最終話 万年の昔より
獣の姿をした、獣ではないもの。
その皮は、あちらとこちらを結ぶものと伝えられる。
どちらにも属さないものだけが、その両方を越える。
手袋は、そんな皮から作られている。
祈祷の文様も、加護の印もない。
ただ、皮が皮であることだけが保たれていた。
ためらいはなかった。確かめる必要もない。
これが使われるべき瞬間だと、宗継の身体が知っていた。
もはや触れることのできないはずの、静久の手。
光の粉のようにほどけ、形を失いかけた存在。
だが宗継の手は、静久の手を掴んだ。
引き抜く。
力は要らなかった。ただ、越えるという行為だけが成立する。
その瞬間、事に立ち会っていた者たちは、理解した。
声を上げる者はいない。制止も、驚嘆もない。
ただ、それぞれが自分の道具を手に取り、静かに片付け始める。
静久は、渡らない。
越えてしまったものは、清浄ではいられない。
神に返される存在にはならない。
だから、もう渡れない。
その身体には、糸はない。棺もない。
期待を結び、縛るものは、すでに失われていた。
その代わり、静久の身体が、重さとともにそこにある。
静久は、宗継の目を見たまま、静かに言った。
「これでもう、母と私の間に、縁はございません」
声は、落ち着いていた。恨みも、安堵もない。
事実を、事実として告げるだけの声音だった。
殿の空気が、ほんのわずかに揺れる。
静久が、名を呼ぶ。
「宗継さま」
積年の期待が、いま、確かに葬られた。
「万年の昔より、お慕い申し上げておりました」
星に分けられた、二人の恋に捧ぐ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日本でも有名な、あの神話のオマージュとして執筆しました。
あの二人のことを、あまりにも不憫に感じていたので。
あの神話。元は、後漢末期にまとめられた『迢迢牽牛星』です。
作者不詳。民間伝承と文学の中間的な位置付けにあるそうです。
この『迢迢牽牛星』とその外伝からの匂わせを散りばめつつ、
あの二人が、ついに神話を越える「その後」を描いたつもりです。
ネタを知った上で読むと、さらに楽しめるようにしています。
よかったら「迢迢牽牛星」「牛の皮」などで検索してみてください。
リアクション、ブクマ、☆評価、ご感想、レビュー、誤字連絡。
全てが生きる糧となっています。ありがとうございました。
ではまた、どこかで。
八海クエ
Xアカウント https://x.com/yakkaikue




