第9話 賑やかな部屋
アパートを出る直前、宗継は立ち止まった。
狐が、当然のようについてくる。
三本の尾は揃って揺れていて、隠す気配もない。
「……そのまま、外に出る気ですか」
「何か問題があるか」
宗継は、静久に耳打ちする。
驚き、一度はそれを拒否する静久。
それから静久は、渋々、押入れをガサガサし、
革製で、使い込まれている——首輪とリードを持ってきた。
狐は、目を細めた。
それから狐は、ゆっくりと首を下げる。
宗継は、その狐に首輪をつけながら
「お覚悟」
金具が留まり、かすかな音が鳴る。
「……なるほど」
「これはこれで、面白いの」
「尻尾の数も、一本に整えていただけますか?」
品のいい"老犬"に見える。
外に出ると、狐は途中で立ち止まった。
人の気配はあるが、誰も狐のことを気にしない。
「どうしました」
「いや」
狐は首を振る。
「神であったころは、隠れておったのでの……」
宗継は、何も言わずに待った。
急かさない。
狐は一歩、また一歩と歩き出す。
リードは、引かれていない。
ただ、つながっているだけ。
宗継は、その距離を保ったまま歩いた。
そうして狐は、宗継の後をついてまわるようになった。
当然、依頼を受ける仕事部屋にも、来る。
「期待を扱う仕事に、興味が湧いたのでな」
「そうまでなさって、この仕事が見たいですか?」
「うむ。わしはもう、飼われている犬にすぎぬ」
「そのように扱ってかまわぬ」
そうして狐は、部屋の隅で丸くなり、目を閉じている。
困ったことに、静久まで、この部屋にいる。
静久は、期待葬にはそれほど関心がない。
しかし、彼女は巫女である。神であった狐のことは——
「静久さん?」
「はい」
「なにも、ここまで付いて来なくても」
宗継が言いかけると、静久は首を振った。
「いえ。ここにいます」
即答ではない。だが、迷いもない。
「神様が……」
「いらっしゃるので」
狐の耳が、わずかに動いた。
「期待しているわけでは、ありません」
「ただ……近くにいられるのは、嬉しいです」
宗継は、もう何も言わなかった。
こうして、依頼を受ける部屋は少し賑やかになった。
机に向かう宗継。
隅で眠るふりをする狐。
壁際の椅子に腰掛ける静久。
だが。
その日、依頼人は来なかった。
約束の時間を過ぎても、扉は開かない。
狐は、片目だけ開ける。
「……誰も、来ないな」
静久は、何も言わず、茶を淹れる。
訪れるはずの存在が欠けると、
賑やかさは、奇妙な空白に変わる。
狐は目を閉じ、本当に寝始めた。
——期待しているのは、誰だ?
依頼人か。
この部屋か。
それとも、自分たちか。
宗継は、湯呑に手を伸ばして、やめた。
この日、部屋の扉は静かなままだった。
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