリみんなに言ってやれよ。

 花鈴はオレの女だって、一言公言すれば済むことなんだからさ」


まったくもってその通りだった。諸悪の根源は健太郎自身の態度なのだ。


どうしてオレは親父みたいに女の子と上手に付き合えないんだろう。それも沢山の女と付き合うんじゃない。たった一人の好きな子にすら、自分の気持ちを伝えられないなんて。

女の子に奥手などと言っている場合じゃない。好きな子には、臆する気持ちなどかなぐり捨てて全力でアピールしなければダメなのだ。それで玉砕すれば、それだけだったと諦めるしかないだろう。

とにかく自分の想いを伝えることをしなければ、気がついたら何もしない内に棺桶に入るハメになる。


「・・・お前、連休中ずっと、メールの文章からさっきのこと推測してたワケ?」


健太郎は自分の情けなさを少しでも紛らわせたくて、柾に対して愚痴をこぼした。

「そうだよ。なかなかいい推理だったろ?」

「ったく、暇だよな」

「うっせーよ」

柾は健太郎に向かって舌を出す。


「・・・サンキュ」


健太郎がつぶやくと、柾はフッと笑って健太郎の腕に軽くパンチを見舞った。

健太郎はいい友人を持った事を、神様に感謝した。




覚えのない番号が表示されて健太郎の携帯が着信を知らせたのは、五限目が終わった後だった。授業といっても、今は文化祭前なのでほとんどがその準備の為に使われている。

クラスの出し物の看板を仕上げるために金槌を振るっていた健太郎は、その知らない番号の電話に一応出てみることにした。


「大村です」

もしもし、と言った健太郎に返事をしたのは昨日会った花鈴の従兄弟、大村圭介だった。

健太郎はドキッとした。花鈴の病状を聞くために、帰りに家まで押しかけるつもりでいたが、何故か向こうから連絡してきたのだ。


「どうしたんですか? 花鈴に何か?」


焦りで声が上ずってしまう。「ああ、うん・・・」と大村は言いにくそうに言葉を濁した。


「実は花鈴の病状が思ったより悪かったんだ。なんか・・・血液の病気とかで。

 それで、悪いけど君に相談したいことがあるんだ」


健太郎は総毛立った。花鈴が悪い病気にかかっている?

ゾッとして身体が震える。


「すぐにそちらに行きます」と大村に返すと、教師に早退を告げて、花鈴の家に向かって駆け出した。





インターフォンを押したあと、健太郎は大村が出てくるのをジリジリしながら待った。

ほどなく、大村がドアを開けて門の所まで婦人用サンダルで歩いてきた。


「花鈴は?」と聞く健太郎に、「とりあえず入って」と大村は家の中に促した。

健太郎はすぐにでも花鈴の顔を見たかったのに、大村は応接間に健太郎を通した。


「座ってくれ。落ち着いて聞いて欲しいから」

大村は健太郎がソファに座るのを待って、自分も向かいの椅子に腰を下ろす。

大村の表情は暗い。健太郎は冷汗とも脂汗とも判断できないものが自分のこめかみから落ちてくるのをぼんやりと感じ取った。


「花鈴は良く分からないけど、治りにくい血液関係の病気に掛かってると言われたんだ。

 ほっておくと、どんどん病状が進行して、終いには命の危険もあるって」


健太郎は絶句して大村を見た。イノチノキケンガアル、という言葉だけが頭の中を駆け抜けていく。血の気がひいて、自分が倒れるかもしれないと健太郎は思った。

大村はそんな健太郎に、チラチラと視線を走らせたり、手元や時計を見たりと落ち着かない態度を表していた。


「・・・それでこの病気を治すためには、かなり特殊な血液が大量に必要だとも医者は言うんだ。

 その医者はたまたま、君の名前を知っていてね。

 先生からは、榊原カンパニーの跡取りの健太郎という少年は、

 奇跡のような血液の持ち主だって教えられたんだ。それって本当なのかい?」


大村は下からすくい上げるように健太郎を見つめた。膝の上で組んだ両手は固く握り締められ、どうにもならない緊張を押し隠そうとしているように見えた。

健太郎は一瞬下を向くと、目を閉じ、そこからまた顔を上げて大村を見た。

その表情は必死で、大村の他に頼る人はいないと訴えているようだった。


「・・・お聞きの通りです。オレの血は、普通の人と違う。

 もしこの血を使うことで花鈴を救えるのなら、どうかいくらでも使ってください。

 大村さん、お願いします」


健太郎の切実な訴えに、大村は明らかにホッとした様子で微笑んだ。握りしめていた手をほどいて、急にリラックスしたようにソファに寄りかかる。


「そう言ってくれて助かった。有難いよ、感謝する。では明日の朝九時にここへ行ってもらえるかな?

 この病院に今日花鈴を診てくれた先生がいるから」


言うと、大村は健太郎に地図が入ってるらしい封筒を渡す。健太郎は押し頂くようにそれを受け取った。


「わかりました。必ず行きます。・・・あの、花鈴に会ってもいいですか?」

「ああ、いいよ。今は薬が効いて寝てると思うけど、顔を見てやってくれ」


昨日の態度とは雲泥の差で大村は健太郎に手を振った。健太郎が立ち上がっても付いてこようとはしない。健太郎は二階の花鈴の部屋に一人で向かった。


小さなベッドのピンクの毛布のしたで、顔色の悪い花鈴が眠っていた。健太郎は花鈴のベッドの横につくとしゃがんで花鈴を間近で見つめた。久しぶりに、こんなに近くで花鈴を見る。


なんとしても、どんなことがあっても、オレは花鈴を守る。


健太郎はそっと花鈴の頬に指先を当てた。

花鈴はまだ生きているのに、ほっぺたは変に冷たく感じられた。







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