第48話 遠くへ
知らせは、朝に届いた。
封筒は白く、過不足のない厚みだった。
差出人の名前を見たとき、静久は動揺しなかった。
そうなることを、どこかで、ずっと知っていた。
神社本庁からの正式な文書。
伊勢への招請。
静久は、文面を読み終えると、封筒を畳んだ。
ため息はつかない。
朝の光が、アパートのテーブルに差し込んでいる。
祈りの時間には、まだ少し早い。
宗継は、台所で湯を沸かしていた。
「何か、言われましたか?」
「ええ」
静久は、それだけ答えた。
湯の沸く音。湯呑みを置く音。
いつもと変わらない朝だ。
「忙しくなりそうですね」
宗継が言う。
声には、気遣いも、距離も、同じように含まれている。
「そうですね」
静久は、肯定した。それ以上は、言わない。
宗継は、それ以上、聞かなかった。
ここ数日。静久が忙しいことは、もう日常になっている。
朝と夜に神社へ向かい、日中は事務所で仕事をする。
それが、彼女の生活だ。
昼。
事務所は、静かだった。
依頼は入っていない。珍しいことではない。
宗継は、書類を整理している。
静久は、棚の奥にあった箱を取り出した。
軽く、丈夫で、湿気を寄せつけない。
中に入っているのは、巫女として使ってきた道具。
新しいものも、古いものもある。
静久は、箱の蓋を閉じる。音は、ほとんどしない。
宗継は、その様子を、チラリと見ただけ。
「それ、どこかに送るんですか?」
「ええ」
「自分で、持って行かないんですね」
「全部、業者さんに頼みます」
静久の声は、変わらない。
宗継は、頷いた。合理的だと思った。
重いものではないが、無理をする必要もない。
午後。
静久は、運送業者に連絡を入れた。
日時。宛先。注意事項。
事務的なやり取りは、すぐに終わる。
電話を切ったあと、静久は、窓の外を見た。
空は、高い。雲の動きは、ゆっくりだ。
自分と宗継の関係が、どの位置にあるのか。
静久は、分かっている。真実を、知っている。
けれど、それは、古い話だ。
一方的な解釈は、誰かの自由を縛る理由にはならない。
少なくとも、今は。
宗継は、人として、自分の人生を取り戻しつつある。
選び、進み、何者でもない場所に立っている。
それを、勝手な解釈で覆してはいけない。
固定してはいけない。
夕方。
二人は、簡単な食事をとった。特別な会話は、ない。
「今日は、依頼はなかったですね」
「ええ」
「静かな日でした」
「そうですね」
それで、十分だった。
夜。
部屋の灯りを落とす前、静久は、箱に手を置いた。
軽い。
持ち上げる必要は、もうない。明日、業者が来る。
それだけのことだ。宗継は、先に横になっている。
静久は、しばらく、宗継の背中を見ていた。
言うべき言葉は、思いつかなかった。
言わないことを、すでに選んでいるからだ。
電車の音が遠くに流れる。
規則正しく、こちらに近づくことはない。
静久は、灯りを消した。
同じ部屋。同じ夜。
ただ、見ている距離が、違っている。
それを宗継は、問題だとは思わなかった。
第4章の完結です。いよいよ、終章に入ります。
ここまで、長いことお読みいただき、ありがとうございます。




