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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
第4章 はるか、遠く
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第45話 早い、判断

 依頼人は、言葉を選ぶのが上手な人だった。


 慎重で、配慮があり、誰かを傷つけない言葉を選ぶ。

 それは長年の癖であり、仕事の成果でもあった。


 児童養護施設の施設長、四十代の女性。


「……期待、ですか」


 彼女は、少しだけ困ったように笑った。


「正直、それが何なのか」

「自分でも、よくわかっていません」


 宗継は、頷いた。

 静久は、すでに見ていた。


 結び目が、多い。

 細い糸も、太い糸もある。


 それぞれが違う方向から、彼女に結ばれている。


 期待の主は職員、支援者、行政、地域、親、親族、

 そして子どもたち。


「子どもたちにとって」


 彼女は続けた。


「私は、大人で。責任を取る立場で」

「……親の代わり、でもあるんです」


 その言葉に、嫌なプライドは感じられない。

 諦めもない。ただ、誠実さだけがある。


「期待されている、という自覚はあります」

「逃げられない、とも思っています」


 一拍。


「でも。この期待が、どこから来ているのか」

「どこまで応えればいいのか」


「でも……わからなくなることがあるんです」


 宗継は、ここで口を挟むかどうか、一瞬迷った。

 以前なら、慎重に確認を重ねていただろう。


 だが。


 静久が、わずかに前に出た。


「楽になら、できます」


 施設長が、目を瞬かせる。

 宗継は、少し驚いた。


 早い。だが、嫌な早さではない。

 負担を軽くすることに、迷う必要はない。


「全部を、ではありません」


 静久は続ける。


「結び目が、多すぎます」

「だから、それを少しだけ減らします」


 宗継は、黙って任せた。

 助かる、と思った。


 判断を預けられる。安心感。


 棺は、それほど大きくない。

 だが糸の絡みは、かなり複雑だ。


 静久の指が、糸に触れる。

 引きちぎらない。急がない。


 ただ、結び目だけを慎重に見ている。

 静久は、淡々と始める。


「これは、親からではありません」

「親の“役割”を考える職員のものです」


 糸が、一つ、ほどける。


「これは、子どもたちのものではありません」

「行政の持つ、漠然とした不安です」


 もう一つ、ほどける。


「これは、あなた自身が、自分に課している期待です」


 静久は、迷わなかった。


——まるで糸を、織っているようだ。


 そうして静久は結び目を解いていった。


 空気の張りが、変わる。


 彼女は、しばらく目を閉じていた。


「……軽くなった、というより」


 ゆっくりと言う。


「分かれました。混ざっていたものが」


 静久は、頷いた。


「責任は、残ります。仕事の大変さも、変わりません」

「ですが、全部を一人で背負っているわけではありません」


 彼女は、小さく笑った。


「それでも、私の働き方は変わりません」

「大切な子どもたちのために、命を捧げます」


 静久が、これに答える。


「心から、ご立派だと思います。私には……」

「ご負担を減らすことくらいしか、できませんが……」


「いえ、ありがとうございます」

「ぜひまた、頼らせてください」


 彼女が帰ったあと。

 宗継は、湯を沸かした。


「……助かりました」


 ふと、そう口にする。


 静久は、湯呑みを受け取りながら、首を傾げた。


「何が、ですか?」


「判断が」


 宗継は、正直に言った。


「早くて、迷いがない」


 静久は、一瞬だけ、言葉を探した。

 だが、すぐに微笑む。


「少しだけ、この仕事に慣れただけですよ」


 宗継は、それ以上、何も言わなかった。


 夜。


 静久は、一人、アパートの窓から外を見る。


 色々なことが見える。以前より、はっきりと。

 それを、不思議だとは思わなかった。


 宗継は、別の部屋で帳簿を閉じる。


 静久がいなくても、仕事は回る。

 ただ静久がいると、仕事がはかどる。


 その夜も、二人は同じ屋根の下にいた。

 関係性には、まだ名前が与えられていない。



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