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2.疑心を抱いた午前十時

 アーシィがアルテに到着したのは森を抜けてから半日だった。

 マーフェ国の玄関と呼ばれる程の街だ。どこを見ても石木混造建築の民家がズラリと見受けられ、歴史を重んずる時計塔は午前十時の数字に針をさしていた。

 今日は祭典なのだろうか。やけに道を行き交う人が多い気がした。

 道なりに歩き続けると、普段は物静かであろう噴水が設けられた広場に辿り着く。

 そこには商人達が大きな布を地面に広げ、品物を自慢するかのように並べて通り掛る人々に声を掛けている。

 広場を通り掛ったアーシィもそのうちの一人。

 商人達に四方八方から声を掛けられ、引き攣った顔で手を振っては品物に目をやる。

 しかし、あまり興味をそそるようなものではなかった。

 これはマーフェ国外で仕入れた骨董品ね。あっちは安っぽい生地の絨毯に装飾品……。

 口に出して言わなかったが、どこで仕入れた品物かすぐに見抜けた。

 安物を高値で売ろうとしている商人達の魂胆に呆れてしまう。

 家出同然で旅をしてきたアーシィにとって、露店は初めて見るものではない。その中でも、ある商人は熱心に自分の目と感触で色艶、形の歪みや損傷が無いか確かめる。そして仕入れた品物の歴史や、いかに価値のある物なのか客に説明する者もいた。

 その商人の情熱に心を突き動かされ、護身用にと質素だが切れ味は抜群の短剣を購入した訳だ。

 普段は茶色のパーカーで隠れて見えないが、腰のベルトに掛けられた短剣の鞘にそっと触れてみる。

 この短剣のおかげで旅の道中、野犬や危険地帯から逃れられた。あの時の商人のお陰ね。それなのにこの国の商人は……商売をする以上、それくらい情熱を持って欲しいわ。

 興味の対象を無くし、広場を去ろうとしたアーシィはあることに気付く。

 彼女は母国語しか話せない。ましてマーフェ国の言葉なんて知らないのだ。

 だが、こうして道を行き交う人々や商人達が何を喋っているのか手に取るようにわかる。

 まるでマーフェ国で生まれ育った人間みたいに――


 その時。


 気味が悪くなり身体が震えるアーシィの背後から「泥棒! また泥棒が現れたぞ!」と男性の叫び声が聞こえてきた。

 その声に思わず振り返ると、フード付きの黒いローブを羽織った幼い少女が猛スピードでこちらに走ってくる。

 背丈は小さく、白銀のウェーブがかった腰まで長い髪の毛に緋色の瞳。

 その両手には値札の付いた果物やパンなど抱えていて、どう見ても怪しい。泥棒だ。

 止めるべきだよね? ううん、捕まえなくちゃ。

 少女を捕まえようと構えたが、ふと昨夜の夢を思い出した。

 荒れ果てた見知らぬ土地に立つ幼い少女の泣き顔。

 今、猛スピードでこちらに逃げてくる子は、まさに夢で見た幼い少女と瓜二つなのだ。もしかしたら同一人物かもしれない。

 捕まえることを忘れ、呆然と立ち尽くすアーシィの横を走り過ぎようとした幼い少女は、そのまま逃げ切ると思えば急に止まって振り返る。

 アーシィも確かめるかのように、ゆっくり振り返ると少女は目を見開く。

「コーレア……ねぇ、あなたコーレアよね!?」

 凛とした甲高い声が響く。

 少女はひどく動揺しているのか、両手に持っていた果物やパンを地面に落としてしまった。そして、か細い両腕でアーシィの身体を前後に揺する。

 品物が勿体無いという思いはすぐに消え、アーシィも『コーレア』という名を聞いて目を見開く。

「何故、妹の名前を知っているの?」

「妹? ……じゃあ、あなたは誰?」

 誰って、質問に質問で返されても困る。

 確かに私には妹が居るわ。名前もこの子が言ったとおりコーレア。

 アーシィも聞きたいことは沢山あったが、とにかく彼女の質問に答えた。

「私はアーシィ・パルフレグ。双子の妹の名前はコーレア・パルフレグよ」

「双子!? ねぇ冗談はよしてよ。あなたに兄弟なんていないじゃない」

 幼い少女の目が怒りからか、若干吊り上がる。

 アーシィは冗談など言っていない。事実を言ったまでだ。

 しかし幼い少女の言い方はまるで知り合いか、友人前提の会話に思えてならない。

「コーレアどうして? 私のこと覚えてないの?」

 どうしてよ……と、悲しげに呟き緋色の瞳に涙を浮かべる。

 この雰囲気だと私が泣かせたように思われるじゃない。

 かと言って、いくら自身の名前を言っても幼い少女は聞く耳を持ってくれない。

「コーレア、私の名前まで忘れてしまったの?」

「忘れたというより知らないわ」

 だからコーレアは妹の名前だって言ってるじゃない!

