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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
終章 真実と解釈
50/60

第50話 怒られる

 少しだけ、柔らかい感じが増した。


 昨日までと、何も変わらない。

 そう思おうとすれば、思える程度ではある。


 静久は、いつもより少し遅く起きてきた。

 宗継は、すでに台所に立っている。


 湯を沸かす音が、規則正しく響く。


「おはようございます」


「おはようございます」


 声の調子は、変わらない。


 ただ静久は、宗継の背後を通るとき、

 以前より、少し近いところを歩いた。


 触れない。でも、避けない。


 茶を淹れながら、宗継が言う。


「今日は、また神社ですか?」


「ええ。朝と、夕方」


 宗継は、湯呑みを二つ並べた。


「じゃあ、日中は事務所にいられそうですね」


 静久は、くすっと笑った。


「ちゃんと働かないと、怒られますから」


「怒られる? 誰に?」


「いろいろに、です」


 宗継も、少しだけ笑う。


 冗談として、成立してしまう。


 狐は、二人の足元にいる。

 今日は、寝たふりをしていない。

 ただ、二人のことをよく見ていた。


 事務所では、簡単な依頼が一件だけ入った。

 重くはない。判断も、迷わない。


 静久は、いつも通り糸を見て、結び目を示す。

 宗継は、静久の仕事には口を出さない。


 いつもと同じ手順。


 けれど、宗継は感じていた。

 いつまでも続かないのかもしれない、と。


 物事の一つ一つが、妙にはっきりと見えた。


 昼過ぎ。


 依頼人が帰ったあと。

 宗継が書類をまとめながら言う。


「……無理、してませんか?」


 静久は、首を横に振った。


「大丈夫です」


 いつもの宗継なら、それ以上聞かない。

 けれど、どうしても口が動いてしまう。


「本当に、大丈夫ですか?」


 静久は、少し驚いた顔をする。

 それから、表情を柔らかくして答えた。


「本当に、本当です」


 夕方。


 静久は、神社へ向かう準備をする。

 宗継は、事務所の出口で見送った。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


 一瞬、どちらも、何かを言いかけた。

 でも、二人の言葉は、形にならない。


 代わりに、静久は、ほんの少しだけ宗継に近づいた。

 手が触れそうで、触れない距離。


「……ありがとうございます」


 宗継は、ただ頷いた。


「気をつけて。夕食、準備しておきます」


 扉が閉まる。その音は、小さい。


 宗継は、事務所で立ち尽くしている。


 理解したからといって、何かが変わるわけではない。

 選んだからといって、すぐに結果が出るわけでもない。


 それは、引き留めるためでも、縛るためでもない。

 ただ、一緒にいる。そうしていたい。願い。


 宗継は、机に向かう。

 書類仕事が、まだ残っている。


「ちゃんと働かないと、怒られる……か」


 夕方の光が、ゆっくり傾いていく。


 まだ、同じ時間の中にいる。



お読みいただき、ありがとうございます。

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