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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
第4章 はるか、遠く
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第44話 戻る、ずれる

 静久が、一度、実家に戻る。


 再婚した父に現状を簡単に報告しつつ、

 巫女の道具を回収してくる。


 静久は、宗継にそう告げた。

 宗継は、それ以上、詳しくは聞かなかった。


 そうして、アパートにも事務所にも、

 静久のいない数日が始まった。


 神代家。


 静久の実家は、色が変わっていた。

 家そのものの色ではない。


 植木鉢の花、玄関に下げられた手作りの表札。

 犬の置物、陶器でできた円筒の傘立て。


 他人の家。


「失礼します」


 そう言って、静久は鍵をあけ、誰もいない実家に入った。


 自分の部屋だけは、手付かずのまま。

 しかし、その他の部分すべてに、義母の気配を感じる。


 落ち着かない。


 静久は、机の引き出しから、蔵の鍵を取り出す。

 部屋を出て、裏にある蔵に向かった。


 蔵の扉は、重い。そう知って、覚悟していた。

 しかし静久が扉に手をかけ、力を入れとうとすると、

 むしろ、扉の方から開いたような気がした。


 桐でできた大きな木箱が4箱ある。

 軽く中を確認しつつ、静久は業者に連絡をしている。


「はい……桐の箱です。梱包からお願いできますか?」

「わかりました……予定通り、今日の16時から17時の間で」

「はい……よろしくお願いします。助かります」


 買い物から帰ってきた義母が、静久に気づいて声をかける。


「あら、静久さん。久しぶりね」

「あなたの分の夕食、どうしようかしら……」


「いえお義母さん、お構いなく」

「今晩は、神社の方に泊まりますから」


 巫女に、戻れる。


 そう思ったのは、初めてではない。

 だが今回は、その感覚が、以前よりもはっきりしていた。


 無数の大いなる存在。その声が、遠くで干渉している。

 命令や願いではない。静久への期待だ。


 それに応えられる、と静久は感じる。

 無理なく。自分を削らず、巫女として。


 本来の場所に。


 宗継は、その頃、事務所で仕事をしていた。

 いつも通りの依頼。棺。言葉。火。


 静久はいない。


 以前なら、それだけで、どこか落ち着かなかった。

 判断が遅れたり、硬くなったり、余計な確認を重ねたり。


 だが、今回は違った。


 棺の重さを測る。言葉を選ぶ。火を入れる。

 すべてが、滑らかだった。


——問題ない。


 依頼人が帰ったあと、宗継は一人、事務所に残る。

 静久がいないことに、不安はない。


 寂しさも、焦りも。今は、ない。


 それが、良いことなのかどうか、考えなかった。

 考えられなかったのかもしれない。


 夕方。


 静久は、配送業者とのやり取りを終え、

 荷物をまとめて出し終えた。


 必要なものは、すべて揃っている。

 足りないものは、ない。


 振り返る。


 この家も、これで見納めかもしれない。

 もうここには、切り結ぶ縁すら、感じられない。


 戻る場所は神社。祈り。


 宗継は、その時、狐と共に帰り道を歩いていた。

 肩が、軽い。呼吸も、整っている。


 狐が、口を開く。


「これで、よいのか?」


「きっと、大丈夫です」


 期待に縛られていない。

 九條家の期待にも。そして過去の期待にも。


 自分がただの人間として、ここに立っている。

 その感覚が、宗継には新鮮だった。


 夜。二人は、連絡を取る。


「終わりました」


「こちらも」


 それだけ。


 声に、変化はない。距離も、感じない。

 だが、同じ時間を生きている感じが、少しだけ薄れている。


 静久は、巫女に戻ろうとしている。

 宗継は、縛りを失った人間として期待と向き合う。


 別れの宣言ではない。衝突でも、悲劇でもない。

 進む方向が、少しずつ違い始めただけ。


 そのことを、二人ともまだ、

 言葉にできていなかった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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