 心の中で主張するかのように叫ぶアーシィをよそに、少女は俯いて口を開いた。

「リィマ・ドルスタン。私の名前よ」

 思い出してくれた? と期待に満ちた顔でリィマはアーシィを見つめている。

 もはや、どう反応すれば良いのか困惑してばかりだ。

 そんな時――

 アーシィとリィマの元に中年男性が何かを叫びながら息を切らせ駆け寄ってきた。

 口元の黒い髭に吊り上がった特徴的な太い眉毛。ぽっこり膨らんだお腹には調味料などで汚れた白いエプロンを巻いている。

 「ま、待てぇ! ぜぇ、はぁ。この泥棒ネズミ!」

 声から察するに、先程『泥棒! また泥棒が現れたぞ!』と叫んでいた男性。

 そして店主だろうか。盗まれた品が地面に転がっているのを見て怒りが増したようだ。

 何度も息を整え、リィマのか細い腕をこれでもかといわんばかりに強く掴んだ。

 「痛いじゃない! 離してっ」

 「この盗人め! 今度こそ捕まえたぞ!!」

 ジタバタと小さな身体で暴れて抵抗とするリィマだが子供故、大人の力に勝てる訳がない。

 目を点にして二人のやり取りを見ていたアーシィや周囲。

 それに気付いたのか、店主は我に返りわざとらしく咳払いをした。

「あー、ゴホン。見苦しい所を見られてお恥ずかしいですな」

「その子は本当に泥棒なんですか?」

 ふとアーシィは店主に問う。

「そうなんですよお嬢さん! 開店してから盗みを働いている常習犯でしてね。いやー、やっと捕まえられましたよ」

 ガハハ! とひとしきり笑うと、怒りに満ちた目でリィマを睨みつける。

 負けじとリィマも店主を睨んで抗弁し始めた。

 「この時代のお金なんて持ってないのよ!? 仕方ないじゃない!」

 この時代のお金? 国ならわかるが時代と言われても理解に苦しむ。

 とはいえ、アーシィもマーフェ国の通貨は宿に泊まる程度しか持っていないのだ。

 盗んだ品を全額弁償するお金など持っていない。

 「言い訳するなガキ! 教会堂で懺悔させてやる、来い!!」

 そう言うと、店主はアーシィに会釈をして元来た道を歩き始めた。

 同時にリィマも引きずられるように連れて行かれる。

「私は何も悪くないわ! コーレア助けて!」

「だからアーシィだってばーっ!」

 片腕をアーシィに伸ばして助けを求めるリィマだが、徐々に距離が離れていくにつれ諦めたらしい。

 盗みを働いたのだから、教会堂で懺悔させられても仕方ないよね。

 それでも少しばかり助けてあげられなかった罪悪感からか、アーシィは思わず大声でリィマに叫ぶ。

「リィマ! あとで必ず教会堂へ迎えに行くから!!」

 声が届いたのか、遠のいて行くリィマは無言で何度も頷いたように見えた。

「はぁ、やれやれ……」

 店主とリィマの姿が見えなくなり、静まりかえっていた周囲も先程のような賑やかさに戻っていた。

 日が暮れる前に宿を探そう。それから、あの子を教会堂まで迎えに行く。

 肩に掛けている荷物をしっかり持ち、気を取り直してゆっくり歩き始めた時だった。

「なぁ荷物を肩に掛けてる姉ちゃん」

 誰に声を掛けているのかわからないけど、もしかしたら私?

 アーシィはゆっくり振り返ると、一人の青年が腕を組んで立っていた。

 外見からしてアーシィと同い年か年上の風貌だ。

 青年の黒い短髪がサラサラと風になびく。碧色の澄んだ瞳に鈍い光が帯びている。

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