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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
第4章 はるか、遠く
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第46話 言わないこと

 静久の朝は早い。日の出前に起きて身を清め、

 身支度を整えてから、神社へ向かう。


 境内は静かで、人の気配はほとんどない。

 それでも、祈るべきことは尽きなかった。


 名前のない誰か。まだ声を上げられない誰か。


 祝詞を唱え、鈴を鳴らす。

 祈りは、届くかどうかを確かめない。ただ、捧げる。


 それから、事務所へ向かう。


 日中は、期待を扱う仕事がある。人の話を聞き、糸を見る。

 結び目があれば、宗継と相談し、必要な分だけ解く。


 判断は早い。迷う時間は減った。

 そのぶん、仕事は滞らない。


「助かります」


 宗継に、そう言われることが増えた。

 依頼人も、結び目を減らすことには迷わない。


 静久がいると、流れが整う。判断が速く、無駄がない。

 何より、感情に引きずられない。


 その日も、仕事は滞りなく終わった。


「今日は、このあと?」


 宗継が、片づけながら聞く。


「神社に」


 静久は、即答した。


「朝も、行っていますよね?」


「ええ」


 それだけだ。


 以前なら、もう一言あったかもしれない。

 忙しさの理由とか、頼まれごととか。


 けれど宗継は、それ以上は聞かない。


「気をつけて」


「はい」


 短いやり取り。問題は、何もない。

 夕方、静久は一人再び神社へ向かう。


 昼とは違う光。影が長く伸び、風は冷たい。


 今度は、具体的な名がある。病の平癒。無事の帰還。

 願いが叶うとは限らない。だからこそ、まっすぐだ。


 静久は、祈る。


 それが、できる。無理なく。自然に。

 以前のような反動は、ない。対話ができる。


 夜。


 戻ると、宗継はすでに簡単な食事を済ませていた。


「おかえりなさい」


「ただいま、帰りました」


 同じ屋根の下。同じ時間帯。

 けれど、今日の出来事を、詳しく話すことはない。


 話さなくても、問題がない。そう感じている。


「疲れて、ませんか?」


 宗継が、形式的に聞く。


「少しだけ。でも大丈夫です」


 静久は、そう答えた。


 本当かどうかは、確かめない。


 湯を沸かす音。時計の針。

 沈黙は、気まずくない。


 それぞれが、それぞれの役割を果たしている。

 それで、十分だと思えた。


 寝る前。


 静久は、明日の予定を頭の中でなぞる。

 朝の祈り。昼の仕事。夕方の依頼。


 隙間は、ない。


 宗継は、灯りを消しながら言った。


「最近、忙しそうですね」


「ええ」


 それだけ。


 宗継は、それ以上、何も言わなかった。

 心配も、不満も、ない。生活が整っている。


 二人は、それぞれの場所で横になった。

 お互いに言わなかったことが、いくつもあった。



お読みいただき、ありがとうございます。

とっても、とっても嬉しいです。

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