第6話「やれば、できる」
その棺は、大きかった。
白い布はかかってはいた。
しかし棺が大きすぎて、布からはみ出している。
偏差値、難関大学進学率、合格判定——
そういった数字と記号で埋め尽くされた紙の束に、
生肉のようなものが巻き付いていた。
——ああ、またか。
この手の棺は、珍しくない。
大概、持ち主は、難関中学を目指す小学生だ。
部屋には、両親に連れられた男の子がいる。
小学五年生とのこと。
彼は椅子に深く座り、床につかない足を揺らしている。
その彼には、棺から太い糸が伸び、きつく絡んでいた。
挨拶を終えてから、両親は棺に気づいてギョッとした。
そして、息子に巻き付いた糸を千切ろうとしながら
「な、なんですか? これ……」
「こ、これが、私たちの期待ですか?」
「危険です。あまり見ないでください」
「見えても、触れることはできません」
危険と聞いた両親は、すぐに手を引っ込めた。
男の子のほうは、はじめから棺に興味がないようだ。
「……こちらで、紹介を受けました」
依頼人家族は、精神科医の紹介状を持っていた。
受験ストレスによる睡眠障害、食欲不振——
母親が口を開く。
「最近……学校にも、塾にも行けなくなりまして」
声は、震えていない。泣いてもいない。
父親が続ける。
「中学受験を控えています」
「成績は、悪くありません」
「やれば、できる子なんです」
棺が「ベチャッ」と大きな音を立てた。
音に怯える両親。平気そうな男の子。
「そうなのかもしれません」
宗継は、静かに応えた。
父親は、少しイラついて
「努力すれば、結果が出る」
「それは、間違っていないはずだ!」
母親がこれに続けて
「この子の可能性を、信じているだけなんです」
また「ベチャッ」という大きな音。
信頼と期待は、よく似ている。
だが、決定的に違うところがある。
宗継は、言葉を選びながら
「信じていることは、その人にとって"当たり前"のことです」
「"当たり前"なことは、呪文のように繰り返さないと思います」
——そもそも。
「信頼からは、棺は生まれません」
母親が、はっとした。
父親の視線が、足元に落ちる。
——この両親は、分かっている。
「私の期待は、こんなに醜いのでしょうか……」
「やはりこれが、俺たちの……」
棺は、反応しない。
ただ、そこにある。
「この棺は、お二人の悪意ではありません」
「むしろ——愛なのでしょう」
父親が、息を呑んだ。
母親が、口を覆った。
「ただ。お二人の愛は……ご子息からは……」
「この棺のように、見えているのです」
母親が、大声で泣き出した。
その肩を抱きながら、父親が言う。
「こんなの、葬ってください!」
「息子が……息子が大切なんです!」
子どもが、顔を上げた。
棺が、彼からわずかに離れる。
宗継が、男の子に声をかける。
「きみは、どうしたい?」
「わかんない……です」
「でも、頑張りたい……です」
棺は、まだ重い。
だが、塊は少しだけ量を減らしていた。
「お父様、お母様」
両親が、宗継を見る。
「ご子息へのお声がけ——」
「変えてみていただけますか?」
「葬っては、いただけないのですか?」
「中学受験には終わりがあります」
「終わってしまえば、期待も、自然に消えます」
——それに。
「ご両親の期待。そのあり方を変えない限り」
「葬ってもまた、すぐ、次の棺が生まれます」
帰り際。
子どもは、振り返らなかった。
だが、足取りは、来たときよりも軽く見えた。
扉が閉まる。
宗継は、深く息を吐いた。
信じあっている家族は、お互いの愛を確かめる必要はない。
けれど実際は、どこの家族も、なんらかの問題を抱えている。
——静久。
お読みいただき、ありがとうございます。
とても嬉しいです。




